83.廃駅の肝試し④(怖さレベル:★★★)

「いやー、良かったぁ。知ってる人が来てくれて」


ボロボロの女性――行方不明になっていた原の先輩は、

全身にまとわりついた枯れ葉を落とし、

いくぶんかマシになった姿で深くため息をつきました。


「す、すいません。その、ゆ、ユーレイかと思って……」

「まったくねぇ。すっごい驚きようだったよ、三人とも」


その女性は、こちらの振る舞いをケラケラと笑って許し、

豪快にバサバサとホコリを髪から叩き落しました。


彼女には駅舎の古いベンチに座ってもらい、

男三人は突っ立ったまま、きまり悪く視線を交わしました。


「あ、あの……どうしてあんなところに?」

「……仲間がさ。あたしのこと、置いて帰っちゃったんだよ」


原がおずおずと尋ねると、彼女はヒラヒラと

自分の顔を手のひらで仰ぎつつ、ため息混じりに言いました。


「肝試しはなにごともなく終わって、あたしは自分の車でここまで来てたから、

 現地解散、さて帰ろう、ってしたら……車のカギが、無くって」

「えっ……じ、じゃあまさか」

「そ。見つかんなきゃ帰れないし。携帯も車の中に

 あってさ。ずーっと今まで捜してた、ってワケ」


なるほど、どうりで彼女の顔色も悪いはずです。


ほぼ丸一日、飲まず食わず状態。

きっと、生きた心地もしなかったでしょう。


「せ、先輩! オレたちの車で帰りましょう!」


原が、勇んでグッと拳を握りしめて叫びました。


「バーカ。車、そのまんまにはしておけないだろ。

 ロードサービスかなんか、呼びましょうか?」


前のめりになる原の頭を軽く叩き、

スマホ片手に尋ねると、彼女は気恥ずかしそうに笑って、


「いやぁ、実はついさっき、ようやく

 カギを見つけたんだ。だから大丈夫だよ」

「わ、良かったっすねぇ!」


原は両手を叩いて、ニコニコと喜びを露わにしています。

あまりにも現金なその姿に、水島が苦笑しつつ奴の背中を叩きました。


「よーし、じゃあ帰りましょう!」

「おう。良かった良かった」


いつものお調子者に戻った原を筆頭に、

駐車場までの道のりを歩きます。


ご機嫌な原に先輩の相手を任せて、

最後尾をノロノロと歩く水島に声をかけました。


「いやー良かったよなぁ、先輩もカギも見つかって」

「……ああ、まったくだな」


疲れたように呟いた水島は、

まだ怯えたように周囲を見回しています。


「おいおい、もう用心しなくて大丈夫だろ?」

「わかってねぇな……お約束だろ?

 ホッとした後にもう一個なんか起きるっつーのが」


警戒心むき出しの彼は、例の懐中電灯を胸のうちで抱え込み、

慎重にあたりを確認していました。


「そ、そういうコト言うなよ。オレまで怖く……」


と、にじみ出てきた怖気を苦笑いでごまかそうとした時です。


「あーっ!!」


夜闇をつんざくような大声が響き渡りました。


「なんだっ!?」


声は前方の原たちの方からです。


慌てて彼らの元へと駆け寄ると、


「あたしの車……! なんでこんな姿に……!!」


悲鳴はどうやら、自分の車の惨状を目にした

女先輩の声であったようです。


「山ん中ですし、しょうがないですって」


原も彼女のことを慰めつつ、落ち葉を払いのけるのを手伝っています。


「イタズラだよね、きっと……まったく」


プリプリと怒りを露わにしつつ、大方のゴミを取り除くと、


「よし、このくらいでいいか。あとは明日にでも

 洗車するよ。……じゃ、帰ろっか」


肩を落とした彼女は、気を取り直すようにこちらに向き直り、


「三人で来たんでしょ? 一人こっちに乗る?」


と気遣ってくれました。


「えっ、じゃあ、お言葉に甘えてっ」


と、さっそく乗り込もうとした原の首根っこを水島が引っ掴み、


「コイツは危険なんでこっちで連行します」

「えーっ? 大丈夫だよ?」


彼女はあっけらかんと笑いますが、水島は深刻そうな表情を形作って、


「こんな深夜に男女が狭い車の中じゃ、別の意味で怖いでしょうし。

 道はこっちが先に行くんで、後をついてきて貰えれば」

「えー……水島、そりゃないぜ」

「先輩、疲れてんだろ? ちゃんと配慮してろっての、まったく」


水島は、そのままヒョイと原を後部座席に放り込み、

彼自身ははやばやと助手席でシートベルトを装着しました。


「どーした? 運転頼むぜ」

「あ、ああ……」


一連の流れをボケっと眺めていたところを急かされ、

あわあわと促されるまま車に乗り込みます。


「くれぐれも安全運転で頼むぜ」

「ああ……うん」


水島のやたら強い念押しに頷き、

ゆっくりとエンジンを入れました。




ブィーン……


静かな山道を、二台の車が下っていきます。


ひと気のない道路に点在するカーブミラーが

車のライトに反射してキラッと妖しく光り、

森の合間の木々が、夜闇の中不気味に揺らいでいました。


「いやぁ、ほんと良かったわ~」


一人後部座席に陣取る原は、ゴテン、と背中を座席に転がしつつ、

ニヤニヤと天井を見上げています。


「お前な、下心ミエミエなんだよ」

「な、なんだよ。心配してたのはマジだからな!」

「はいはい。わかってるって」


確かに、初めに原が見せたまじめな姿は、

おちゃらけているコイツにしては珍しく、見直したのは事実です。


「つーか、一緒に来てたっていう先輩の友だち、

 先に帰っちまって、その後放置とかヒドいよなぁ」


後から続いて走行してくる彼女の車を見やりつつ、

原はブツクサと呟いています。


「友だちだろ? 付いてこないっておかしいな、くらい思わなかったのかねぇ」

「お前ら、いつだかの橋でオレを置いて逃げてったことあったよなぁ?」

「うっ……でも車のとこで待ってたじゃねーか!」


からかい混じりにギャイギャイと騒ぎ立てるも、

普段であれば真っ先に悪ノリに参加してくる水島は妙に静かです。


「……水島? なんだ、眠いのか?」


原もどうやら気になったらしく、

チョンチョン、と後ろから彼の肩をつつきました。


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