#17 イレギュラー・カルティスト

 ねえ、聞いてよ。

 えー……愚痴って言うかなんて言うか。

 まあ、とにかく聞いて欲しいのよ。疲れたから。


 そうよ、ひと仕事終えて帰ってきたの。

 聖女様? そうよ。

 というか、わたしが悩ませる要素のあることなんて、それくらいしかないわ。

 今は巡礼の旅を終えて帰路に就いたところなんだけど……はあ。


 今回の子? そうね……最初は大人しいタイプに見えたかしら。

 実際、大人しいタイプだったんだけれど……ちょっと内気すぎるきらいはあったわね。

 しゃべっているときに相手の顔が見られない子、って言えば想像しやすいかしら?

 まあ、そういう子なのよね。

 それがいけないってことはないんだけれど、今回はその内向きな性質が事態をこじらせた感はあるかしら。


 ナンタラ教団って知ってる?

 え? まあさすがにこれだけじゃどこのどんな教団かわからないか……。

 でも名前が思い出せないのよねえ……教団、で終わるのはたしかだったはずだけれど。

 ちょっと、すぐ老化って言うのやめてよね?!

 老化じゃないから! 単にそんなに興味がなくて覚えられていないだけだから!


 ……まあ、そのナンタラ教団がちょっと流行っているのは聞いたことくらい、あるんじゃない?

 ほら、中流階級くらいの女中たちがなんだかハマっている、占いとかしてくれるっていう新興宗教団体……。

 聞いたことがない? ……ない。そう。

 まあ、そのナンタラ教団のことは別にくわしくなくてもいいのよ。

 そういう新興宗教団体があるっていうことだけ、わかってくれれば。


 それでそのナンタラ教団っていうのが王宮でもちょっと流行っているのよね。

 官職に就いている貴族じゃなくて、内働きをしている女中とか、行儀見習いに来ている貴族令嬢の侍女とかが中心なのよ。

 その中でも若い女の子のあいだで流行っているのよね。

 教義とかはまあ既存の宗教の焼き直しみたいな感じだから、真新しさはないんだけれど。

 それがなんでそこまで流行っているかって言うと、占い……というか、交霊会とか降霊会って呼ばれるものが、若い子には心惹かれるものだったみたいね。

 まあ、交霊だの降霊だのをエサにしている時点で、怪しい集団であることには違いないわよ。

 どこのだれとも知れぬ霊を呼び出して楽しむなんて、さすがに危険すぎるわ。


 まあそんな感じで王宮ではちょっと議題の俎上に載るか載らないかってくらい、流行を見せているのよ。

 必然、聖女の巡礼の旅に同行する侍女の中にも、そういう子が混じっていてね……。

 まあ、なにを信じるかはヒトの自由だけれど、問題は聖女であるあの子がその影響を受けちゃったことでね……。

 なんというか、内向きな子って他人に流されやすい子が多いじゃない?

 あの子もそんな感じで旅の道中によくわからない占いとか、意見交換会に参加しているうちにそのナンタラ教団に同調し始めたのよ。


 ……まあ、そこまではまだ! まだ許容範囲内よね。

 そのナンタラ教団を信仰している状態で、古からの神々に請願が届くのか、っていう懸念事項はあるけれど。

 ナンタラ教団を信仰しているから旅をやめる! とかまでは行かなかったから、まだこのときはよかったのよ。


 旅の途中でそうやって教義に染まったあの子は、そのまま聖女に選ばれたっていう点で、ナンタラ教団の信奉者の中でも頭角を現して行ったのよ。

 たしかにあの子は聖女だから、祈りの力が備わっているけれど、そのナンタラ教団とは関係ないと思うんだけれどねえ……。

 そのうちにその祈りの力を悪用……っていうのは言いすぎかしら?

 とにかく利用するようになって、それでどうも神モドキを具現化させて、グループの中でチヤホヤされてたみたいなの。


 え? ……さあ? どうなのかしら。

 騎士もなんだかんだで最近はボンボンばっかりだからね。

 祈りの力を私的に利用するあの子を見ても、止めなかったんじゃないかしら?

