破獄の邪《悪の飽くなき戦い》

阿礼 泣素

第1悪「破獄の邪」



「穀潰しが! 本来ならば、貴様のような下賤に食わす飯はないんだぞ」

「そうかいそうかい、気分爽快ってな。はっはっはっは」


 俺は決して自分の信念は曲げない。己を貫き、我を通す人間であろうとした。そう聞くと聞こえは良いかもしれねえが、単なる我が儘なのかもしれねえ。


 それが正しくないことだと分かっていても、それがたとえ公序良俗に反する悪だと分かっていても俺は自分を通す。天上天下唯我独尊、己を中心にして太陽は回るんだ。


「まったく不気味なやつだ……一生ここから出られないっていうのに……」


 不憫そうな眼差しで俺を見下し蔑むあいつの名前を俺は知らない。ただ、あいつは俺に飯をくれて、俺はあいつからもらった飯を食らう――それだけの関係。


「そろそろ、ここでの生活にも嫌気がさしてきたなあ」


 しかし、この世は棲みにくい。

どうやら、この邪答院けとういんメギドは生きる時代を間違えてしまったようだ。


 綺麗事が嫌いだ。

 半端者を除け者にする社会が嫌いだ。

 輪を乱す者を正す者が嫌いだ。

 欲に忠実なのを是としない精神が嫌いだ。

 本能を理性で律するという戒律が嫌いだ。

 ハッピーエンドが嫌いだ。モラルが嫌いだ。倫理観が嫌いだ。勧善懲悪が嫌いだ。


――だから殺した。


 実は自分は加害者じゃなかったなんてことはねえ。俺はこの手で親族を皆、抹消した。やりたいこともできないこんな世じゃあ、満足なんてできるはずがない。

おかげでこの有り様だ。絶賛、投獄中ってやつだ。あいつの話によれば、俺はここから一生出ることができないらしい。


 そんなの絶対にあり得ない。ってかそんなの嫌だ。嫌なものは嫌だ。罪を否定する気はない。自分は悪くないと開き直るつもりも、あいつが悪かったと責任転嫁することもしない。


 俺が悪かった。素直に認めよう。そう、俺は悪いんだ、そんなの分かっている。


 もしも俺が反省したら許してくれるのか? 謝ったら罪が軽くなるのか? 

 俺はそんなの嫌だね。自分に正直に生きたい、そう強く思う。


 俺を狂った人間だと思うかい? 


 生育環境が悪かったから悪いことをした? 


 親からひどい扱いを受けていて、その反動で悪さをするようになった?


 甘い、甘い、甘い。そんなちんけな理由で片付けないでくれ。そうだったから悪人になるのも仕方ない。しっかり服役して更生して欲しいですだって。笑っちゃうね、そんなの。


 自分たちとは違うというレッテルを張りたいだけだろう? 自分とは違う人間だったから悪事をはたらくのも仕方がない。そんなの自分たちが安心したい理由でしかない。


 俺は我が儘なんだ。


「穀潰しが、獄潰しってな!」


 右手が唸る、黒光りする俺の無機質な右腕はただ俺の意思に従っている。強固な石のような右腕はその堅牢な鉄柵をもろともせずに破壊する。


「さあ、これから物語の始まりぉ」


 そう自分を鼓舞しようと思った矢先、俺は思い切り何者かに後頭部を殴打される。


「ひっひっひっひひひひひっひひひひ……」

――悪は懲らしめないとなあ。


 いかにも悪人面の男はそう言って、俺の方を見ながら笑っている。

「勧善懲悪、完全打擲! この俺、烏丸からすま 烏刀うとうは正義の味方ならぬ、悪の敵なんだよっ!」


 丁寧に自己紹介する烏丸という男。俺の隣の牢でいつも俺に話しかけてきたやつだ。俺はその烏丸烏刀という男を全く気留めることなく颯爽と走り出す。


「おい……ちょっと……待て! 待てよ!」


 ここ、ムガベロ第三収容所は某監獄のように脱獄不可能な刑務所というわけではない。もちろん、普通ならば死刑執行を待つだけの囚われの檻ということになるのだろう。だが、俺は普通ではないと自負している。だから、脱獄できた。


 ただ、それだけだ。


「囚人番号414が脱獄中! 隣の415も同じく脱獄中」


 後ろで看守たちが無線でやりとりしているのが聞こえてきた。前から来る看守たちは、申し訳ないが渾身の力で薙ぎ払った。


 無辜の民を傷つけるなんて全く胸が痛むぜ……


 なんてちっとも思ってないけど。


「止まれ! 祁答院!」


 情報を聞きつけた看守たちの中に俺の名を呼ぶ者があった。俺に飯を供給していたあの牢番だ。


「いままで、ごちそうさん!」


 なじみの牢番の頬にグーパンを決めて、軽快に階段を駆け上がる俺。これで久々に外の空気が吸えそうだ。こんな辛気臭い場所にいつまでもいられるかっての。


 俺は破獄の邪だ。

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