71.コインランドリーの老人①(怖さレベル:★☆☆)

(怖さレベル:★☆☆:微ホラー・ほんのり程度)


僕は三年前、結婚したんですが、

それ以前、独り暮らしがずいぶんと長くて。


高校から全寮制のところで暮らし始め、

大学、社会人とずっと一人で、実家に帰るのも正月くらい。


一人が寂しい、という思いはもちろんあったものの、

慣れてしまえば逆に他人と共に暮らす煩わしさみたいなものを

感じずに済むのが気楽でもありました。


……と、いきなり話がズレてしまいましたが。


僕が今回お話させていただくのは、

そんな一人暮らしの時に起こった、ある事件のことです。




前述させて頂いた通り、

僕はそんなこんなでずーっと一人暮らしをしていました。


そうすると、炊事・洗濯・掃除など、

家事は皆自分自身でこなさなければなりません。


放置しておけば、もちろんゴミも食器も洗濯物も、

たまる一方なんですが……まぁ面倒くさくて。


僕自身、かなり量が溜まってしまってから一気に片付ける、

というのがいつものことでした。


そして、僕がとりわけ苦手だったのが洗濯です。


使用していた洗濯機が、独り暮らし用の容量が

小さいサイズだったことも災いしたのかもしれません。


ほとんど機械がやってくれるとはいえ、

洗って干して畳んで……の作業がおっくうで、

だいたい目いっぱい溜めてばかりいました。


そんなぐーたらな日常を送っていたさなか、

偶然にも、近所のずっと空き地であった場所に、

コインランドリーが出来たのです。


今まで、カゴに衣類を山と積み重ね、休みにまとめて何度も洗濯機を回し、

ベランダだけじゃ間に合わず、室内にも干しまくって乾かす……という生活を送っていた僕は、

コインランドリーができた初日から、そこの常連となりました。




「……っと、よし」


その日も、一週間ちょっと溜めた衣類をデカいカゴに入れて持参し、

空いているところにそれを突っ込み、手慣れた仕草でコインを投入しました。


ここですぐ自宅に帰ってしまう人も多いと思うのですが、

この新しいコインランドリーはかなり広めに作られていて、

中には漫画や雑誌も置かれていて、無線LANも通っています。


カンカン照りで焼けるような暑さの中、

部屋でエアコンをつけて過ごす電気代の節約にと、

僕はスマホを片手に奥の休憩スペースでくつろぐことにしたんです。


グオォォン……


機械の動作音が、他に誰の姿もない店内で延々と響いています。


(……誰もこないなぁ)


土曜日の午後二時過ぎ。


普段であれば、それなりに賑わいを見せるこのコインランドリーですが、

今日にいたっては、自分がここに来てから誰の姿もありません。


窓の外から眺めた空は相変わらず痛みを感じるほど強烈で、

アスファルトなど触ったら火傷しそうなほどにギラついています。


(……みんな、ヘバってるのかなぁ)


家から出たくないくらいに暑いので、

きっと日が落ちた夕方くらいが混むのだろうと、

再びスマホの画面に目を落とした時。


グオォォン……キュルッ


「……ん?」


立ち並ぶ洗濯機から、奇怪な作動音が聞こえてきました。


ギュルッ……キュッ……


調子よく響いていたあの耳慣れた低音が、

甲高く耳障りな高音でかき消されます。


「おいおい……故障か?」


確か、入った時にザッと確認した時点で、

使用されているところはありませんでした。


となれば、今のこの音がしているのは、

自分が洗濯物を突っ込んだところ以外考えられません。


(……厄介だな)


確か、持ってきた衣類の中に故障の原因になるようなものは無かったはず、

と、冷や汗をかきつつそっと休憩室を出て洗濯機の機器の方へ向かうと、


ゴゴッ……ギュルッ

ガガ……ゴンッ


「ちょっ……あんた、何してんだ!」


洗濯機の前で、一人の老人がガタガタと機器を揺らしていました。


年齢はかなり上とみえ、髪は真っ白に染まり、

半袖の間から見える腕も骨と皮だけのようにペラペラで、

明らかに正気ではないその目は、

ただ動いている洗濯機を目の敵のようにして叩いています。


バンッ……ドッ、ガンッ


「だ、ダメだって! なにしてんだよ!」


いつの間に入ってきたのやら、

その老人は判別不可能な単語を口から垂れ流しながら、

ひたすらに機械を殴打しています。


そのたびに、洗濯機がギュルギュルと妙な音を立て、

僕の衣類がデタラメに回転します。


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