14.ディープシーブルーセダン①(怖さレベル:★☆☆)

(怖さレベル:★☆☆:微ホラー・ほんのり程度)

『40代男性 長尾さん(仮名)』


ええと、あらかじめ先に言っておきますと、

これは幽霊とか……そういう話じゃないんです。


だからその、

あんまり怖くないとは思うんですが……。


あ、ほ、本題に入りますね。

その……私は先日、事故に遭ったんです。


あ、いえ、その事故自体は、

特になにか、呪いとかそういったもんじゃなくて、

純粋に私の確認不足っていう、情けないもんだったんですが。


幸か不幸か、私自身にたいしたケガもなく、

車だけが廃車になってしまったんです。


七年目の車検を終えた直後で、

まだあと三年は乗ろうと思っていた手前、

オシャカになってしまったショックはなかなかのもんでした。


しかし、がっかりしてばっかりもいられず、

通勤の為にも新しく車を買わねばなりません。


とはいえ、予定にない出費、

新車ではなく、いっそ中古車で、

と思ったわけです。


早く、安く、と考えたとき、

まっさきに思い浮かんだのが、

通勤途中にある個人経営と思われる中古車ショップでした。


店頭にズラズラと並べられている車種は、

あまり年式が古くないのに破格の値段でおかれているのが、

どこか記憶に残っていたんですよね。


そうと決まれば、と

借りていた代車を使って、

その中古車ショップへ休日に足を運んだんです。


そこは個人経営であってもそれなりの敷地があり、

広い場所に並べられた車はなかなかの種類がありました。


私は、メーカーや車種にこだわりはないのですが、

色だけはポリシーがあり、定番の白や黒ではなく、

青い色の車に乗る、というのを信条にしていたのです。


だから今回も、中古とはいえ同系統の色で、と

そこのショップ内をうろうろと歩き回っていました。


するとその様子に気づいたのでしょう。


店員らしき若い男性が、

朗らかに声をかけてきたのです。


「お探しの車種などはありますか?」

「あ、ええと……すみません、

 まだ決まってないんですけど」


言いつつ、それとなく青っぽい色のものを探していると伝えると、

店員はわずかに首を傾げつつ、


「青、ですか……あ、そういえば、

 つい最近入った車がイイ色をしているんですよ。

 裏に置いてあるんですが、もしよかったらご覧になりますか?」


と言ってくれたのです。


なんでも、中古として買い取ったものの、

まだ洗車などの処理が済んでいないため、

販売の方に出せず、

裏に並べてあるままなのだというのです。


ザッと店内を見回す限り、好む色が見当たらなかった私は、

せっかくの申し出を受けることにしました。


「ええと、たしかここに……ああ、こちらです」


店員に案内されて行った裏の空き地にも、

十数台の車が並べられていました。


そしてその中に、

ひときわ輝きを放つ一台のセダンがあったのです。


「これ……」


私は、

ふらふらと招かれるかのごとくその車ににじり寄りました。


その車のボディの色は、

パールの入った深い青。


まるで深海を写し取ったかのようなその色彩に、

私は一目で惚れこんでしまいました。


「こ、これ、おいくらなんですか」

「あ、お気に召しましたか? これ、

 まだ買い取ったばかりで、値段がついていないんですが……

 おそらく、200~250の間くらいだと」

「に、200……」


予定していた予算を大幅にオーバーしています。


もともと軽に乗っていた手前、

新車を買えてしまうほどの値段。


しかし、気に入らない新車にのるのならば、

少し奮発してでも、

気に入った車に乗るほうがいいのではないか。


そんな葛藤が目に見えたのか、


「これ、来週末に店頭に出す予定なので……、

 またその時にでもご検討していただければ」


来週、

と口腔でその単語をくりかえしました。


まだ代車を借りている期間に余裕があったので、

私は迷う心はそのままに、

ひとまず一週間後に訪れようと心に決めたのです。


しかし、運が悪いことに、

一週間後の土日に外せない仕事が入ってしまい、

行く予定だった例の中古ショップに

訪れることができなかったのです。


その仕事をこなす日中も、

あの車のことがどうにも脳裏から離れず、

グルグルと脳内を駆け巡って集中できません。


そんな有様ですから、

ついには夢の中にまでそれは現れました。


真っ白い平面のその地で、

あの深い青の車体が大地の中央にドンと居座っています。


まるで洗車された直後のようにキラメキを放つ車体が、

さぁ乗ってみろ、といわんばかりにこちらを誘うのです。


私は、フラフラと呼ばれるがままににじり寄り、

あと少しで手が届く――という直前、

悪質な目覚まし時計の音にそれを阻まれてしまいました。


とうぜん、寝覚めは最悪。


寝起きでボウッとする脳内で、

このまま会社に行っても土日以上に仕事にならない、

と妙に冷静な分析をしたのです。


そして、どうにか理由をつけてもぎ取った月曜の休みに、

私は慌ててあの中古車ショップへ向かいました。


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