2ー14★恐怖の元

老婆がとんでもないことを言ってきた。

俺と二人で話せるかと…

彼女の目的は今の段階では分からない。

だが、むやみやたらに刺激をしたくないというのが俺・アンバーの共通する考えだ。

ローレンは最早、空気のように存在感を消している。

調査員なのだから記録とかはしなくていいのだろうかとは思うが…

変にやる気を起こして再びパニックを起こされてもしょうがない。

なので先ずは彼女のいう通り俺を置いて二人は離れることになった。

アンバーが離れ際に魔音集器レコーダーというものを俺のズボンに入れていく。

恐らくは、これで彼女との会話を記録しておけということなのだろう。


『一応、聞いておきたいんだけど…。俺の身の安全は大丈夫ですよね?』

『……』


彼女は下を向いたまま何も答えない。

俺の方としては、彼女との話をする上で一番最初に確認しておきたいことなのだが…

やっぱり間違った判断だったのだろうか…


『ワタクシが本気を出せば貴方はどうなると思いますか?』

『えっ…?』


予想とは若干違う感じだが…

やっぱり身の危険を感じさせる返答が来たことに俺は焦りを感じた。


『貴方はワタクシの事を知らないと言ってましたよね?』

『はい…申し訳ないのですが…』

『それで何故、ワタクシが貴方をどうにかすると…?』

『俺より強いであろう、アンバー…あっ…、あのドワーフの事なんですけど、彼が貴方には逆らわないと言っていたので…恐らく彼よりは強いんですよね?』

『なるほど…具体的にはどのくらい強いと思いますか?』

『具体的にと言われても…ハッキリとしたことは言えないんですけど…』

『質問を変更します。私はなんだと思いますか?』

『先程、人間だったと言ってたので、人から亜人へと突然変わったのかと…』

『亜人へと変わるのであれば良かったのですが…』

『では、別なものに変わったということなのでしょうか?』

『モンスター…』


(ん?)


『あっ…すいません…』

『モンスターです…』

『え?モンスター!?』


俺は自分の耳を疑った!

聞き間違いかと思い、2回に渡って聞いたが同じ言葉が返ってくる。

人がモンスターに変わる?

彼女は何を言っているのだろうかとは思ったが顔は真剣そのものだ。

この世界に来て色々なことを聞いて非常に驚いたが、彼女の告白はその中でも飛び抜けている。

俺がいた世界とは根本的に異なる世界だから、もしかしたら人がモンスターに変わるということはあるのかもしれない。

と言うか…

俺の元の世界にはモンスター自体がいないのだが…

正直、亜人とモンスターの境目と言うのも曖昧な気がする…


もしかすると彼女が今、この洞窟にいるのは自身がモンスターに変わるのと関係があるのか?

いや関係あるどころではなく正しくそれが理由なのだろう。

一体全体、どういった経緯で彼女はモンスターに変わったのだろうか…

調査という意味も強いが…自分なりの今後の糧としても興味がある話だ。

理由が分からないと俺も当事者となるかもしれない…


『はい、そうです。それもかなり狂暴な種類のです』

『それで今ここにいるということですか?』

『結果だけを言えば、そう言うことになります』

『すいません。結果だけ言われても…理解が…』


この世界の常識がまだ完全と言えない俺に結果だけ言うのは勘弁してほしい。


『貴方は亜人を見て疑問に思ったことはありませんか?』

『疑問?』

『亜人はベースが人間・エルフ・ドワーフで、顔や体の一部ないし全体が動物の部位になっていたり、大きくなっていたり小さくなっていたりしますよね?』

『確かに、そうですね』

『貴方が今まで見た亜人には、どのような方達がいましたか?』

『頭にウサギの耳がついていたりとかですか…俺がいるところでは認識阻害を上手く使っている方が多いので、あまり目立ったことは…』

『なるほど、では貴方が言う認識阻害を上手く使っている方の中にモンスターの力を持つ者がいるかもしれないと考えることはできますか?』

『モンスターの力です…か?例えば…?』

『鋭い牙や膨大な魔力、とてつもない炎を操る力、更には人を強制的に操る力などです』


彼女の話を聞いて俺は全くしっくりと来ない。


『すいません…ちょっと質問の意味が分からないんですけど…』

『貴方は冒険者のようですし、日頃からモンスターには立ち向かっていれば怖くないかもしれませんね』

『えっ…そういうことではなくて…モンスターは怖いですよ…最近、死にかけましたし…』

『では、どういったことでしょうか?』

『貴方は今、怖いモンスターの力と言ってましたが、それが怖いのならよく切れる剣や槍を持つ戦士、とても強大な魔法を使える魔法使いを怖いと言っているのと一緒ですよ。理由もないのに怖いのですか?』

『ワタクシは三種族の話をしているのではないですよ。モンスターの話をしているのですよ』

『知っていますよ。でも自分に害をなす悪い戦士は怖くないのですか?俺は怖いです。モンスターだからと言って必ずしも襲ってくるとは限らないのでは?』

『貴方は出会って襲ってこないモンスターがいるとでも思っているんですか?』

『はい、ここに!』


俺は老婆に目線を合わせる。

だが彼女は目線を俺と合わせようとはしない。

挙動不審の人と言えばいいのだろうか、下を見ながら目線が安定していなかった。

先程と明らかに違う。

先程は殺意と言っても差し支えのない怒りの感情を俺に向けていた。

その理由はまだ明らかになっていない。

そのせいということもあり目線をそらすのは俺の方だった。

だが今回は俺の目線に対して彼女の方がそらしている。


『ワタクシは貴方を襲わないとは言っていませんが…』


彼女の言葉が先程と比べると明らかに弱い。


『でも、襲うなら話しはしないですよね』

『それは分からないのでは…今から食料として襲うかもしれませんよ』

『いや、分かりますよ。それに襲うなら俺じゃなくて女の子の方を残すように言った方が効率がいいですよ。俺を残したのは、この辺りの知識がないからですよね?』

『知識がないのであれば何なのですか…』


聞き取れるか取れないか微妙な声で彼女が言ってきた。

明らかに弱々しい声になっている。


『先入観がなく話を聞けますからね』

『そうですか…では…聞きなさい…』


最早、俺に敵意をむき出しにした彼女とは思えなかった。

無防備に体全体を俺から背けた後に出した声は、どこからか落ちる一滴の水と同じほどの大きさの声しか出ていない。

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