2.階段下の石ころ①(怖さレベル:★☆☆)

(怖さレベル:★☆☆:微ホラー・ほんのり程度)



なんといいますか……

そう、取るに足らない話なんです。


友人にこの話をしても、意味がわからないとか、

信じられないと一蹴されるような、そんな。


私がその出来事に遭遇したのは……そう、

まだほんの二か月前のことです。


私は、独り暮らしの独身OLで、

恋人もなく、休みの日は旅行が好きで全国を飛び回っています。


その日も、一泊二日の温泉旅行を楽しみ、

楽しかった旅路に後ろ髪を引かれつつ、

自宅へと帰ってきました。


「……アレ?」


ころん、と。


自宅アパートの階段前に、

小さな石ころがバラバラと転がっていました。


それも、下に小さな葉っぱが敷かれ、

器用にバランスをとって、三つ重ねられたものがいくつも。


こんなもの、旅行前には確かにありませんでした。


きっと子どものイタズラなのだろう、と考えたものの、

器用に積み重ねられたそれに、感心すらしました。


通路の邪魔ではありましたが、

壊してしまうのも忍びない、と

そっとその石の脇を通って、

三階にある自室への階段を上っている途中です。


ワー、キャー、という、

子どもたちの声が明るい声が聞こえてきました。


時間は午後の四時頃。


この辺りは団地や県営住宅やらが密集している区域であった為、

ふだんから子どもたちが遊んでいることが多かったのです。


子どもは元気だなぁ、なんてノホホンとしながら、

カギを取り出していると、


「あーっ、壊した!」

「いけないんだ、石こわしちゃあ」


などという不穏な声が聞こえてきます。


ついつい三階の通路から下を覗くと、

そこには数人の子どもたちが集ってごそごそ何かをやっています。


よくよく見ると、その数人いる子どものうちの一人、

ひときわ体格の大きな男の子が、イタズラで例の

石のオブジェを壊してしまったようでした。


まあ、もともと邪魔な場所にあったのは確かですし、

キャアキャアとはしゃぐ子どもたちは、

責める台詞に反して、楽しそうに話を続けているし、

べつだんその時は気にも留めませんでした。




その晩のことです。


私は旅の疲れと、ここしばらくの寝不足がたたり、

かなり早く床についていました。


暑さにけぶる夏の夜、

窓を開け放てばカエルの大合唱です。


吹き込む生ぬるい風を浴びながら

うとうととまどろんでいた私は、不意に意識が浮上しました。


ぼんやりと壁掛け時計に目をやれば、

まだ夜中の一時です。


妙な夢を見たわけでもなく、

尿意を催したわけでもありません。


強いて言えば、わずかに喉が渇いたかな、というくらい。


さっさと寝てしまおうと目を閉じても、

なんだか気もそぞろで、まったく睡魔がやってきません。


深く息を吐きだし、仕方ないなぁと上半身を起こして、

ハッと気が付きました。


――カエルの声が、止んでいる。


それだけではありません。


ジーーッ


と、強烈な視線を感じるのです。


それに気づいた瞬間、

頭の先から足の指まで鳥肌がかけ抜けました。


開け放たれた窓の外。

廊下側、すりガラスの窓の僅かな隙間。


真っ暗闇であるそこから、

嘗めるような視線が向けられています。


レースカーテンでうっすらと覆われてはいるものの、

アパートの廊下側からやってくる視線は、

まるで針のごとくチクチクと全身を刺してきます。


金縛りにでもあったかのように全身が硬直し、

気付いていることがバレぬよう、ジッと息を殺しました。


不審者? どろぼう?

まさか、家の中の様子を伺っている――?


とそこまで考えて、家の内鍵をちゃんと閉めたかどうか、

急に心配になりました。


旅の疲れから、駆け込むようにうちに入って、入って。


それから?

ちゃんと、鍵を閉めただろうか?


そんな不安を察知したかのように、

その何者かは、スーッと窓から消え去りました。


(……移動した?)


どこかへいったのかと、

ホッと胸を撫でおろそうとした刹那、


ガチャ。


悪魔の音が聞こえました。


「ひ、いっ……」


ガチャ、ガチャガチャ。


幸い、鍵は閉めていたようです。


何度も回されるドアノブは、

空しく途中で引っかかっていました。


しかし、良かった、などと考えている間はなく、


ガチャ……ガチャガチャガチャッ!!


「ひ、ひいっ……!」


執拗にドアノブを回そうとするその音は、

まさしく異常者のそれでした。


……ゴンゴンゴン!!


そしてついには、

扉を破らんばかりの勢いで玄関が蹴飛ばされ始めました。


「うう……」


私はとても身動きできず、

両耳を手で塞いで、ただガタガタと震えるばかりです。


そして、どれほどの時が経過したでしょうか。


ガチャ……コンッ。


長かったその時間は、

悔し紛れのように軽くドアを蹴飛ばす音と共に

唐突に終わりを告げました。


恐る恐る塞いでいた手を外し、

そっと耳を澄ませます。


遠くで、ドアの軋む音がしました。

どこか別の部屋へ向かったのでしょうか。


私は、ヘナヘナと全身の力が抜けました。


しかし、そのままにしておくのはとても恐ろしく、

私はキッチリと窓を施錠してカーテンを引き、

玄関先にイスを置いてバリケード代わりに設置しました。


再び布団にもぐり込めば、

眠れないだろうという予想とは裏腹に、

まるで気絶するが如く、一瞬で眠りに落ちていました。


>>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る