106.自宅の異変②(怖さレベル:★★★)

シン、と静まりかえった夕暮れのなか、

私は無性に不安にかられました。


「ま、まぁいいか。はやく夕飯の準備しないと……」


あの謎の影も、静電気も、今は考えている場合ではありません。

自分をごまかすようにひとり言を呟きながら、今度はバチっとこないよう、

慎重に、そっと、扉を引き開けました。


「…………?」


暗い。

家のなかが、やけに薄暗い。


照明は点いているし、壁紙だっていつも通り。

ふだんとなんにも変わりない家の中。のはず、なんですが――


「あれ?」


玄関のたたきに目を落とすと、

見なれないかわいらしい靴が三足並んでいました。


(こんな時間まで、友だちと遊んでるの……?)


両親が不在なのをいいことに、きっと好き勝手やっているのでしょう。


肺の奥からふかぶかとため息をはきだして、家に上がると――


「…………っ?」


息苦しい。

酸素のうすい高山に急にほうり出されたような、急激な苦しさを感じます。


思わずその場にしゃがみこみ、一度、二度、深呼吸をくり返すと、

だんだんと呼吸は落ちつき、正常に戻りました。


(な、なんなの……?)


不気味な影、時期外れの静電気、小さな物音。

暗い家のなか、息苦しい空間。


なにもかもが、いつもと違う。

なにもかもが、異常を訴えている。


私は恐ろしい胸騒ぎを覚え、

あわてて妹の部屋がある二階へ向かいました。


トン、トン、トン……


階段をのぼる足音も、どこかこもったような、

霧のなかを歩いているかのような、おぼろげな反響をしています。


二階にあがっていくにつれ、肌をたたくうすら寒さが、

ピリピリと臓腑にまで襲いかかってくるようでした。


(廊下……電気、ついてない……)


夕暮れ時になったらまっさきに点灯させるそれが、今日は消えている。

あえて点けていない? だとしたら、いったいなんのために?


「…………」


私は小さくつばをのみ込み、電気のスイッチへ手をかけました。

しかし。


パチッ、カチッ


「あれ……切れてる?」


何度スイッチを押下しても、蛍光灯はなんの反応も返しません。

昨夜まで、なんの兆候もなく点いていたというのに。


(いいや。さきにユナのとこ……)


明かりをつけるのは諦め、とにかく妹の様子を確認しようと

彼女の部屋のドアに私は手をかけました。


バチッ


「痛った……っ!!」


バツン! とふたたび激しい静電気。

指先がジンジンとしびれを覚えるほど、強烈な一撃です。


「……ウソ、でしょ」


この真夏、しかも家のなかで、二度も?

ヒヤリと肝が冷えるのを感じつつ、首をふってむりやり恐怖をごまかします。


(ありえないとしても、実際ここで起きてるんだ……偶然、ただの偶然だ)


念仏のように自分を鼓舞しながら、

いっそ不自然なくらい明るく声を上げて、妹の部屋のドアを叩きました。


「ユナー? もう夕飯の時間だけど、友だち来てるのー?」


…………


反応はありません。


「ユナー? どうしたの、寝てるの?」


…………


反応はありません。


このままではラチがあかないと、私はひとつ息を吸い込みました。


「おーい、聞こえてるー? 開けるよー?」


慎重にドアノブをにぎると、そっと扉を押し開けます。


「……え、っ?」


パカ、と開いたドアの先。

広がる光景は、異常でした。


四人の女の子。

それが、部屋の中央で四角形を形作るように向かい合っています。


天井の照明はオレンジ色の豆電球だけが点灯し、

どんよりと暗い室内で、うつむく四人の人影。


彼女たちの中央には黒いビニールシートが置かれ、

黒い羽根や黄色い脚が、そこをぐるりと取り囲むように散乱していました。


そして、ビニールシートの中央にこんもりと山を作っているのは、

なにか赤黒い、ぐちゃぐちゃしたモノ。


液体をまとい、内臓をさらしたそれは、なにかの生肉――。


「ゆ、ユナッ!? なにしてるのっ?!」


私が思わず大声を上げると、四人がいっせいに顔を上げました。


「うっ……!?」


妹と、女の子三人。


どこを見ているのかわからない、焦点を失った瞳。

制服からつきだした、その手足の青白さ。


そしてなにより――口からこぼれだす、赤い血と肉片。


「え……あ、え?」


ぷっ、とユナの口からなにかの塊がはきだされました。


コロン、と足元に転がった白いかたまり。

小さく白く、うっすらと赤い血をまとったそれは、まるで骨のよう――。


「な……な、にを」


ガタガタと、全身の震えが止まりません。


四人は、まるで正気のかけらもない目つきで、

中央の肉塊に口をつけ、血をすすり、肉を噛みちぎっているのです。


そのたび、肉に付着した黒い羽が宙に舞い、

びちゃびちゃ、くちゃくちゃと、しめった音がこだましました。


(カラス……カラスを、食べてる……!?)


ぐずり、と肉の合間からクチバシがのぞき、

もはや生命を失った眼球がポロポロとビニールシートの上にこぼれています。


あまりにも異常で、おぞましい、光景。


「……バカッ!! なにしてるのっ!!」


私は思わず妹の首根っこをつかむと、

肉の集合体からむりやり引きはがそうとしました。


しかし、


「がぐっ!」

「いっ……!!」


妹のちからとは思えぬほどの剛力で抵抗され、

逆に腕にギリリと噛みつかれてしまったのです。

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