#12 イレギュラー・パラサイト

 ねえ、聞いてよ。

 ええ、まあ、そうよ。聖女様の話。

 よくわかったわね。

 え? わからないわけないって言いたそうな顔ね。

 そんなにわかりやすかったかしら?


 ……そう。顔に出てるの。

 まあいいじゃない。こんな風になるのは、あなたのところでは取り繕わなくて済むからよ。

 あら、照れた?

 ちょっと! グラスを下げないでよ! ワインでも出してくれるんじゃなかったの?!


 ……はあ。

 で、聞いて欲しいのは他でもない聖女様のことなのよ。

 問題?

 ……まあ、問題と言えば問題だけれどね。

 なんていうか……そうね。まあ、最初から話して行くわ。


 召喚されたときからあの子は妙に冷静だったわね。

 普通は取り乱したり泣き出したり怒ったりするものだけれど。

 そうね……最初からなにが起こるかわかっていて、心構えが出来ていたみたいな感じだったわ。

 とにかく落ち着いていたの。

 巡礼の旅の説明を聞いても「はいわかりました」って感じで。

 しかも異世界を旅出来ることを喜んでいる様子すらあったわ。


 もちろん周囲の人間は面食らったわよね。

 でも、扱いやすい聖女が引けてよかったぞって思っている人間も、もちろんいたわ。

 召喚されたばかりの聖女のメンタルケアはマニュアル化されているけれど、手間っちゃあ手間だからね。

 特に巡礼の旅なんて、しち面倒な役目を押しつけられた日には、そりゃ怒りも爆発するってもんでしょう。

 こっちもこっちで、祈願してもらわないと困るからしつこいし。

 でも「元の世界に帰れる」ってエサをぶらさげられたら、たいていの子は従わざるを得ないのよねえ。


 ……話が逸れたわ。

 まあ、そういうわけであの子は妙に乗り気だったのよね。

 もちろん、そういう子は過去にいなかったわけではないんだけれど。

 え? そうねえ。やっぱりあの年頃だと夢見がちな子とか、大人よりも生きている範囲が狭いから、現状に対して必要以上に鬱屈した感情を抱いていたりする子なんて、珍しくないからね。

 それでこっちの世界に残ったりするなんていうのも、まあまああることだし。


 でもあの子はそういうタイプじゃなかったのよね。

 元の世界に帰るのは当然だけど、異世界も楽しんじゃいます! ……みたいなノリで。

 ポジティブシンキングっていうのかしら?

 底抜けに前向きな子なのねって思っていたわよ、わたしは。


 実際に楽しい子だったわね。なんかちょっとズレていて。

 そうなのよ。今までの子とは、なんかちょっと常識が違うなとは思ったのよ。

 え? ……うーん……どこがどうとは言いづらいわね。

 たとえば夫婦が四六時中いっしょにいないことにおどろいていたり、とかね。

 そのときは別に変だとは思わなかったわよ。あの子のご両親は仲がいいのねくらいにしか思わなかったわ。

 でも、あとから考えると……。


 続けるわ。

 ごく自然体で明るい子って、周囲もそういう感じに引っ張るわよね。

 聖女の世話をすることになった人間も、そういう子だから悪く言うようなことはなかったわ。

 最悪、憤懣やるかたないって顔をしてたり、メソメソしてたりする聖女の世話をする可能性もあったってことを考えると、明るい子に当たって御の字ってところかしらね。

 それでまあ巡礼の旅は順調に終わったの。


 雲行きが怪しくなったのはあの子が帰る準備を始めてからよ。

 どうにも、巡礼の旅に随行した騎士のひとりがあの子に惚れちゃってね。

 元の世界に帰って欲しくないってあの子に嘆願したの。

 でも、あの子はアッサリそれを断った。

 まあ、普通はそうよね。元の世界を捨てろって言われてるわけだし。


 で、そういうやりとりが何日か続いたの。

 それでも、あの子は自分の考えを曲げたりはしなかった。

 そんな態度にしびれを切らしたのかしら?

