46.校舎裏の壁のシミ・裏①(怖さレベル:★★☆)

(怖さレベル:★★☆:ふつうに怖い話)

『10代男性 室井さん(仮)』


これはある意味、懺悔になるのかもしれません。


ボクが幼い頃、うちの小学校で起きた、とある事件のことです。


小学校ではよくあるように、ある種当然、

ボクらの通う校舎には、学校の七不思議が存在しました。


このうちの六つは……どこにでもあるような、然したるコトのない怪談です。


美術室の果物の絵から腐った臭いがする、とか、

校庭を走り回る銅像とか、

そういった話に混じって、まことしやかに囁かれていた一つのウワサ。


給食室の壁にある、顔のシミのウワサはヤバイ、というもの。


当時、六年生に進級し、夏休みも近づいてきた、ある夏の日の放課後です。

クラスメイトのうちの一人、ショウタに声をかけられたのは。


「おい、室井。お前、怖い話が好きだって言ってたよなぁ?」


ダン、と机をたたき、開口一番に彼はそんな言葉を投げてきました。


「……まあ、うん」


その頃、図書館で見つけた手塚治虫の作品に触発され、

怖い話の世界にどっぶりとはまり込んだ僕は、

教室内でもしょっちゅうそんな本ばかり読んでいた為、

すっかりそんなイメージが根付いてしまったのです。


「なぁ、お前も聞いたコトあるだろ? うちの七不思議の一つ、壁のシミの話」


と、そこに加わるようにもう一人、

タクミという男子生徒が入ってきました。


「給食室の裏のでしょ? 有名じゃん」


ボクがランドセルを背負いつつ答えると、二人はニヤリと笑いました。


「よっしゃ。じゃ、今日の夜、さっそく見に行こうぜ!」

「……はっ?」


あまりにも唐突なその申し出に、ボクは混乱しました。


「いや、無理でしょ? 学校の門閉まっちゃうんだし」


「バッカ、柵くらい簡単に乗り越えられるだろーが!」


そう言う彼ら二人は揃ってサッカークラブに所属していて、

確かに身長の高さなどから考えても、大した高さのない校門くらい、

うまく段差をつかえば乗り越えられそうです。


そして、そういうボクもクラスで一番身長が高かった為、

声をかけられたのはこれが理由か、と納得しました。


「わかったよ。……あの壁のヤツ、真夜中じゃないとダメなんだっけ?」


壁のシミ自体は真昼間でも見られるのですが、


ウワサ曰く、その壁が何ごとか囁きだすのは、

夜、それも深夜でなければならない――と、


そういう話が伝わっていました。


「でも、イイの? あれ、聞いたら呪われるって話じゃなかったっけ」


そう、ウワサの詳細はバラつきがありますが、


その声を聞いてしまった者、

その者はあの顔によってとんでもない不幸がもたらされる。


というような内容はどれも共通していました。


「オイオイ。図体でかいクセにビビってんのかよ」


ショウタがこちらを見下すように挑発してきます。


「来ないなら別にいーけどな。クラスのみんなに、

 ビビりの室井君ってウワサが広まるだけだしさ」


もう一人のタクミまで、便乗するようにうそぶいてきます。


今思えば、安い売り言葉。

しかし、その当時はそれにカッと頭に血が上ってしまい、


「ふざけんな。そういうお前らこそ、今日の夜忘れんなよ」


やすやすとそれに乗ってしまったのでした。




深夜零時の校舎。


それは真昼の比ではなく、

おどろおどろしい気配を漂わせていました。


親の目を盗んで抜け出したその非日常は、

どこか期待と不安、そして恐怖をじわじわと浮かび上がらせます。


遠くから聞こえる消防車のサイレン。

犬の遠吠え。


重い夜の静寂に、三人そろって柵を越えたはいいものの、

躊躇するように、しばらく校舎を眺めていました。


「……よ、よし。じゃあ行くぞ」


言い出しっぺのショウタが、

わが身を奮い立たせるようにペシリ、と自分の頬を叩きました。


「そ、そーだよ。ここでジッとしてて誰かに見つかったらヤベェし、

 さっさと行こうぜ」


タクミもつられるように囁いて、先導するように

スタスタと校舎の方へ向かっていきます。


「おい室井、ビビってんじゃねぇよ!」

「うっさいな、行くよ」


反発するように言い放ち、家のタンスにこっそり眠っていたのを

くすねてきた懐中電灯を点灯させます。


「っていうか、二人ともあのシミ、見たことあるの?」


昼休みや放課後には、給食室のおばさんたちがウロついているあの付近、

ウワサはあれど、実際に目にした生徒の話はあまり聞ききませんでした。


「あるに決まってんだろ? 5年の時に1回、な」

「つーか室井は見てねぇのかよ、やっぱビビリじゃねぇか」


とたん、普段の小生意気な調子を取り戻した二人にイラッとしつつ、

見たことが無いのは事実だったので、黙り込みました。


「道案内してやるよ」


がぜん強気になったショウタとタクミに先導されて、

ボクは懐中電灯で暗闇を照らしつつ後に続きました。


「……オイ。なんか聞こえねぇか」


給食室に近づいていくにつれ、

忍び足で進んでいたショウタが小さく呟きました。


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