16.一人カラオケの異形①(怖さレベル:★★☆)

(怖さレベル:★★☆:ふつうに怖い話)


ええと、皆さん、

一人カラオケって行かれます?


私はその……大好きで。


進学校に入学したせいか、

日々授業とか、家族の輪の中で窮屈な思いが募って、

爆発させる場をずっと探していた時。


ある日、ネット記事か何かで、

一人カラオケをする学生や社会人が急増!

みたいなのを読んで、

なんの気なしにやってみたら、ハマってしまったんです。


カラオケボックスっていう、

誰の目も気にしなくていい個室で、

思うがままに歌って、時には勉強もしたりして。


そうして、溜まったフラストレーションを

解消する、というのが一種のワークライフバランスに

……って、学生が使うのはおかしいですが、

競争社会に揉まれている私にとっては、

かけがえのない自分を取り戻せる時間であったんです。


でも、そんな憩いの時間が……

悪夢に変わってしまったのは、

はや数か月前のことでした。


そう、

アレはいつも通りの土曜日の午後。


友人と図書館で勉強する、と偽って、

隣町のカラオケボックスに足を運びました。


自宅や学校からはもっと近いカラオケもあるのですが、

万が一知り合いに会ってしまうと気まずいので、

私はいつも自転車を走らせ、

隣町まで行くようにしていたんです。


受付をすませ、

個室に入ってまず一安心。


そうそうに携帯の充電器などを

サービスで用意されているコンセントに差して、

いそいそとドリンクバーで飲み物を調達します。


準備が完了し、

さっそく歌い始めてしばらく。


ふと、

ブルリと寒気を覚えました。


(あれ……風邪ひいたかな)


季節は夏の終わりごろ。

まだまだ、寒さを感じるような時期ではありません。


冷房になっていたエアコンを調節すれば、

底冷えのするような寒さはいくらかやわらぎ、

気を撮りなおしてふたたび熱唱をはじめたのですが、


(……あ、まただ)


ブルリ、と鳥肌が立ったのです。


本格的に風邪かもしれないと、

カバンにツッコんであったポーチから、

緊急用の風邪薬を飲もうと、手洗い場へ移動したのですが、


「あ、れ?」


洗面台で薬を飲もうとした時、

あの芯から冷えるような寒気が

収まっていることに気付きました。


(風邪……じゃない?)


念のためと、いちおう風邪薬を服用してから、

ふしぎな現象に首を傾げつつ、

自分のボックスに戻ろうとしたのです。


「……う、わ」


しかし、

ひと足その中へ進もうとした刹那。


今までとは比較にならないほどの、

強烈な冷気がブワッと吹き付けてきたのです。


「寒ッ……な、なんで」


エアコンが故障しているのかと、

個室の天井へ目を向けた時――


「え?」


それと、

目が合いました。


クモのように天井にへばりつく、

骨と見まごうほど細い四肢。


ドロドロと汚水を滴らせる、

真っ黒な長髪。


眼下は落ちくぼみ、

白い肌の中でひときわ目立つ、

ぽっかりと開いた赤い口。


人間のような、

でも人間ではありえない。


まさに――化け物。


「ひ、いぃいっ!?」


思わず私は、

ドタンとその場で尻餅をつきました。


「……だ、大丈夫ですかお客様っ!?」


廊下を掃いていた店員が、

あまりの様子にこちらに駆け寄ってきます。


「な、な、なか……」

「え、中、ですか?」

「て、天井……ひと……ひ、人が……っ」


しどろもどろのこちらの台詞に、

いぶかしげな表情を浮かべた店員が、

ボックス内をぐるりと見回して言いました。


「えっと……なにも、ありませんが」

「……え」


BGMのように歌の宣伝が流れているボックス内には、

あの異形の残滓は見当たりません。


一瞬店員に気をとられているスキに、

まさかどこかへ……?


呆然と尻餅をついたままのこちらを

申し訳なさそうに見下ろした店員は、


「お客様……あの、立てますか?」

「あっ、だ、だいじょうぶですっ」


恥ずかしい姿をさらした羞恥に慌てながら、

私はドタドタとボックス内に逃げ込みました。


あの凍えそうなほどの寒さも、

まるでウソのように静まっています。


キョロキョロと周囲と天井を見回しても、

あの魔物の隠れられるような場所もなければ、

それらしい影もありません。


しかし、あれが幻影か、

それとも幽霊なのかはわかりませんが、

とてもそのままカラオケに集中することなど出来ず、

その日はすごすごとカラオケボックスを後にしました。


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