ダークサイド・ヒーロー

名久井宀

第一章 ヒーロー誕生

第1話 プロローグ


 目の前に、見るも無惨な「ヒーロー」達の死体が転がっている。

 その中には俺が子供の頃から活躍し、テレビで何度もその武勇を見てきた者も居た。


 一瞬の出来事だった。

 ほんの少しの違和感、そう、空気が少し圧縮されたような感じがした直後、全方位から高速の弾丸が飛んできたのだ。

 俺の能力ブレスが防御にも使えた事が、幸か不幸かまだ意識を保てている要因。

 しかし、あと零コンマ数秒反応が遅れていたら、周りのヒーローと同じように、この部屋の豪奢な赤い絨毯の上に突っ伏していた事だろう。


「あなた、意識はある?」


 後ろから急に声がして、俺は思わず手に持っている白銀の剣をその声の主に振りかざす所だった。


 おっと、いけない。

 こんな異常事態であろうと「僕」を作ることは絶対にやめては行けない。


「うん、ギリギリ生きてる。どうやら、助かったのは僕と君だけみたいだね」

「そのようね」


 振り返ると、そこには白い何かがあった。

 いや、失礼。

 目線を少し落とすと、そこには小柄な少女が立っていた。

 先ほどの白い何かは、この少女の頭頂部であったらしい。

 肩ほどの長さで切り揃えられたその銀の髪は、雅な光を放っていたシャンデリアが先の攻撃でその光を失ってなお、輝く天使の輪を作っている。

 しかしその目は光が宿っておらず、どこまでも深い深淵を覗いていたような灰色をしていた。


 体はお世辞にも女性的だとは言えないが、小さな体からは小動物のような愛くるしさと、蠱惑的な魅力を感じる。


「人の体を舐め回すように見て、あなたロリコン?」

「ちょ、違うよ!」


 少女は自分の体を抱きしめるように、こちらに軽蔑の視線を送ってきた。


「はあ、謎の敵襲の次はパッとしないロリコンに襲われる事になるなんて……」

「だから違えって!」


 っと、俺を抑えきれずに突っ込んでしまった。


「と、とにかくここには僕と君しか居ないんだ。二人で協力しなくちゃいけないでしょ」

「そうね、自分の背中を預けるのにこれほど不安な人はいないと思うけど、今は致し方ないわ」

「っ、じゃあまずは能力を紹介し合おう」

「あなた今舌打ちした?」

「いや、僕がそんな事する筈ないだろう」

「はぁ〜、さっきから気持ち悪いわね。そんなに自分を繕って何が楽しいの?」

「え、なんて……」


 心臓を掴まれたような感覚がした。

 この少女には「俺」が見えているのか……?

 いや、そんなはず無い。

 孤児院の皆んなにも一切疑われずに今日まで過ごしてきたんだ。

 それなのに、こんな少女が出会って数秒で俺の仮面の中を見抜いたというのか。


「だから、あなたのその気持ち悪い『僕』には、一瞬と言えど背中を預けるなんてごめんだわって言ってんのよ」


 はぁ……、どんな細工かは知らないが、『俺』を見抜かれているらしいな。

 しかし、数十年間被ってきた化けの皮を、今日一日で二回も剥がされることになるとは……。


「……なんでこの一瞬で『俺』を見抜いた?」

「ふふっ、やっといい表情になったじゃない、ロリコンさん。強いて言うならあなたの目は私と同じなのよ」

「目だと?」

「ええ、どこまでも深い深淵を覗き込んだような真紅の瞳。心底嫌だけど、私と貴方は同類よ」

「!?……」

「あら、図星かしら? でもこれでやっと協力するに最低限のラインを満たしたわね。能力は人型の無生物を遠隔操作出来る、皆んなからは『クレイジー・マリオネット』と呼ばれているわ。まあ、私の操り人形はさっきの攻撃を防ぐのでボロボロになっちゃったけど」


 そう言って、白く細長い指を地面に向けた。

 そこには灰色の砕けた石がゴロゴロと転がっているばかりで、これが人型だったら時の姿はもはや想像もできない程に粉砕されている。


「俺は体に触れている金属の形を自由に変形出来る、この剣もさっき付けてたシルバーアクセサリーを変形して作ったものだ。さっきの攻撃は弾丸が鉄製だったから被弾した瞬間にに形を変えてダメージを抑えた。だがまあ、服は見ての通りボロボロだ。あと、てめぇみたいに厨二くせぇ名前は無い」

「そう? 私には貴方こそシルバーアクセサリーをジャラジャラつけた厨二病末期患者に見えてならなかったわ。けど、その能力のせいなのね」


 少女は顎に手を添えて探偵のようにこちらを観察する。


「あと、『てめぇ』じゃなくてリリカ・ファーアイルよ、ロリコンさん。特別にリリカと呼ばせてあげるわ」

「ああ、分かった。チビリリカ、いやチビリカの方が良いか? あと、こっちは『ロリコンさん』じゃなくて神皇黒鉄(じんのうこくてつ)だ。特別に黒鉄と呼ばせてやる」

「分かったわ、シルバー」

「なんも分かってねぇじゃねえか!」

「お互い様よ、それとも厨二ロリコン腹黒パッとしない男さんの方が良い?」

「っ……じゃあシルバーで良い」

「腹黒だけど素直なのね、シルバー」

「んなこたぁどおでも良い、チビリカ。とにかくぶっ倒れてるヒーローを助けるぞ。これでも俺ら今日からヒーローなんだぞ?」


 俺とチビリカがそんな話をしていた時だった。


「おしゃべりは済んだぁ?」

「「?!」」


 突然かかった声に思わず警戒態勢を取る。

 だが、いつからコイツは居たんだ。

 いや、コイツら、か。

 変な女に気を取られていたが、緊急時と言うこともあり常に気を張っていた筈なのに……全く気配がしなかった。


「うーん。2人かぁー、射心いここちゃんちょっとやりすぎなんじゃない?」

「私は撃てって言われたから撃っただけ」


 気さくに話しかけるボーイッシュな少女と、背中にいくつものライフルを羽のように武装した少女。

 そして……。


「!……この人達、ブラックローズの幹部よ……それに情報通りなら幹部とボスが全員揃っているわ……」


 闇の中から現れたのは二人だけではない。

 総勢七名、ヒーローの活動を妨げ、悪の行為に及び、そして時には人殺しだってする。

 そんな自らを「闇の組織」と豪語する「ブラックローズ」の幹部とリーダーがここに勢揃いしているのだ。


 しかし……ちょうど良いな。


「まずいことになったわね……ん? シルバーどうしたの?」

「……」


 チビリカがそう声をかけてくるが、俺の意識は既に目の前に現れた仇に釘付けになっていた。

 今日まで、この瞬間をどれほど待ちわびたことか。

 一瞬だって屈辱と後悔の念を忘れた事はない。

 ただ、この時のためにひたすら牙を研いで来たんだ。


「……まずは生存者を確認して応援を呼ぶわ。私がアシストするからあなたは……」


 まだチビリカが言い終わらない内に、俺の中に膨らんだ憎悪は限界を迎えた。


「こいつらは、俺がここでぶっ殺す!!」

「はぁ?! 何言ってんの?! ちょ、ちょっとまって! シルバー!!」


 俺はライフルの少女に、白銀の刀身を力一杯振り下ろした。

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