110.見えない異物①(怖さレベル:★☆☆)

(怖さレベル:★☆☆:微ホラー・ほんのり程度)


あー……ありゃあ、今となってもよくわからない出来ごとなんですけどね。


おれ、家電量販店に勤めていまして。

名前を出せば、だいたいの人は聞いたことがある、デカい店です。


その量販店で、冷蔵庫や洗濯機、エアコンなんかを対面販売する、

ってのが、まぁ、おれたちの仕事なわけでして。


で、小売業をやってる方なら、おわかりかと思うんですが、

年に一度か、店によっちゃあ二度、いわゆる棚卸し、

って言われる作業があるんです。


今はもう、コンピューター制御されてて、棚卸しが必要ない、

ってトコもありますが、その頃はまだ、人力を使っていた時期でして。


とはいえ、棚卸しのために一日店を閉めるわけにもいかないから、

仕事が終わって夜の十時過ぎ頃から、店員総出で作業を始めてたんです。


「あー……なんか、目がおかしいな」

「おいおい……大丈夫か?」


電池コーナーで中腰になりつつ、数量を改めてチェックしていると、

隣で作業していた同僚の男が、ゴシゴシと目をこすり始めました。


「たぶん、コンタクトがズレただけだと思うんだけど……

 あー……きっと疲れてるからだなぁ」

「みょうな客にからまれてたもんなぁ、お前」


パチパチとまばたきする同僚は、こきこきと首を左右にかたむけています。


閉店間際、壮年の男性にドライヤーの案内をしていた彼は、

ザッと見ていただけでも、三十分くらい拘束されていました。


ただの説明や値下げ交渉なら良かったんでしょうが、

店内の配置が悪いだとか、店の立地がどうだとか、

同僚の運気が最悪だとか、だいぶ難癖をつけられていたようです。


どうやら他の階でも同じ客があちこちトラブったらしく、

棚卸しに協力してくれている他の階の担当が、彼とともに愚痴っていたのを見かけていました。


「いやー……別に商品買わねぇのはいいんだけどさ。口調がキツイのなんのって。

 なんか、近いうちに店がつぶれるとか、そんなコトまで言われたぜ」

「うわー、お疲れ。さっさと棚卸しすませて帰ろーぜ」

「ほんと。はやく家に帰りてぇわ……」


ピッピッと、手持ちの機械で商品バーコードを読み取りながら、

同僚はブツクサと呟いています。


周囲をグルリと見回すと、作業はどこも順調のようで、

どこが終わった、次はどこだ、などという声があちこちから聞こえていました。


「よーし。ここが終われば、次にいけるな」

「はー、そうだな。ずーっとこんな姿勢で肩こってきたし……足の裏も痛ぇわ」


ひときわ疲労の濃い表情で、同僚はまぶたを揉んでいます。


「まぁ、しゃがみっぱなしだしな。あとちょっとで終わるし、先にむこう行っててくれていいぞ」

「おーサンキュ。そうするわ」


担当していた電池コーナーもあとわずか。


まだ誰の手も入っていない、蛍光灯コーナーへ行ってもらおうと、

彼を送りだした、そんな時。


「……へぁっ!?」


一歩足を踏みだした同僚が、まぬけな声を上げました。


「オイ、どうした?」


ヤツが商品でも落としたかと、あわてて振り返りました。


しかし同僚は、通路のまんなかで困惑の表情を浮かべたまま、

手になにも持たず、ただボーッとたたずんでいるだけです。


「……おい?」


足元にもなにもなく、誰かほかに人がいるわけでもありません。

わけもわからず声をかけると、彼はハッと顔を上げ、こちらを見ました。


「あ、悪ィ……なんか、ヘンなもん踏んだ気がして……」

「ヘンなもん……?」


とまどう同僚の顔は、嘘を言っているようには思えませんでした。


しかし、彼の足元にはなにもない床があるだけですし、

踏みつぶされたような物体も、周囲に見当たりません。


「いや、悪ィ。たぶん、おれの気のせいだわ。……疲れてるんだな、ハハ」


おれの困惑を察したのでしょう。


同僚はあいまいな笑い声をあげて、

そそくさと照明器具の部門へと移動していってしまいました。


(あいつ……大丈夫か?)


フラフラと、みょうにおぼつかない足取り。

もう客はいないとはいえ、今にも倒れそうな、心配になる動きです。


(さっさとこっち終わらせて、手伝いに行くか)


個数を記しておいたふせんを、商品からピッとはがしながら、

しゃがんでいた体を起こし、最後のチェックに入ろうとした時でした。


プチッ


「ぅわっ」


水気をもった小粒が破裂する感覚。

靴の裏で、小さいなにかを押しつぶす、妙な感触がしました。


(ヒッ……なんだ、今の)


液体のつまったやわらかい袋を押しつぶしたような、そんな感覚。

いいしれないイヤな感覚に、ゾワッとつま先から全身に悪寒が走りました。


(ヤッバ……商品、つぶしたか?)


ハッとして靴をぬいで確認しますが、そこはわずかにすり減って、

砂がついているだけ。

濡れた様子も、汚れた様子もありません。


「え……?」


つづいて、踏んだと思われる床の上を確認しますが、

そこも、少々くたびれた、クリーム色のタイルがあるだけ。


経年劣化によって染みついたわずかな汚れは見受けられますが、

つぶれた液体や破片などは見当たりません。


(えっ……じゃあ、おれは今、なにをつぶしたんだ……?)


困惑しつつ周囲を見回したところで、

はた、とおれは気づきました。


(これ、さっきアイツもおんなじような動き、してたよな……?)


さきほどの、困惑した同僚の動作が彷彿とされます。


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