40.眠るタロットカード②(怖さレベル:★☆☆)
「あ、そうだ。これ……一つだけ、注意点があって」
最終日。店の閉店作業が終わり、
タロットカードを受け取りにやってきた白山を前に、
あの日、最後にきつく老婆に約束させられたことを伝えました。
「このタロットカード……使っちゃダメなんですよ」
「え……っ?」
キョトン、と首を傾げる白山に、
あたしは自らの頭を掻きつつ、ため息をつきました。
少々、オカルト染みていると思いつつも、
1000円で販売する代わりにと約束させられた内容を、
そのまま彼女に伝えます。
「これ、呪われてる、らしくて。……飾るのは大丈夫、
しまっておくのもまぁ、平気。
でも、これを占いの道具として使っちゃダメ。
そういうルールなんだそうです」
本来の用途として使ってはいけない、なんて珍妙な話ですが、
それを遵守しないようならば売れない、と断られていたのです。
「呪われてる……ですか」
「ああ、せっかくもらって下さるのにごめんなさい。
もしイヤなら仕方ないけど……」
「いえ、飾るんなら大丈夫なんですよね。
……でも、使ったら、何が起きるんですか」
彼女のその疑問はもっともです。
あたしは一つ頷いてから、
あの老婆に言われた内容をそのまま伝えました。
「単純な話。……良くないことが起きる、らしい」
あの老婆にいくら尋ねても、
それ以上のことは話してくれませんでした。
眉唾極まりない話ですが、
あたしはそもそも占いにほとんど興味を持たない人種であったので、
意図してではなかったものの、
店主の言いつけをキッチリ守った形にはなっていました。
「良くないこと、ですか」
「ええ。なので観賞用、ですね。まぁ、古いし、使うのにむいていないから、
脅しでそう言われただけかもしれないけど」
と笑いつつ、ケースにしまい込んだタロットカードを手渡しました。
「わぁ……ありがとう、ございます」
胸元で抱えるようにそれを受け取った彼女は、
どこか熱に浮かされたような表情で微笑みました。
「こちらこそ。大切にしてくれたら嬉しいです」
「……はい、きっと」
ギュッとそれを抱きしめ、
笑顔で去っていく彼女を見送っていた時、
(……ん?)
ほんの一瞬。
歩き去る彼女の背に、
黒いもやのようなものが浮かびました。
「あ、れ……?」
ゴシゴシと目をこすれば、それは瞬く間に姿を消していて。
見間違いか? と思いつつも、
最後の最後に見えた不穏な光景に、一抹の不安だけが残りました。
それから、二か月の月日が流れました。
派遣社員として勤め始めていたあたしは、
工場の早番勤務が終わり、自宅までの道のりを車で走っていました。
「あー……事故、か?」
いつもの大通りを通ろうとすると、
パトカーと救急車の音が聞こえてきます。
道の先を遠目で眺めると、事故の場所こそわからぬものの、
すでにかなりの長い列ができていました。
「しょうがないなぁ……」
このままいつものルートへ入れば、
その渋滞に巻き込まれるのが目に見えています。
仕方なしに、ふだんは使わない、
住宅街を走る細道に車を向けました。
「……おっ」
と、そこは懐かしい団地。
どこか見覚えのあるその道は、
あのタロットカードを購入したリサイクルショップのある通りです。
(もうあの店……ないだろうな)
なにせ当時、あの店主はすでにかなりの老齢であったし、
今はチェーンの中古ショップはいくらでもあります。
さすがに営業はしていないだろう……
などと思いつつ、道を進んでいくと。
「ウソ……やってる」
道端にポツンと佇む、例の店が見えてきたのです。
看板もきっちりと出ており、駐車場には2台の車も停まっています。
店先にもいくつか売り物らしき物品が置かれていて、
どうやら継続して営業を続けているようでした。
「……寄ってみようかな」
そう思ったのは大した意味などなく、
十五年前に一回だけ寄った客のことなど覚えていないだろう、
という気楽な気持ちもありました。
「わ……変わってない」
あの、みすぼらしい外見から考えられぬくらいに整頓された店内。
立ち並ぶ商品はさすがに変わってはいるものの、
この店の持つ独特の雰囲気はそのまま残っていました。
店じまいをするとき、ほとんど調度品は譲ってしまい、
気持ちを切り替えるつもりで自宅も引っ越してしまったので、
なにかインテリアになるものでも購入しようか、と
店内をうろうろと見回っていると、
「いらっしゃい」
「あ、どうも……えっ」
店主の声にハッと振り返れば、
記憶の姿と寸分たがわぬ店主の姿があったのです。
「あ、え……て、店主さん、ですか?」
「そうですけど……ああ、その反応。うちに来たことがあるんだねぇ」
「え、ええ……その、十五年ほど、前に」
しどろもどろになりつつ、あたしは頷きました。
いくら年配の方とはいえ、
十五年容姿が変わらないなんてコトあるのでしょうか?
あたしの狼狽っぷりが伝わったのか、
彼女は小さく笑って、
「うちの姉さんから引き継いだ店なモンでね。
たまに過去のお客さんをビビらせちまうんですよ」
と言いました。
(それにして、瓜二つすぎるでしょ)
と内心思いつつも、
彼女の説明にホッと胸を撫でおろしました。
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