第八話 都市内鉄道
翌朝、僕らは隣部屋に泊まっているという鐘鳴君を訪ねた。
扉をノックして待つと、返事とともに鐘鳴君が姿を現した。
「あっ、おはようございます! 久しぶりですね」
「おはよう。元気そうで良かった」
挨拶を交わすうちに、鐘鳴君の背後からもう一人が顔を覗かせた。
「おはようございます! ルルちゃん、ララちゃん、久しぶり! 元気してた?」
「はい、元気ですよ!」
「そちらも元気そうで何よりです。新しい学院では上手くやってますか?」
「うん。楽しくやってるよ」
「こんなところで立ち話もなんですし、少し出ませんか? 朝飯まだですよね? あ、もちろん安全な店なんで、そこは任せといてください」
鐘鳴君の提案で、僕らは宿舎を出た。既に街は動き始めており、市街区の大通りを多くの人と車が行き交っている。
工業区方面に目をやれば活発に煙を吹き上げる煙突群が遠目に見えた。濃い煤煙は雪雲との境界が曖昧になるほどで、この街にいる限り爽やかな朝の空気は望めそうもない。常に薄暗い空の下を僕らは歩き始めた。
「剛堂さんは準備があるので、先に現場入ってます。俺は後から皆さんを案内していくことになってます」
鐘鳴君の案内に従うまま入った食事処で朝食となった。鐘鳴君の前には分厚い肉の挟まったステーキサンドのようなものが置かれた。朝から豪快だ。
「鐘鳴君って、魔籠技研でどんな仕事してるの?」
「ほとんどは出来上がった魔籠の検品ですね。主に出力強めのやつです。魔力切れが起こらないってことで頼られてるみたいでして。俺でもできる仕事で助かってます。前の仕事よりかなり楽だし、給料も弾んでもらってて。ほんと剛堂さんには頭が上がらないですね」
「なるほどなあ。確かに僕らには合ってるのかも」
「出来ますよ! 今川さんも来てくれないかなって、剛堂さん言ってましたし。来てくれたら俺も嬉しいです」
「誘ってもらってるのは、ありがたいと思ってるよ。でも今の生活に不満は特にないから踏ん切りが付かないな。入った後で思ったよりも役に立てないと引け目を感じそうで怖いってのもあるかも」
「あー……ちょっと分かります。入ってから実感したんですけど、魔籠技研って俺が思ってたよりもかなり有名なところなんですね。一緒に働いてる人たちみんな名門学院の出身だったりして、港湾ギルドから転職してきた俺が場違いな感じはします。でもその分、ガンガン仕事回して貰ってますよ。お荷物にはなりたくないんで」
バイタリティ溢れる鐘鳴君の言葉が少しうらやましい。これくらいの行動力とやる気があれば、彼がお荷物になるような心配は無いだろう。
剛堂さんに対する認識については僕と変わらないようだ。こうして身近な人の意見を聞いていると、ララの言うことが何かの勘違いに思えてくる。
「今川さんたちはどうですか?」
「変わらず平凡にやってるよ。近場の魔物退治しながら、ぼちぼちって感じかな」
「まあ、元気に過ごせてるなら、それが一番ですよね。こっちの世界じゃ、ただ普通に暮らせることがどれだけ有り難いかはよく分かりましたから」
そう言って、鐘鳴君は隣のマリンさんと目配せした。仲良くやっているようで何よりだ。
「そういえば、剛堂さんから聞いてるんですけど、今日はもう一人日本から来た人が参加するとか」
「そうだね」
「今川さんは知り合いなんですか?」
「うん。まあ、ちょっといろいろあって」
短く説明するのが難しい間柄なので、曖昧な答えになってしまった。
「泊まりは別の場所だけど、後で会えると思う。若い子だし、僕よりも話が合うかもしれないよ」
「そうですか。楽しみにしときますね」
その後は、ルルが新しい魔法学院や魔籠技研でのことについて色々と質問して、二人が楽しく近況を話してくれた。
朝食後、午後に始まる催しに備え、僕らは鐘鳴君の案内のもと工業区へ向かうことになった。残念ながら剛堂さんの車が使えないので、みんなで都市内鉄道を利用する。
都市内鉄道は一日中動いているが、朝夕が特に本数が多いらしい。工業区の日勤と夜勤の交代時間帯に当たるからだ。
やってきた列車は朝から仕事へ向かう人たちで混み合っていた。席にはつけそうもないので、立ち乗りだ。
「早く俺も運転できるようになりたいな」
「でも、水都は車道があんまり整備されてないでしょ」
「それな」
混雑の中に紛れながら、鐘鳴君とマリンさんが話している。ルルとララは、はぐれないように手を繋いでいた。
同じ方向へ行く大勢が、黙したまま同じ空間を共有する。王国縦断鉄道とは違った雰囲気。窮屈で居心地が良いとは言い難いが、何となく日本の通勤電車を思い出して少しだけ懐かしくなった。
列車は市街区を抜けて工業区へ入る。遠目に見えていた煙突群が見上げるように高く迫り、その全容は視界に収まりきらない。
錆と煤に汚れた威容は歴史によって彩られた年輪みたいなものだ。こうして間近に見ると少しばかり風情を感じなくもない。
駅で停車する度に人々が少しずつ降りてゆく。工業区の奥へ奥へ進むにつれて車内の人数はどんどん減ってゆき、ついには僕らだけになってしまった。この先で働いている人はいないのだろうか。
やがて列車は立ち並ぶ工場の隙間に設えられた終点駅に到着した。錆びついた柱と薄いトタン屋根だけで出来た、古くて小さな物だ。巨大な工場建屋群と上空の煤煙に日光が遮られ、朝なのに薄暗い。
僕らを降ろした列車は市街区を目指して戻っていった。
「さて、じゃあ行きますか」
鐘鳴君について歩き出す。そういえば、具体的な目的地については何も聞いていない。
「今日ってどこに行くの?」
「新設の工場です。ずっと使われてなかった古い工場があるんですけど、そこを買い取って改造……というか、ほぼ作り直したらしいですよ」
工業区は広い。建屋も比較的新しいものから、見るからに年季の入った古いものまで多様だが、僕らが歩いている地域は特に古い建物が多いようだ。しかも、ただ古いだけでなく操業している気配がない。奥へ進むほどに周囲は静かになっていった。
「ここらはかなり古い時代からある場所ですね。どこも動いていないみたいですし」
ララが辺りを見回しながら言った。
「なんか廃墟みたい……」
ルルがぽつりと言った。僕の感想も同じだった。というか、実際に廃墟だろう。工都の奥地に再開発されることもなく置き去りになっている廃墟。大都市の中なのに、とても寂しい場所だ。
「着きました。あれです」
空っぽの工場に囲まれた広い土地。そこに目指す建物があった。
第一印象は、白くて巨大な箱という感じだ。まだ汚れのほとんどない清潔感のある壁面は、周囲の古びた雰囲気に全く馴染まず、最近出来た物だとすぐに分かる。
工場前の駐車場には数台の車が並んでいた。関係者のものだろうか。
鐘鳴君は迷うことなく建物正面の入口に立つと、扉の横に設置された金属板のようなものに触れた。同じようなものを何処かで見た気がする。そしてすぐに、学都のアカデミーであったことを思い出した。恐らくこれも魔籠だろう。認識式の鍵のようなものだ。
「入りましょう」
揃って建屋に足を踏み入れる。案内されるままにピカピカの廊下を進んでゆき、一つの部屋へ入った。
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