93.日々新教①(怖さレベル:★☆☆)

(怖さレベル:★☆☆:微ホラー・ほんのり程度)

※虫表現有



これを買えば幸せになれる。

あれを行えば不幸はなくなる。


……まぁ、よくある手法、ですよね。


雑誌に掲載されるパワーストーン、道端で販売されている謎のツボ。

お守りや、引き寄せの法則なども、形は違えど、

災厄を避けて幸せをつかむという目的で購入したり、実施するものでしょう。


物欲だって、より良いものを手に入れて、

人生を幸せに生きたい為の欲求。


人間であれば、幸せでありたいのは当然の願いですよね。

……しかし、それが行き過ぎてしまったり、利用されてしまうことも、もちろんあるわけで。


今回、私がお話させていただくのは、そういった話です。




そう、あれは二年ほど前になるでしょうか。


そのころ、私は四十代半ば。

旦那が働いているとはいえ、自分もまだまだ現役と、

百貨店で精力的に販売員をやっていました。


私はかなり長くそこに勤めており、副店長という立場を貰っていました。

だから、他の社員への指導を任されたりして、仕事の悩みから

プライベートの相談まで、いろいろな話を打ち明けられていました。


特にここ最近では、入社して三年目となった、三十代半ばの洋川さんという女性から、

いろいろ相談ごとをもちかけられていたんです。


彼女の性格をひとことで表すなら、

『心配性』の三文字につきます。


やれお客様への対応がそっけなさ過ぎただの、

やれ渡した商品の裾をちょっとひっぱってしまっただの、うんぬん。


はたから見ていて、なんの不備もないように思えても、

自分で自分の首をしめるがごとく、うだうだと反省、苦悩、自戒。


失敗を認めて改善につなげる、という行為自体は

もちろんすばらしいことなのですが、いかんせん彼女は度が過ぎている。


腰が低いのはいいことです。

しかし、時折それが鼻につくのか、慇懃無礼ととられることもありました。


もう少し肩の力を抜くように、とは、何度も彼女には進言していたのです。


とはいっても、勤務態度はまじめだし、病欠だって少ない。


報連相にいたっては、過剰気味ではあるもののけっして怠ることはありません。


ですので、仲間内ではそれも一種のご愛敬であると、

うちの店ではそれなりに上手くなじんでいました。


そして、そんな彼女がある日。


「……え、休み?」


日曜日の朝のことです。


私が商品の仕入れチェックを行っていた時、

店長がそれを告げてきました。


「うん。なんでも外せない用事ができちゃったんだってさ」

「それはまた……ずいぶん、急ですね」


体調不良でも、葬式などでもなく、外せない用事、とは。


やはり身内の関係かなぁ、と私は一人納得しました。


彼女からは、ちょくちょく家庭のことを相談されていて、

特にここ最近悩んでいる、と言われていた、彼女の夫のことが脳内をよぎったのです。


「まぁ、仕方ないね。今日は日曜日だし、お客さんは多いと思うけど、なんとか乗り切ろう」


苦笑する店長に頷き返し、私はほんの少しだけ、

心の中を不穏な風が吹き抜けていったのを感じました。




そしてそれから数日後のことです。


「ふ、副店長!」


休憩のタイミングで、仕事に復帰してきた

彼女、洋川さんが声をかけてきました。


「あのっ、前からずっと相談させて頂いていた、旦那の件なんですが……」


チラ、と控えめに見上げてくる彼女の、夫。

洋川さんから伝え聞く印象としては、最悪の男性でした。


彼女が気の弱いのをいいことに、ほとんど奴隷か召使かのようにこき扱う男。

夫自身も勤めてはいるもののアルバイト程度で、

ほぼ彼女のヒモ状態という、ひどい関係だったのです。


「うん。どうだった?」

「それが……ようやく、ようやく離婚が成立しました!」


彼女は、ペコペコと頭を下げました。


その申し訳なさげな様子に、先日の休みは

やはりこの件であったかと察しは付きました。


「そっか。だいぶ長引いてたもんね、良かった」

「ええ……! あの男には、いったい何度苦しめられてきたことか……! せいせいしました」


きっぱりと言い放つ彼女は、ふだんの大人しい姿とは大違いです。

よほど腹に据えかねていたのだろうと、私は苦笑いしました。


「でも、今まで旦那さん、ずいぶんネバってたじゃない? どうして急に」


以前から相談を受けていた話では、夫がなかなか離婚届に判を押さないだとかで、

弁護士まで交えた本格的な協議になっていたはずです。


相手はさっきも述べた通り、典型的なモラハラ夫というヤツで、

手はあげぬものの、聞くに堪えぬような暴言はしょっちゅう。

彼女に対する態度もすさまじい有様でした。


しかし、残念ながら録音音声などの証拠はなく、

話が平行線のままなのだ、と伺っていました。


「ええ、それが……私も、ずっと困っていたんです。でも、教祖様が……!」

「……ん?」


唐突に聞こえた不穏な単語に、

私は続く言葉もなく一歩後ずさりました。


「ええ、教祖様です。私が旦那との言い争いに疲れて、どうしようもなく落ち込んでた時に出会って!

 最初はただ、優しそうなおばさんとしか思わなかったんですけど……!」


洋川さんは、ギュッと両のこぶしを握り締め、

声は次第に熱を帯びていきました。


「隣に座って、ずーっと話を聞いてくれて。それで、手助けしてくれるって言ってくれたんです。

 おんなじように苦しんでいる人たちが自分のところには大勢いる。きっと助けになってくれる、って……!」


その話の方向性で、私にはこれから

どういう話が展開されるのかが、容易に見えてきました。


「それで、それで……! 教祖様と、信者の皆さんのお力によって、

 ようやく私は救われたんです! 旦那の呪縛から、ようやく……!!」


ギラギラと目を輝かせて力説する彼女に反し、

私はじりじりと距離を離しました。


そう力を込めて話す彼女の後ろに、ドロドロと妙に重い、

暗いモヤのようなものがまとわりついているように見えるのです。


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