 それとも、どうせ元の世界へ帰ってしまうなら、手ひどく傷つけようとでも思ったのかしら?

 最悪なことに騎士はあの子に乱暴を働こうとしたのね。

 わざわざ、ひと気のない場所に呼び出して。

 ……まあ、わたしが見ていたんだけれども。


 心配だったからよ! 特に、騎士の様子がね。

 長いこと生きていると、こういうときにピンと来るものなのよ。

 だから趣味じゃないの。そんな趣味はないからね!


 ……話を戻すわ。

 もちろんわたしはすぐに騎士を止めようとしたわ。

 でも、あの子の……あの子の……そう、恋人が、恋人のほうが「そう」するのは早かったわ。


 そう、恋人。

 おどろいているわね。そうね、恋人がいるだなんてわたし、話さなかったもの。

 でも、わたしもそのときまでは知らなかったのよ。あの子に恋仲の相手がいるなんて。

 え? まあね。その恋人が助けに入ってメデタシメデタシ、なんでしょうけどね。


 ……うん、まあ。歯切れが悪いのはわかっているわよ。

 でも、なんて伝えたらいいのか、ちょっと考えちゃって。

 え? それは……あの子の恋人のことよ。

 だれだか気になるでしょう? 元の世界に帰りたがっているあの子の恋人。


 そう、気づいたのね。元の世界に帰りたがっているのに、こっちの世界で恋人なんて作ると思う?

 ……え? まあ、悪女なら作るかもしれないけどね。

 でもね、あの子の恋人はなんていうか……ホント、どう切り出せばいいのかわからないんだけれど……。

 ……あの子の恋人はね、あの子の中にいたのよ。


 違うってば! 妄想の話じゃないっての!

 こういうの、なんていうの?

 そう、寄生。

 あの子の恋人は、あの子の体内に寄生している生命体だったのよ。

 それで、四六時中いっしょにいるの。しゃべるときはテレパシーを使うんですって。


 え? 違うわよ。

 モンスターとかじゃなくって、あの子の世界ではそれが普通らしいのよ。

 つまり、メス――女性はわたしたちと変わらないけれど、つがいのオス――男性は女性の体内に寄生して生活するんですって。

 あの子の世界では人間、ってそうらしいのよ。ええ。


 ビックリしたでしょ?

 でも、あの子に聞いたらそういうのは自分たちだけじゃないって言っていたから、その世界の生物としてはスタンダードな関係なのかもしれないわね。


 ……今までわたしは聖女ってみんな同じ世界からやって来るものと考えていたけれど、ちょっとそれは改めないといけないみたい。

 ちょっと考えればわかることなのかもしれないけれど、盲点だったわ……。


 ……それで、騎士はどうなったかって?

 まあ、普通にぶん殴られたわよ。あの子の中から出てきた彼氏に。

 見事に吹っ飛んで行ったわ。

 それで気絶して、わたしが呼んだ衛兵に連れて行かれたわよ。

 あの子の恋人は……なんていうかヒモみたいだった。

 線虫って言うのかしら? アレの太い版。あんな感じだったわ。


 それで今日あの子を元の世界に帰して来たの。

 それでまあ、なんていうか、このことをしゃべりたくなってあなたのところへ来たってワケ。

 だってそうでしょう?

 あの子の中から虫みたいなのが出て来て騎士をぶっ飛ばした、なんて、ちょっと信じてもらえないわよ。


 ええ? やだ、あなたがそんなこと言わないでよ。

 あなただったら信じてくれると思って話したんだから。

 え? 冗談?

 笑えない冗談はよしてよ。

 ちょっと今は……びっくりしすぎて笑う余裕がないのよ。あとで振り返ったら、笑えそうだけれどね。


 それにしても四六時中いっしょにいるなんて……ケンカにならないのかしらね?

 そのあたりのこと、もうちょっとあの子に聞いておけばよかったわ。

 え? 次またあの子と同じ世界から来るのは……今すぐはちょっと、遠慮しておきたいわね。

 魔女だって、衝撃を受けることはあるのよ。ええ。

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