#4 バッドエンド(未遂)
ねえ、聞いてよ。
そうよ、ちょうどひと仕事終えてきたところ。
今ごろ大さわぎになっているんじゃないかしら?
え? 違う違う。いたずらなんてしてないってば。
わたしはいたずらなんてしない、マジメな魔女よ。
でも、まあ、ちょっとしたいたずらで済むていどのことなら、どれだけよかったかしらね。
そうね、今日も話を聞いてもらおうかしら。
あら、ありがと。そう言ってくれるとうれしいわ。
けど、これから話すことはだーれもうれしくない内容なんだけれどね。
王子のことは知っている?
そう、そうよ。一番上の王子様ね。それくらい、あなたもさすがに知っているのねえ。
あら、ふくれないでよ。あなたがあんまり俗世に興味を向けないのが悪いのよ?
それじゃあその王子様に恋人がいることは知っているかしら。
あ、それも知っているの。
そうそう、聖女様。美男美女で絵になるって、絵姿が出ると飛ぶように売れるのよ。
ええ、それはもうお似合いのふたりだったわ。
……王子はあんまり……その、母后からも父王からも興味を向けられなかった子だから。
だからあの子と恋仲になったって聞いたとき、わたし、うれしかったわ。
愛されないのなら、自分から愛して、そして愛されるようになればいい。
これはたしかに言うは易し、の典型かもしれないけれど、愛が欲しくて、与えられないのならばそうするしかないもの。
わたしはいつだったか王子にそう言ったわ。
だからうれしかったのよ。本当に。
愛し、愛される。それは陳腐なことかもしれないけれど、裏を返せば普遍的なものでもあるわ。
あのふたりの姿はほほえましかったわね。
あの子も恋愛経験はあまりなかったそうだから、お互いに手探り状態で、どっちかというとヤキモキすることのほうが多かったけれど。
でもあのころは本当によかったわ。……もう、言っても仕方のないことだけれど。
……あのね、わたし、あの子を元の世界に帰したの。
そう。秘密よ。もしかしたら、まだだれも知らないかもしれないわね。
でももう大さわぎになっているでしょうね。
だって、内側からは開けないはずの部屋で、鍵をかけて、衛兵まで置いていたのに、中にいるはずの人間がいなくなっているんだもの。責任問題よね。
でも、さすがに王子がだれかに責任を取らせようとしたら、止めるわよ、わたし。
……でも、まあ、しないわね。きっと。
そういえばいつだったか、あの子がパニックになってわたしのところに来たことがあったの。
いったいなにがあったと思う?
……王子からキスされたんですって。
びっくりして、恥ずかしくって、でもイヤじゃなくて、それでワケがわからなくなってわたしのところに来たんですって。
……ふふ、期待はずれだった? そんな顔して。
わたしはそれは恋だと教えてあげたわ。
あの子はそれが恋だとわからなかったの! ね、びっくりでしょ?
わたしから恋だと教えられて、あの子は困惑していたわ。
あの子にとって、恋ってすごく遠い存在のものだったみたい。
自分が恋をして、その恋した相手といっしょにいる。そういう当たり前のことがわからなかったのね。
……あの子も、王子と似ていたわ。
そういう家庭のことを、異世界では「機能不全家庭」って言うんですって。
あの子の家はそういうところだったみたい。
あの子は控え目に語るだけだったけれどね。
お父さんが怖いひとで、よく殴られたって言っていたわ。
わたしはふたりの幸せを願っていたの。
でも、そのためにはふたりいっしょにいる必要はないとも思っているわ。今はね。
以前はふたりがいっしょにいること、それがふたりの幸せにつながるって、思っていたんだけれどね。
王子がおかしくなっていってしまったのは、いつからだったかしら?
そうね、気がつけば王子はおかしくなっていた。
あの子の愛を信じられなくなっていた。
どうして信じることができないの? って、わたしは聞いたわ。
そしたら王子は「自分を愛してくれるのが信じられない」って言ったの。
そうよね。現実にはあの子は王子を愛していた。愛してくれる人は現実にいたのよね。
でも、王子はそれがわからなくなっていた。
わたしは何度も王子に言ったわ。あの子は王子のことを、心から愛して、慈しんでくれているって。
あの子も、何度も王子に言った。大好き、愛してる、そばにいて欲しい。
心からの言葉だって、わたしにもわかったわ。
……でも、全部ムダだった。
王子は結局、自分の心のうちから湧き出る悪い言葉に飲み込まれてしまったの。
疑心暗鬼に陥って、結局、あの子も信じられなくなって、わたしの言葉も聞かなくなっていってしまった。
王子はあの子にひどいことを強いるようになったわ。
キレイなだけの部屋に閉じ込めて、そうすれば自分だけのものになると思ったみたい。
でもそれも、そのうち王子の心の中にある悪い言葉がメチャクチャにして行った。
安心できたのはいっときだけ。あとはもう、坂を転げ落ちて行くようだった。
あの子も最初は耐えていた。いえ、耐えてしまったの。
本当だったらそんなことをされた時点で、愛が冷めてしまえばよかったんだけれど、そうはならなかった。
恋心の難しいところね。
閉じ込められても、王子がいつか自分の愛を信じてくれたころに戻れば……って、過去にすがってしまったのよ。
でも、あの子の恋も終わってしまった。
王子はあの子に手を上げたの。あの子はなにもしていないのに、王子は嫉妬に狂って、いもしない敵を憎んでいた。
それだけでもじゅうぶんひどいわよね。
けど、あの子にとって致命的だったのは、だいきらいだったあの子のお父さんと同じことを王子がしたってこと。
わたしが会いに行ったとき、あの子は泣いてなかった。
ただ、無表情で「今から帰ることはできますか?」って言ったわ。
わたしは、「もちろん」って答えたの。
それで、今日やっと準備が整ったから、あの子を元の世界に帰してきたところ。
だからたぶん、今ごろ王宮ではあの子がいないって大さわぎになっているでしょうね、ってことよ。
……王子もね、自分がいけないことをしている自覚はあったのよ。
でも、どうしようもないって言っていたわ。
あの子を見るとなんだかどうしようもない感情に襲われて、気がついたらひどいことをしているって。
被害者であるあの子にとっては、どうでもいい言い訳よね。
でも、わたしはどうにかならなかったのか、って思っちゃうのよ。
あの子たちは幸せだった。
幸せだったのに、どうしてこんなことになっちゃったのかしら?
わたしにはもっとなにかすべきことがあったんじゃないか……そう、考えてしまうのよね。
え? ……あなたってホント冷めてるわよね。
でもたしかに、わたしにできることなんて些細なことしかなかったかもしれないわね。
慰めてくれたの?
え? 違う? 照れなくていいじゃない。
あらあら、向こうむいちゃって。
ふふ、でもちょっと心が軽くなったわ。話を聞いてくれてありがとね。
さて、このあとどうなるのかしらね。
こんなことをしたのがバレたら、わたし、怒られちゃうのかしら?
ねえ、そのときはまた慰めてくれる?
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