67.死者のビデオテープ④(怖さレベル:★★★)

「これ……白ぶち君だ」

「……えっ?」


白ぶち君。それは、村中にこのビデオを貸したという、彼のバイト仲間。


「ま……マジで?」

「間違いねぇ。……顔も、このメガネも」

「えっ……いやいや、元気なんだろ? だってこのビデオ、そいつから借りたんだろ。

 じゃ、やっぱ作りモンなんじゃん」


ホッ、と安堵のため息が零れました。

当の本人に渡されたのではあれば、この血液も死体も、偽物であるのは明らかです。


「ああ……さっきの電話も、白ぶち君からだし……」

「へぇ~、何だって?」

「ビデオ見たか? って聞かれてさ。これから、っつったら、楽しんでくれよ、って言われた……」


そう話す村中の表情は、なぜか晴れません。


「ドッキリ映像面白かったです、って言っとけば?」

「あー……そーだな……」


微妙な顔をしたままの彼は、それでも僕に言われた通りにPHSを取り出し、

折り返し例の白ぶち君に電話をかけ始めました。


「……出ない」


しかし、ボソっと小さく呟いたかと思うと、

そのままポンっとテーブルの上にそれを放りました。


「ま、まぁ。常に連絡つくってわけでもないだろ」

「……ま、そーなんだけどな」


なぜか妙に煮え切らない村中の態度に、僕はますます首を傾げ、


「なんだよ、お前、なんか変だぞ。そんなにあのビデオ、おかしかったか?」

「……確かに、変なんだよな」


奴は、先ほどまでのテキトーさ加減の欠片もない声で、ため息交じりに呟きました。


「ビデオ貸してくれた時もさ。……その日、白ぶち君バイト休みだったのに、

 わざわざ俺がバイト終わって帰る時に現れて」


カシャン、とビデオデッキから例のテープを取り出し、

薄気味悪そうにそれを摘まみ上げつつ村中は続けました。


「さっきの電話、奴からだって言っただろ? やけに聞き取りにくくてさ。

 風邪でも引いたのかな、って思ってたんだけど……」


物憂げな視線が、何のラベルも貼られていないそのビデオテープに注がれます。


「あの人、まさかホントに死んでて……これだけ、渡しに来たんじゃ……」

「な、何をバカなこと言ってんだよ! そんなオカルト、あるわけないだろ!」


そう、そんなことあるわけがありません。


死んだ人間が、自分の死に際の映像を渡しに来た?

それも、死人の声が入ったテープ、などと偽って?


そんなの、この現実に起こりうるわけがない。

僕の震える怒りの声に反応してか、彼はそっと顔を俯かせました。


「……そ、そーだよな……」


村中は、まだ納得のいかないような微妙な表情のまま、

スッと立ちあがりました。


「悪ィ。俺、帰るわ」

「おお……あ、あんま気にすんなよ」

「ああ……」


心ここにあらずな様子であいまいに頷いた彼は、

そのままうちを出て行ってしまいました。


「あ……結局、死人の声、とやら、わかんないままだったな……」


死者の声の入っているテープ。

その触れ込み自体、これを渡してきたという白ぶち君のデマだったのでしょうか。


(まさか、本当に死……いやいや、そんなワケ、無い)


フラッシュバックする、風呂場の光景。


タイルの上に広がる血液と思われる赤い液体。

その上に伏す男の姿。


第一、もし本当に死体だったとしたって、

警察やらなんやらが来て、相当に大ごとになっているはずです。


(……あれ、そういえば。ちょっと前にニュースで……)


チラリ、と脳内を霞めるある記憶。


同年代の大学生が風呂場で事故死した、という内容が、

いつだかの夕方のニュースで、サラリと流れていたような。


(い、いやいや……そんな偶然、あるわけないって……)


僕は慌てて首を振って思考の中からそれを追い払い、

そのままこれからのバイトの仕事に、意識を集中させることにしました。




そして、その後の話ですが……なんと言えばいいでしょう、ね。


例の白ぶち君、と呼ばれていた彼、

どうにも……その、本当に……亡くなっていたんですよ。


村中が、どうしても気になったそうで、

何度連絡してもつながらなくって、バイト先に確認したら判明したらしくて。


でも、妙なんですよね……だって、例の白ぶち君が亡くなっていたのって、一週間前だったんですよ。


当然、バイト先にだって連絡は入っていた筈なのに、

村中だけが、なぜかそれを知らされていなかった……いや、聞かされていたけれど、その記憶が無かったみたいで。


あのビデオテープも……あの日、僕は村中が持って帰ったと思っていたんですが、

奴に聞いたら、忘れて置いてった、とかいうんです。


でも、恐る恐るビデオデッキの中を確認しても見つからない上、

部屋の中のどこを探しても、それらしきモノが無いんですよ。


……じゃあ、あのビデオテープって、いったい、なんだったんでしょう。

それに、あのテープに映っていた謎の民家も。


それに、死者の声を聞いてしまった村中や、

そのテープを見てしまった僕は、もしかしたら連れていかれてしまうのでしょうか。


あれ以降、ノーラベルのビデオやDVD、Blu-rayが、

怖くて怖くて、仕方ないのです。

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