1ー67★脱出

『よーし!そろそろ準備はいいかのぅ?』


エルメダ、アンテロ、セアラがヘンリーから離れ位置についたのを見てラゴスが大きく声をあげた。


『『『『はーい!』』』』


ソフィアとラゴス、ナカノを除いたメンバーの全員が片手を上げながら応答する。

ナカノはヘンリーが作った穴を利用して自身と石像の間に少しでも大きい隙間を作ろうと必死に首を傾けている。

セアラ、エルメダ、アンテロの三人は石像に木の蔓や長めの草や葉などありとあらゆるものを片っ端からつめたり絡ませたりしていた。

ナカノと石像の間には木の棒などもセットしていたが、だからと言って石像を持ち上げたりすることができるのかと言われると先ず無理だと誰もが思うはずだ。

せいぜい出来るとしたら一瞬、石像の動きが鈍くなるかクッションになるか程度のものだと思う。

ヘンリーの方は腰を低くしてナカノの肩を掴んで踏ん張っているような体勢に見える。


『よーし!ではいくぞ!チャンスは一瞬だからな!』


ラゴスは大きく一呼吸をした跡で、再び大きな声を出した。


『3・2・1!掘削魔法アースホール!』


ラゴスの魔力が一気に高まり弾けた。

そして弾けた瞬間、ナカノが寝そべっている地面に黒い円が出現する。


ナカノ自身は目を瞑っている。

ヘンリーから説明を受けたナカノは、自身の知識不足から余計な判断をしないようという策だ。

全てをヘンリーに任せていた。


黒い円は出現すると徐々に大きくなりナカノと同じくらいの円となった。

それを見越していたヘンリーは、黒い円が大きくなったと同時にナカノを引っ張る。

先程までであれば、ナカノの手足は全て石像に押さえられていた。

だが黒い円が現れて地面がなくなったことで空間が生まれる。

一瞬だが、その空間を利用することでナカノを引っ張ることができたようだ。


『よっしゃー!成功だ~!』


綱引きを思わせるような、見事な腰の使い方でナカノを引っ張りあげたヘンリーは満面の笑みをメンバーに向ける。

目を瞑っているといきなり引っ張られたナカノ。

次の瞬間、自分に平衡感覚がなくなった。

何が起きたのかは分からなかったが、ヘンリーを信じて目は開けないで耐えたのが好判断だったのだろう。

救出されたことに喜びを感じているようだ。

言葉には出していないが、あからさまに安堵の表情を浮かべているのが分かる。


『やったー!』

『ご無事そうで、何よりです。ナカノ様!』


エルメダ、アンテロが嬉しそうにナカノに近寄り抱きついてきた。


『ヘンリーよ!何とか上手くいったようだのぅ!』

『あー、なんとかね!でも緊張したよ~』


ラゴスも近づきヘンリーと策の成功についてお互い話し合っているようだ。


『はい!みなさん、お取り込み中、悪いんですが…もうそろそろ余裕ないですよ』


各人の喜びの中で、セアラが左後ろの方を指差している。

指差された方を見ると、ソフィアがつけた火が勢いよく舞っていた。

悪魔の樹デビルツリーを半分ほど飲み込んでいる。

樹に半分ほど燃え移っただけであれば、まだ逃げる時間はあるはずなのだが…

悪魔の樹デビルツリーはモンスターである。

モンスターだけに燃え移った火を、どうにかしようと躍起になっていた。

ところ構わず根や枝をふり火をどうにかしているのだ。

なので、勢いよく燃えた火は悪魔の樹デビルツリーの周囲至るところに散乱していた。


『確かにヤバイね、これは…』

『ヘンリーの水魔法で何とかならない?』

『おいおい、これ以上無茶言うなよ!俺一人で何とかなるわけないだろう…ソフィアじゃないんだから…』

『何言ってんの!アタシだって御免だよ!』

『だよね!って…ナカノさん、助け出されて早々なんですけど大丈夫ですか?』


みんなが口々に言う中で、最後にヘンリーが俺に訪ねてきた。

俺も助け出されて早々に命を失うわけにはいかない。

もちろん燃え移った火の勢いも確認している。

となると俺はヘンリーの問いに対して無言で首を何度も縦に振った。

ソフィアが横に来て手当てを受けた背中の傷以外、外傷はないのか確認してくれている。


『よし!それじゃー、みんなとりあえずは逃げるぞ!』


ヘンリーの声と同時に俺たちは一心不乱に走り出す。

本来であれば氷鳥アイスバードの処理などもしなければいけない。

だが火の手が追ってくるのを考えると、そんな暇などなかった。

全力疾走をしていたと言っても、恐らく時間なんて数分間がいいところだったと思う。

それでも戦闘も行い体力も消費している俺たちには実にキツい全力疾走だと言える。

悪魔の樹デビルツリーの様子も見えて火の心配もない安全な場所まで来たら、ヘンリーが一言。


『この辺まで来れば大丈夫かな!とりあえずはいくつか確かめたいこともあるから、一旦休もうか!』


俺たちは互いの顔を見合わせながら、一斉に腰をおろした。


やっと長かった戦いが終わった…

今回の戦闘は人生最大の恐怖だったと言える。

だが今回の戦闘でアスタロトを打ち倒したわけではない。

もしかしたら驚異はこれからなのか、当分はしなくていいのか今の俺には判断できないことだ。

その為にも、みんなが話すことは俺に聞き逃せないように思う。

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