79.巻き込まれた飛び込み自殺①(怖さレベル:★★☆)

(怖さレベル:★★☆:ふつうに怖い話)


あれはそう、今から半年前。


東京へ遊びに行った先で始まった、

とある出来ごとについてお話させて頂きます。


その日、クラスメイトであるスーちゃんと共に、

都心の水族館へ出かけたんです。


私の地元は北関東で、乗り継ぎをして、電車で約二時間の距離。

高校生の身分ともなれば、とても新幹線という贅沢は使えません。


「あのペンギン、すごく可愛かったね」

「深海魚のコーナーもなかなかだったよ。また来たいなぁ」


などと、お土産でパンパンのリュックを背負い、

下りの電車待ちの列に並びました。


「それにしても……ホント、スゴい人の数」


ずらりと停車位置に並ぶ人数は、

地元では夏祭りでもない限り、なかなかお目にかかれません。


「やっぱ都会ってスゴいねー。大学、こっちに進学できたらなぁ」

「あー……うちは親が許しそうにないなぁ」


遠くから構内に侵入してこようろする銀色の車体を眺めつつ、

たわいもない会話をのんびり交わしていた、そんな時。


「……ん?」


ユラリ、と。


私たちの並ぶ列の最前の位置。


黒いスーツを身にまとったサラリーマン風の男性が、

奇妙にブレ始めたのです。


右へ、左へと、まるで激しく酒に酔ったかのようなおぼつかない動き。


糸を切断されたマリオネットを彷彿とさせる、

身体の軸を失ったかの如き、不気味な揺らぎ――。


「危ない!!」


誰かが声を上げるのと、ほぼ同時か。


プォオオン


――ドゴッ


「あ……」


駅になだれ込んできた車体が、

あまりにあっけなく、男性の身体を消し飛ばしました。


「……ひ」


一瞬、無音に染まる構内。


ボドッ


粘着質な音を立てて着地したのは、

赤い液体をまとった、肌色のなにかで。


「い、いやぁああっ」

「う、わわわっ」


またたく間にその場がパニックに支配されました。


逃げ惑う者、呆然自失状態の者、野次馬根性で身にくる者。


「わ、っちょっ!」


そんな大勢の人垣に押され、ぐいぐいと波に飲まれていき、


「え」


気が付けば、車体の一番前。


事故のその現場の真ん前に、移動していました。


「……ッ!」


想像の倍以上に床を染め上げている、血痕。

衝撃を物語るように霧散している、細切れのなにか。


「ぐ、うっ……」


グロ耐性など限りなくゼロの私は、

思わずその場にしゃがみこんでしまいました。


「離れて、離れてください!!」


駅員の指導で、ようやく皆がゾロゾロと現場から移動していきます。


しかし、あまりにも間近でその残骸を見てしまったショックで、

私は駅員に支えられ、休憩室へと連れていかれました。


「ちょっと、大丈夫?!」


いつの間にかはぐれていたスーちゃんも、

連行されるこちらに気づいて、慌ててついてきてくれました。


「だ……大丈夫。ちょっと、気分悪くなっただけで」

「もーっ、心配したよ……どんどん前の方へ流されてっちゃうんだもん」

「うん……びっくりしたよ」


脳内でその瞬間の映像が形作られそうになるのを、

首をふって無理やり追い出し、深くため息をつきました。


「お母さんに……帰るの遅くなるって連絡いれとかないと」

「あっ……あたしも」


この調子では、運行の復旧にはそれなりに時間がかかってしまうでしょう。


私は母へ人身事故で遅れるという旨を伝え、

少し休んだことでいくらか気分も回復したので、

駅員の方へ丁寧にお礼を伝えて、休憩室を後にしました。




それから、駅の中でしばらく時間を潰したのち、

私たちは様子見も兼ねて、プラットフォームへ戻ってきました。


「でも……まさか、目の前で飛び込むの、見ちゃうなんてね……」


人でごった返すその構内で、

電光掲示板を見上げながら、彼女はしみじみと呟きました。


「うん……よりにもよって、あんなに近くで見ちゃったし」


記憶の底を舐めるようによみがえる、その場面。


飛び込み自殺という言葉で連想されるような、

自発的な勢いのあるものではなく、

ユラユラと、何かに手招かれていたかのごとき、奇妙な光景。


「……あ、みてみて。ようやく再開されるみたいだよ」


電光掲示板の表示と、構内放送によって再開が告げられ、長い待ち時間は終わりを告げました。


「さ、さっさと帰って、楽しいことだけを覚えてよう。ね?」

「……そーだね。もったいないもんね」


滅多に来られない、東京への旅。


亡くなった当人には申し訳なさを覚えるものの、

せっかく水族館を満喫したお休み。


辛い記憶はできるだけ忘れてしまいたいものです。


初の120%乗車状態の電車にもまれつつ、

油断すると即座にまぶたの裏ににじむそのシーンを見ないふりで、

スーちゃんも私も、必要以上に明るく振る舞っていました。


「……はー……だいぶ、人も減ってきたね」


人波にもまれ続けて、しばらく。


団体が乗り降りする駅を通り過ぎてしまえば、

地方都市である地元までつながる車内はガラリと空きが出てきます。


まばらになった座席の空いているところに隣あって座り、揃って深く息を吐きだしました。


「…………」

「…………」


もはや、肩にのしかかる疲労で、言葉もありません。


ワラワラと人がいた時には、無理やり空元気をだしていたものの、

ここまでくると、その余力も残っていませんでした。


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