 聖女は特権的な地位階級だし、そんな彼女の機嫌を損ねたいと思うヒトはいないでしょうよ。

 あるいは、旅は順調に続いていたから、問題にはしなかったのかもね。


 まあそれで問題が起きなければなにごともなく巡礼の旅は終わったんでしょうけど……。

 わたしがこんなことを話すからには問題が起きたって、わかるわよね。

 そう、問題が起きたのよ。

 おかげで今の今まで呼び出されてタイヘンだったんだから。


 わたしが飛んで行ったとき、まず目に入ったのは、なんだかよくわからないヘドロだったわ。

 暗い青緑色でなんとも言えない悪臭を放っていた。

 飛んでいるときにそんな臭いがしたから、目的地はすぐにわかったわよ。

 次に目が痛くなったわね。その悪臭のせいで。

 まあそんなだから、現場は阿鼻叫喚だったわよ。

 相手はほぼ流体のヘドロだから、騎士たちにもどうしようもなかったし。


 ……ええ、もちろん、わたしが片づけたわ。魔法でね。

 それでヘドロはすっかり消えたんだけれど、残った旅のメンバーたちは、それはとってもひどいありさまだったわ。

 救いだったのは近くに川があったことね。

 まあ魔法でキレイにできなくもなかったけれど、わたしは川をオススメしておいたわ。

 さすがにそんなことにまで魔法を使いたくなかったもの。


 騎士たちは疲れた様子で、あの子はほとんど泣きながら体を洗っていたわ。

 まあ、あんな目に遭ったのなら仕方がないわよね。

 あの子に関してもそういう風に思っていたんだけれど……。

 まさか、あのヘドロをんだのがあの子だったなんて、その時点では思いもしなかったわよ。


 それでひと息ついたところで侍女たちが揉めだしたのね。

 あの子の力はニセモノだったとかなんとか言って。

 それでその意見に賛成する派と反対する派、それに加えて言い合いを止めようとした派にわかれて、なにがなんだか。

 わたしはワケがわからなかったから、騎士に話を聞いたらナンタラ教団の話が出てきたってわけ。


 それであの子に話を聞いたら、さすがに洗いざらい話してくれたわ。

 祈りの力を私的な目的で利用して、グループの中でチヤホヤされてたこと。

 その中で聖女だから交霊の神バージョン……交神とでも言えばいいのかしら?

 まあ、そういうこともできるんじゃないか、って話になったらしいのよ。

 それで、その結果がヘドロ。

 どうしてそうなったのかはわからないわ。

 まあとにかくアレは神なんかじゃないのはたしかよ。

 ナンタラ教団が崇拝しているモノの正体って、あのヘドロなのかしら?


 とにかくそういう経緯があってヘドロが出てきちゃって、それで信奉者のグループの中で、あの子の力の信憑性を巡って対立が起きた。

 侍女たちが揉めた原因は、そういうことみたい。


 え? 最終的に収められたのかって?

 そうね、なにかうまいこと言えばよかったんでしょうけれど、現実はウヤムヤになって終わり、よ。

 わたしが聖女の力は本物だって宣言すれば、「魔女さまがそう言うなら……」って空気になったのよ。

 こういうとき、権威が印象づいていると便利よね。


 もちろん、元凶のあの子には釘を刺して置いたわ。

 あの子もさすがにヘドロを召喚したあとだから素直にうなずいていたわよ。

 ちゃんと聞き入れてくれるかどうかまでは、さすがにわからないけれどね。

 まあさすがに反省したと思いたいわ。

 またヘドロ掃除をするのは、ごめん被りたいところね。


 それにしても聖女の力で身を滅ぼしかける子は初めて見たわ。

 力を持ったことが原因の言動でそうなった子はいたけれどね。

 力そのものに滅ぼされかけたのは、あの子が初めてじゃないかしら?

 こういうパターンもあるのねえ……これからは、もっと気をつけないといけないかしら。


 ああいう子たちに必要なのは、神とのつながりじゃなくて、人とのつながりなんじゃないかしらね?

 え? ババくさい?

 うるさいわね! どうせわたしはババアよ!

 魔女なんてみんなババアなんだから、ババくさくったっていいの!


 でも……ちょっと気をつけたいわね。ババくさいところは。

 若く見られたいわけじゃないのよ。

 でもね、乙女心としてそういう気持ちになっちゃうの。

 ……乙女じゃない?

 ババアでも心は永遠の乙女なのよ! わかった?!

 うなずかなきゃ、今ここでワインのコルクを全部吹っ飛ばしてやるんだから!

 ほら早くしないと大惨事になるわよ~。

 いーち……にーい……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る