2ー25★王女の回想⑪壊れる心

王に呼ばれ話の内容を聞いた王女は、侍女に支えてもらいながら資料室に戻ろうとしていた。

先程から目は焦点があっていない。

首をゆっくりだが細かく振りながら、小さな声でしきりに「どうして?何故なの?」と繰り返し呟いている王女。

大臣やメイドなど様々な従者が王女とすれ違う度に、首を捻りながら王女のことを見返してくる。


★★★


父から自分が呼ばれていると聞いた王女は、侍女に用件を問いただそうとしたのだが…

結局、侍女の方からは喋れなかった。

いくら聞いても無言…

納得の出来る返答をしてくれない侍女に、泣かば愛想をつかすような形で彼女は王のもとへ向かう。


王は王女をみるといつもと雰囲気が若干違うのに気づく。

感情的になっているようにも見え一瞬、話を躊躇するのだが、意を決したように話を始めた。


そこで王の話した内容と言うのは至って単純なものだ。

警備隊の報告でしかなかった。

要約すると…

先日、バビロンの都から離れた山岳地帯で、ある一団の痕跡らしいものを発見。

目撃者がいないのでハッキリとしたことは言えないが、原因は周辺の状況から猪の群れに襲われたのだろうと言うことだ。

生き残りがいるのか捜索をしたのだが見つからない。

それどころか近くに非常に凶暴化した猪の群れを発見したので正式に群れを駆除する必要があると判断したと言う。

準備にかかるために警備隊は都まで戻ってきた際に今回の報告。

そして警備隊の方は先程、討伐のために出発したと言っていた。

王女は、それを聞いた時、思わず「へっ?」と言う言葉を漏らしてしまう。

獣の群れに人が襲われ人命が失われると言うことは確かに悲しい出来事である。

被害に合われた方のことを思うといたたまれないことだとは思う。


だが…

今までそんなことを王はわざわざ自分に言ってくることはなかった。

もし仮に言うとしたら、度々聞かされることになるだろう。

それに今回のこの話、侍女の話によると王は随分と躊躇っていたと言っていた。

正直、躊躇う理由がわからない…


王女は不思議に思いながら王に一言「お父様?」と訪ねると、王の横にいた一人が走って彼女に布を差し出した。

その者が言うには、襲われた一団の家紋であろうと言う話だ。

ふとみると確かに襲われたのであろうことを思い起こさせるほどにボロボロの様子だ。

だがボロボロでありながら、しっかりと形を保っている。

恐らくは重要な人物が身に付けていた服の一部なのではないかと推測できた。

そこまで考えると王女は心の中で「何故…自分が…?」と考え始める…

だがよくよく見ると、その家紋には確かに見覚えがあった。

以前いた、ヨハンと名乗るものが身に付けていたローブに同じ家紋がされていはず…


何故…この家紋が?


王女の中では自分が宿り子になったのはヨハンに騙されたことが原因という考えになっていた。


案の定、ヨハンは戻るとは言っていたが…

あれ以来、音沙汰が不明。

王は正直に話してくれないが、聖杯の所在は掴めない…

恐らく彼が聖杯を持ち出しバビロンの者の手が届かない遠くに逃げたのでは?

と言うのが王女の結論である。

それが何故、今頃…?


明らかに[何故]の理由が変化した王女。

そこで襲われた者の中で身元が確実に分かる者がいなかったのか訪ねてみた。

すると王の返答は口ごもった感じで、よく聞き取れない。

更にはキョロキョロと周囲を見渡しながら、王女と目線を合わせようともしない。

明らかに何かを隠しているような様子に感じる。


そこで王に詰め寄ると、ある貴族の名前が出る…

ヨハンの主であり、王女が嫁ぐ先であった者の名前だ。


★★★


王の口から、ある貴族の名前が出た瞬間、王女の時間は止まった気がした…


何故今さら、あの方が?

ヨハンが騙す口実として利用していただけではないの?


この時、一瞬の時の中で王女の何故は[もしかして]に変化をした…


もしかして

あの方は…

自分と結婚をするという理由で会いに来てくれたのか?


「あの方が乗っていた理由というのは…」

「それは…その…分かるだろう…」


やっぱりそう!

自分に会う為なのだ!


もしかして…


「ヨハンも、その一団にいたのですか?」


王女の言葉から強く発せられたこの言葉。


「獣に襲われたであろう後だけにハッキリとは言えぬが…あのローブや痕跡は見つかっておる…だが…乗っていたとしたら戦士でもないヤツの力量では逃げることはまず不可能だろう…」


これが最後の望みをかけた王女の言葉に対する王の返答だった。


自分を騙していると思っていたヨハン。

だけど実際には婚約者と一緒に二人ともこっちへ来るつもりだった。

もし仮に自分を騙すつもりであるのならば、ヨハンが戻ってくるとは考えずらい。

それならば…

自分の今の状態というのは、ヨハンのせいではない?

彼女の中で、そんな感情が大きくなっていた。

それならば…

自分の今の症状を止める可能性もあったのではないか?

いや!

自分が人間に戻れたはずだ!


それを受けての王の言葉…


もうヨハンはいない…

誰にも相談できない…

自分一人では解決できない…

自分はいつかモンスターになってしまう…

どうしようもない…


目の前に絶対に登れない崖が見えた気がした…


度重なる自身の状況に…

王女の心は壊れてしまう…

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