1ー57★クリティカル

俺はモンスターの左足にしがみつきながら、モンスターを進ませないようにブレーキを掛けるがごとく足を踏ん張っている。

体格的には俺の方が大きい、先ほど上に乗られたときにも重さをそれほど感じなかった。

蔦と腕の引っ張り合いの最中でも俺の方が力が強いと思えるほどだ。

なのにモンスターの進行を止めることができない。

モンスターは俺に左足をとられて腹這いの体勢になっている、それなのに動きは止まらない。

匍匐前進のごとく右足と両腕を使いながら、ゆっくりだが確実に一歩づつ進んでいた。


目立った対策が思い付かない時ほど時間は無情にすぎてしまう…

とうとう怪物の右手が槍に手をかけた。

俺はこのまま槍で撃ち抜かれてしまうのかと目を瞑り覚悟をしたのだが…


一呼吸置いても二呼吸置いてもモンスターからの槍の一撃が飛んでこない。

これはどうしたのかと一度は瞑った目を恐る恐る開けて確認をした。


モンスターは両手でしっかりと槍を持っているのは間違いない。

だが何故か槍は地面から離れていなかった。

俺のことをギリギリまでいたぶりたい性格最悪のモンスターなのかとも思ったのだが…


『ギギッ…』


顔は真っ赤に声をもらしながら真剣そのもので力を振り絞っているように見える。

襲ってこないのはラッキーだが現状を全くつかめていない。


『ナカノ様!そのまま押さえておいてください!』


アンテロが後ろから叫んでいた。

パリーンっという音が俺の直ぐにそばで聞こえたかと思うと、モンスターが何やら動揺している。

どうやらアンテロが投げた試験管が槍を持つ手にヒットしたようだ。

そして槍の石突部分をみると大量のスライムの粘液が付着していた。

どうやらこの部分が原因で槍が地面から離れなくなっていたらしい。


アンテロは次から次に試験管を投げつけてきた。

次第に粘液が邪魔でモンスターは身動きがとれなくなったようだ。

俺の方は自分の安全が確保できたので、モンスターからは一旦離れることにした。


『アンテロ、ありがとう!助かったよ!』

『いいえ!ナカノ様がモンスターを引き付けてくれたお陰です!』

『よし、それじゃ、最後に一撃入れてモンスターに止めをいれようかね』

『はい、では、それは私が。考えていたことがありますので』

『アンテロが?考えていたこと?いいけど…』

『実はこれです』


ここまで機転を利かせてくれたアンテロだが、それは攻撃力という部分ではない。

任せてくれとはいっているが、何があるのかなと思いながらアンテロを見た。

アンテロは肩から背負っていた大鎌のカバーを外し、右手に持ちポーズを決めて自信満々の表情を見せている。


(えっ…?ほんとに使うの?)


背中に背負って討伐についてきたのだから、どこかで使うのだろうとは思っていた。

だが…まさかほんとに戦闘中に使うとは…

アンテロは動けなくなったモンスターを警戒しながら正面に移動した。

俺の様々な不安をよそにアンテロは中腰になり大鎌を持ち直す。

今までは背負っていたせいか気づかなかったのだが、大鎌の棒の部分には真ん中の辺りに突起のようなものが付いていた。

また、端の方も単なる棒としての形状ではなくレバーのような物がついている。

アンテロは中腰になり、右手で真ん中の突起を左手でレバー部分をしっかり握っていた。

後はこれを左右に降ってモンスターにぶつければ、間違いなく致命傷の一撃になるはず。

だが見るからにか弱い女性に見えるアンテロの外見に、そんな屈強なパワーがあるとは思えない。


モンスターも最初、アンテロが大鎌を見せたときは若干動揺しているそぶりに見えた。

だが中腰になりぎこちなさそうに構えるアンテロをみて心に余裕を見せているようだ。


そんなモンスターの余裕も気にせずにアンテロは腰をふらふらさせながら左回りに回った。


(モンスターを刈り取るなら右に振り上げてからの一撃じゃないのか?間合いも遠すぎるような気が…)


そのままアンテロを見ていたのだが大鎌を持って左に回り、そのまま一回転。

ヨロヨロとして、どこか頼りないように見える回転だ。

もちろんモンスターに一撃を浴びせることなんてできていない。

とりあえず突起とレバーは力込めて握っているようなので、大鎌は手から離れていなかった。

そしてアンテロが遠心力を利用した形で2回転目に入る。

2回転目は遠心力を利用しているようで先程よりも力強い勢いと回転をうみだす。

鎌がモンスターの正面に来たときに一歩踏み出したような形になったが、やはり届いていない。

そして間合いに一歩遠いまま3回転目に入ったアンテロを見て、モンスターが凄い勢いで騒ぎだしたのだ。


『ギャー!ギャー!ギャー!ギャー!』


俺は何がなんだか最初は分からなかったが、モンスターは理解していたようだ。


強いていうならハンマー投げみたいな感じだなとか、のんきな感情を抱いていた。


だがモンスターの表情は全く違う。

その様子は一生懸命許しを乞うようにさえ見えた。

「ごめんなさい、もうしません。許してください」

そんな事を言っていたのかもしれない。

だが3回転目も終わり4回転目に入る。

回転が進むにつれてアンテロの描く円は遠心力を利用して力強い回転をうみだす。

大鎌がモンスターの正面にくる度にアンテロは一歩を踏み出した。

徐々にモンスターとの距離が近くなっていく。


円が鋭くなって勢いも十分といったタイミング!


『くらいなさい!詫びるなら地獄で詫びなさい!』


ちょっと前まで神に仕える仕事をしていたとは思えないような言葉を発して、アンテロは一歩を踏み出した。


クリティカルだけを狙う・・・・・超大振りの一撃。


あれだけ騒がしかった周りが一瞬で静寂さを取り戻す。


一歩が見事な間合いをうみだしたようで、アンテロの言葉の後には見事真っ二つになったモンスターが転がっていた。


『どうだ!みたか!』


大鎌を右手に立てて構えるアンテロは練習したのかと思えるようなポーズと一緒に自信満々の決め台詞をいっていた。


(考えってコレ…??戦い方が滅茶苦茶だよ…)


アンテロに言いたいことは山ほどあったが、自分が助けられたのは事実だ。

それに他のみんなも助けなくてはいけない。

苦笑いを隠しきれずに俺はアンテロにヘンリー達の方へ行くように指示を出した。

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