『第十七話』

第二章 『第十七話』



「——ルティシアに到着しました。イディアさん」

「了解です。今、外に出ますね……よいしょ」



 昼のきわ

 必要物資を背に目的地であるルティシアに到達した青年は壁際で停止。

 袋を置いてはその内に呼びかけ、しなやかな脚でするりと出でる美の女神イディアを待つ。



「——んっ……運んでくれて有難うございます。快適な道中でした」

「それなら良かったです。俺の方も、貴方が助けてくれたり、話し相手になってくれて少し、気が楽になりました」



 そうして微笑み同士は向かい合い——。

 しかし、次の瞬間では状況を再認識して——冷厳の顔。



「——そうしたら、俺はこのまま砂糖を届けに病院へ行きます。イディアさんはどうしますか?」

「……実を言うと、私の要件は都市に向けたものではないので、この辺りで待っていようと思います」



「新たに女神が顕れては都市の人々も落ち着かないでしょうし、急ぐ貴方は貴方で私を気にせず、要件に専念して頂いて大丈夫です」

「……分かりました。重ね重ねですが、色々と有難うございます。なるべく早く戻ってこようと思うので、少しだけ待っててください」

「はい。お待ちしています」



 頷き合って予定を確認し終えたと見るや否や、頭巾を被り直して駆け出す。

 目指すは医師と患者の待つ病院。

 彼らに少しでも早く元気を取り戻してもらいたい一心で走る。



「緊張し過ぎてもうっかりしがちですので、どうかお気を付けて——!」




「! はい、行ってきます——!」




————————————————




 迷いなく都市中の道を進み、広場を横切って病院へ。

 その直前で思い出したかのように慌てて布マスクを着用し、顔を隠す青年は呼吸を整えてから入り口辺りで建物内部の様子を伺う。


(先生は……いた——!)


 そして、患者に水を飲ませている医師の姿を見つけては声量を抑えつつ。

 彼の名を呼び、足早にその下へ。



「——ディクソン先生。お待たせしました」

「——! 貴方は——首尾は、どうなりましたでしょうか……?」



 女神の姿を視界に捉えた医師の張り詰めた表情は緩むがしかし、彼を含む医療従事者たちは院内の方々で患者の手当てに追われており、状況は予断を許さず。

 医師ディクソンは自身が担当していた作業を一旦は他の者に任せ、青年の報告に耳を傾ける。



「はい。お金の方もなんとかなりまして、大きい壺四つ分を買って、今——お持ちしました!」

「! 本当に有難うございます。でしたら、お戻りになって早速で悪いのですが、また裏手に空の容器を用意してあるので、そちらに中身を移して頂いても宜しいでしょうか?」

「勿論です」

「感謝します。少ししたら私も直ぐに向かいますので、そこで改めてお話を」

「分かりました。では、先に行ってます」

「はい。お願いします」



 大きく頷き、踵を返して病院を出ようとする。

 途中、視界の端に映るのはやはり——多くが体の水分を失い、手先やつま先の皮膚からはっきりと骨筋が確認できる状態の患者たち。



(……俺は、俺に出来ることを)



 だが、凄惨な光景を前にしたとして全能でも万能でも——どころか医者でもない青年に出来ることは限られ、故にこそ一日でも早い回復を願い、急いで回る裏手。

 そこでは医師の言葉通りにいくつもの容器が並べられており、女神は袋を下ろしながらに駆け寄る。

 袋の口を開き、底を支えて持ち上げる。

 そしてそのまま、容器に向けて袋を傾け、圧縮されていた砂糖を元の大きさに戻しつつ——注ぎ込む。



(……後でもう一度、イディアさんに礼を言おう)



 砂糖の流れ落ちる様子を眺めては入手の経緯を思い返し、恩神への感謝の気持ちを強くする。

 美の女神の協力なくして、これほど早く砂糖を手に入れて都市に戻ることはできなかっただろう。

 その貢献は計り知れない程だ。



(でも、なんであの人……じゃなくて)


(彼女は近くにいたんだろう……?)



