28.いびつな空の色①(怖さレベル:★☆☆)

(怖さレベル:★☆☆:微ホラー・ほんのり程度)


えぇと怖い話というか……

オレ、昔一度だけ、妙な体験をしたことがあるんです。


いや……アレはもしかしたら夢、

それとも、オレの気が狂っただけだったのかもしれません。


そう思ってしまうくらいに……

ほんとうに、訳の分からない体験だったんです。




あれは、

オレが中学二年の夏の時でした。


忘れもしない、七月十四日。


十日後に夏休みを控え、

その直前に実施される期末試験の為に、

毎日必死で勉強をしていた頃でした。


その日の朝、

いつも通り目覚まし時計にたたき起こされ、


前日遅くまでやっていた勉強のせいで

フワフワする頭をかきながら、

部屋のカーテンをグイっと開け放ったんです。


「……う、え?」


間の抜けた声が、

ポロリと口から零れました。


窓から見える空の色。


それが――まるで色彩が反転したかのように、

真っ黄色に染まっていたんです。


「えっ……? な、なんだコレ」


ゴシゴシと目をこすっても、

空の色は変わりません。


まさか窓にセロファンでも貼られてる?


と年の近い姉のイタズラを疑いましたが、

ガラッと窓を開け放っても、

空の色は黄色く輝いています。


「ゆ、夢……?」


次に疑ったのは、

自分の正気です。


しかし、夢の中にしては、やたら意識もはっきりしているし、

物体の質感もあって、風のそよぐ音も、

夏のしめった田んぼの匂いすらかぎとれるのです。


「…………」


しかし、夢ならばそういうコトもあるのかもしれない。


オレは呆然とする頭を揺すって、

慌てて洗面台に向かい、水しぶきを飛ばしつつ

バシャバシャと冷水を被りました。


「……うわ。夢、じゃない……」


いくら肌に水を感じても、

どんどん意識はハッキリしていくばかり。


定番の方法として頬をつねってもみましたが、

にぶい痛みがこれは現実なのだと伝えてきます。


「うわ……ってことは、目がおかしい?」


もう一つ、

考えられるのはそれです。


心当たりはありませんが、

突如として目の病気にでもなったのかと、

鏡でマジマジと両眼を検分しましたが、

充血もしていなければ、特にできものなども見当たりません。


そもそも、窓の外の空の色以外、

この洗面台の色も、服も、別になんの異常もない、

ふだんどおりの色なのです。


そんな変な病気、あるのだろうか……と、

洗面台の前で呻いていると、


「何してんの」


ペシン、

と姉が後頭部をはたいてきました。


「姉貴、おはよ……」

「……なに、元気ないじゃん」


いつもなら文句の一つでも言うところ、

大人しく挨拶だけを返したものだから、

姉が妙に神妙に眉を下げています。


オレは少しだけ逡巡しましたが、

思い切って例のことを訊ねることにしました。


「なぁ……今日の空の色、変じゃねぇ?」


オレの目がおかしいのか。

それとも現実、空の色がおかしいのか。


グッと唇を噛んで、

おそるおそるそれを声に出したのですが、


「変……って、なにが」

「あ、だから……その、いつもの色じゃないっていうか」

「いつもの色?」


姉は意味がわからないのか、

しきりに首を傾げ、

こちらの言うことをくりかえします。


「だ……だからっ! 朝なのに空、

 まっ黄色じゃん! この色、おかしいだろーが!!」


バン! と力強く洗面台を叩きながら、

思わず力説すると、

姉はあんぐり、と口を開けました。


そのリアクションに、


(ヤバ……やっぱりオレがおかしいのか)


と、後悔した時。


「……あんた、何言ってんの。いつも空の色は黄色じゃん」

「ハァ?」


今度は、こちらが口をパッカリと開ける番でした。


「は、おいおい、ふざけてんのかよ、姉貴……

 空の色は青だろ? そりゃあ、日の出ん時とか

 夕暮れん時は黄色っぽくなる時あるけど」

「……あんた大丈夫? 空はいつも黄色だし、

 太陽の出入りん時の色は紫でしょうが」

「あぁ?」


まるきり会話がかみ合いません。


黄色に紫、がさも常識のように、

姉はまじめな表情で言いきりました。


未だかつて、虹の七色のうちくらいしか、

空の色として認識したことのない二色です。


さっぱり訳が分からず、

オレが混乱して黙り込めば、


「あ、あんたアレでしょ。

 昨日遅くまで勉強しすぎて、おかしくなってんじゃないの?

 ……つーか、もしかして熱ある?」

「わ、オイッ」


バシッと無遠慮に手が伸びてきて、

額の温度を計ってきます。


「けっこう熱高いじゃん! ……こりゃあ風邪かな」

「え? いや、そんな」


別に身体も重くもないし、

咳や鼻水などの諸症状も出ていません。


それなのに、姉はこちらの言い分を聞きもせず、


「……おかーさん! ダイキが熱出してるー」

「あ、ちょっ」


心配性な母に言えば、例え熱がなくたって

休まされるに決まっています。


慌てて阻止しようとするも、

姉の言葉を目ざとく聞きつけた母が、

体温計をバッチリ用意してやってきました。


「……37.8℃。ダイキ、今日は学校お休みね」

「うーっ」


正直、テストの直前の授業。


出ておきたいのはやまやまでしたが、

姉のわけのわからぬ言動、自分の目の異常さ、

その上、自覚症状もないのに発熱しているとなれば、

ノコノコと登校するわけにもいきません。


「いつものお医者さん、今日は休診だったね……

 とりあえず市販の熱さまし買ってくるから、ベッドで寝ててね」

「ん……」


母はそう言い置いて、

さっさと買い物に出て行ってしまいました。


父は会社へ、姉は高校へ。


一人残されたオレは、

自室でぼんやりと天井を眺めていました。


チラ、と開いたままのカーテンから見えるのは、

やはり鮮やかな黄色に染まった空。


太陽の色すらも青々と変化していて、

まるきり色合いが入れ替わったかのようです。


周辺の建物も、木の幹も葉っぱも、

それはなんら変わっていないというのに、

ただ空の色合いばかりが奇妙でした。


「……マジで、頭おかしくなったのかなぁ」


しかし、自分ばかりが狂ってしまったのだとしたら、

姉のあの不思議な言動が説明できません。


姉は「いつも空は黄色」とはっきり言いきっていました。


まさか眼球だけではなく、

耳までおかしくなったのでしょうか。


グルグルと不可解な現象について思考を巡らせていた、

そんな時です。


「…………?」


窓の外を歩く、人影が見えました。


「う……え……?」


オレは上半身を起こし、

再び両目をこすりました。


チラっと目に入った人影。


それは間違いなく、

真っ白い姿をしていたのです。


それも、肌が白いとか、

服装が白だとか、そういう次元ではないのです。


窓から見えるのは上半分くらいですが、

ぼんやりと輪郭があいまいな、

陽炎のような人影なのです。


「……ぐ」


なぜかはわかりませんが、

オレは即座にヤバイ、と思いました。


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