第六話 工都へ
工都訪問は今までで最も長い列車旅だ。
先程まで聖都で積荷の載せ替えをしていた列車は、いよいよ終点へ向けて動き出したところだ。
天気は晴れ。朝日に輝く雪原を、列車は力強く駆けてゆく。今晩には工都へ到着予定らしい。
「あーあ……星蒔き見たかったなあ」
食堂車での朝食中。桃花が背もたれにしなだれかかりながら独りごちる。
冬の聖都名物、それは王国最大規模の星蒔きだ。僕も見る機会があったが、あれは実に壮観だった。
桃花も知識は備えていたようで、聖都での一時停車を楽しみにしていた。短時間でも見物したかったそうだが、残念ながら夜しか見られないので仕方がない。
「また来たらいいじゃないですか」
「そう簡単には出かけられないんだからさあ」
桃花の立場を考えればその通りだ。ちょっと気の毒だな。
「工都って星蒔きやってないのー? 雪たくさん降るんでしょ?」
「市街区ではやってると思いますが、聖都ほど大したものではないですね」
「そっかー。まあ、そうだよね……」
そう言って、桃花はため息をついた。
「工都ってどんなとこなの?」
話題を変えるべく、僕から切り出した。この場で工都に行ったことがあるのはララだけだ。僕らの視線がララに集まる中、ララは少し考える素振りをしてから言った。
「この前も言いましたけど、本当に観光向きの場所ではないですね。都市全体は大きく工業区と市街区に別れていて、工業区にはとにかく工場が大量にひしめいてます。見て面白いものではないかと」
「へえ、どんな工場があるの?」
「私もそこまでは詳しくないですよ。近隣の魔物退治に行くことはあっても、工業区にはほとんど用事がありませんでしたし」
「そりゃそうか」
「じゃあララも知らない面白いものがあるかも!」
楽しそうにルルが笑った。前向きだな。
「そういえばモモカさんの仕事内容を聞いていませんでしたね」
今回の旅は桃花の仕事がメインだ。僕らはそのついでとして観光に誘われたに過ぎない。
小型スターゲイザーの製作に関わった人物からの仕事依頼だと聞いていたが、内容までは知らなかった。
「なんか、新しい工場の試運転みたいなこと言ってたかな。頼んできたのはリンデンさんの研究に協力してくれてる先生なんだけど、これの小型化にも協力してもらったし、手伝いはしなきゃねって感じ」
「その人とは向こうで待ち合わせ?」
「そうだよ。他にも大勢関わってる大きな仕事なんだってさ。詳しいことは向こうで指示があるって聞いてる」
「その人ってわたしたちが一緒に来るの知ってるんですか?」
ルルがお茶を飲みながら尋ねた。
「言ってないけど、まあ大丈夫でしょ」
何の保証もない大雑把感だが、学都で起こした大立ち回りの結果を知っていると、それだけで謎の説得力が生まれるのが不思議だ。ララは目立たないように小さく溜息をついていたけれど。
*
夜になり、列車はいよいよ工都へと辿り着いた。列車は速度を緩めながら明るい都市の内部へと滑り込んでゆく。
降車の支度を整えながら、僕らは車窓から工都の姿を見た。
闇夜に煌々と輝く明かりの数々は星蒔きではなく、操業中の工場のものか。林立する数多の煙突群からは黒煙白煙が噴きだして、雪の降る空へと立ち上ってゆく。
雪雲に負けじと低い空を染める煤煙は見るからに汚れにまみれていて、鼻がムズムズとしてきたのも気のせいではないかも知れない。
工都には太い川も通っているようだ。工場群の間を抜けてきた川は、この線路と交差するようにして橋の下をくぐり抜け、都市の反対側へと延びている。街の明かりに照らされた川面の色は濁り泡立っているように見えて思わず顔をしかめた。
流れてゆく工都の景色に、ふと興味深い物を見つけた。
「線路がある」
この列車が走っている線路ではない。街の南北を結ぶように、幾本かの線路が走っているのだ。その疑問に答えてくれたのはララだった。
「工都には都市内鉄道がありますよ」
「都市内鉄道?」
「工業区から大量の物資を王国の鉄道まで運んだり、市街区から仕事に出る人を工業区に運んだりしてますね。ほら、丁度走ってますよ」
ララの指し示す先、工場の建ち並ぶ方角から列車が走ってくる。先頭車両の煙突からは煙が吹き出ていた。どうやら都市内鉄道は未だ蒸気式らしい。
やがて列車は止まり、僕らは駅に降り立った。
外気を吸ったことで改めて確信する。やはり空気があまり良くない。煤煙が覆う暗い空から降ってくる雪は、何か悪いものが溶け込んでいる気がしてならなかった。
「ほら、観光向きではないでしょう?」
僕の心中を見透かしたように、ララが言った。
「もっと市街区側へ行けば多少はましですけど、あまり期待はしないでください」
ララは工場群を指さしながら続ける。
「この駅から北側が工業区、反対の南側が市街区です。宿はできるだけ工業区から離れたところに取りましょうか。ちょっと値は張りますけど」
「あっ、宿はアカデミーが取ってくれてるんだけど……」
「それはモモカさんの部屋だけでは?」
「そうかも」
「では、うちの宿舎を使うといい」
聞き慣れた声に振り返る。
「剛堂さん」
「やあ、今川君」
水都では外出中と言われた剛堂さんだが、まさか目的地が同じだとは思わず、さすがに面食らう。ルルとララも驚いていた。
「実は君たちの家まで行ったんだけどね、すれ違いになってしまっていたようだ」
「どうしてうちに?」
「明日の午後、この街でちょっとした催しがあるんだ。魔籠技研も関わっている仕事でね。君にも参加してもらいたかったから誘いに行ったんだよ。まさか、先に工都へ向かっていたとは思わなかったけどね」
そう説明した後、剛堂さんは桃花の方へと顔を向ける。
「君が南桃花さんかな?」
「はい。そうですけど」
「僕は魔籠技研の剛堂仁也。君と同じく、日本から来た人間だよ」
「ええっと、お噂はかねがね……。でも、どうして私のことを?」
僕は桃花のことを剛堂さんには話していない。どこで知ったのだろう。
「今回の仕事にはアカデミーも関わっている。君が参加することも当然聞いているよ」
「ってことは、その仕事って新工場がなんとか言うやつですか?」
「そうだ」
剛堂さんは僕の方へ顔を向け、続けた。
「ちなみに鐘鳴君も魔籠技研の一員として来ているよ。工都へは先に向かってもらったから、もう宿舎にいると思う」
鐘鳴君まで来ているとは。僕の知る日本からの転移者全員がこの街に集っていることになる。今までなかった事態に、心がにわかに騒めく。
こんなところで立ち話を続けるのもどうかということで、剛堂さんの案内のもと宿舎へ向かうことになった。
桃花はアカデミーが用意したという送迎車に乗り込み、所定の宿へ。僕たちは駅前に用意してあった魔籠技研の車に乗り込み、魔籠技研の宿舎へとそれぞれ向かった。
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