 一つの容器が満杯となったことを確認したルティスは別の空容器に向かって移動。

 同様に袋から砂糖を流し入れ、アデスと比べて表示豊かで人間に近いような女神についてを思案する。



(俺としては助かったけど……)



 袋を傾け、頭も傾ける。

 けれど、新しい容器が満たされても合点のいく結論は出ず。



(……まぁ、まだ待っててくれるみたいだから、これが終わったら聞いてみよう)



 更に次へ次へと、作業を進めていた時。



「——大変、お待たせ致しました」

「……先生! 今、砂糖を入れてる所です」



 青年の下に、僅かな時間の合間を縫って医師のディクソンが顔を出す。



「そっちのはもう入れ終わりました。後は大きめの容器もう二、三個で全部が終わると思うんですが……質とか量は大丈夫でしょうか?」

「先ずは迅速な行動に感謝を。そして今、確認するので少しばかりのお時間を」



 簡潔に感謝の言葉を述べたディクソン。

 青年が既に砂糖で満たした容器の中を目視で確認し、大方の量を把握して頷き。

 そして次に腰に下げた小物入れから取り出した小さな匙で砂糖の粉末を掬い、それを上から己の開けた口内に落とし入れる。



「確かに砂糖です。これなら期待通りの役目が果たせるかと」


「量の方も全く問題ありません。これだけあれば、治療が予想以上に長引いたとしても十分に持つでしょう」



「……ここまでの運搬、慈悲に改め——深く、感謝を捧げます」



 概ね調達分を注ぎ終え、僅かに残った粉末をはたき落としていた青年に医師が頭を下げる。

 砂糖の量は最低限の必要量を大きく上回り、余裕を持って治療に利用可能なものであった。



「いえ、先生。貴方がいたからこそ、自分もお力添えが出来たんです。こちらこそ、感謝を」

「……恐悦至極に存じます。お陰様で差し迫る危機をまた一つ、解決することが出来ました」

「いえいえ。……それで、都市の人々は治りそうでしょうか?」

「……症状が酷似している水失病すいしつびょうならば、治療用の水を与え始めて二、三日で回復が見込めるのですが……」



「……やはり、発汗の程度に差異が見られることから、回復のその時まで油断の出来ない状態が続くでしよう」

「……」

「確たる約束を出来ず、不甲斐ないばかりです。しかし、引き続き治療の最善を尽くす事を誓い、救命に努める所存であります」



 治療に必要な物資の補充は完了し、当面の大きな問題はまた一つ解決された。

 しかし、患者が今も病の苦しみの中にある以上、当然に医師の表情は晴れず。

 その様にも心を痛ませ、『更なる助力をしたい』と願う女神。



(……何か、他には……)



 拳を口元に寄せては僅かな間、考え込む。

 緊張する己を自覚して、先の取引での『うっかり』を忘れず。

 素人考えで突っ走ることの危険性を再度に認識——やはり、『先ずは識者の判断を仰ぐべき』としてから口を開く。



「何か……他に自分が出来ることはあるでしょうか?」

「そう、ですね……必要な物はこれで一通り揃いましたので。これ以上、女神あなたの手をお借りするようなことはないかと——そういったことのないように、我々は力を尽くします」

「……分かりました。後をお願いします」



(……歯痒いけど、今はこれで——)



「……ですが、未知の病故、予期せぬ事態が起こる可能性を捨てきれないのも事実です」


「よって念のため、可能ならば貴方様には連絡の取れる場所での待機と、有事が起こった時の対処協力をお願いしたいのですが……頼めるでしょうか?」



(——! それは——)



 不謹慎にも感じてしまう『喜び』。

『まだ自分は、生きている者たちのために出来ることがあるのだ』と——"人としての生を見失った心"は喜び。



「——はい! 勿論、構いません……!」


「えぇと……! でしたら……ちょっと失礼して——」



「————!」



 有事に備えての待機を二つ返事で快諾した青年。

 自らの指を咥えては笛を吹き鳴らし——連絡用の仲介者を呼ぶ。



「これは……」

「——この鳥は特定の餌を与えると自分の所に飛んで来てくれるので、何かあった時はこの餌を与えて飛ばしてください」

「わ、分かりました」



 飛来した黒鳥を左腕に乗せ、特殊な木の実が入れられた小袋を医師に手渡す。



「そこの木に止めておきますね——先ずは前払いの餌をやって……これで大丈夫です」


「次の餌やりで、お勤めを果たしてくれるので」



 取り出した木の実を与えられた鳥は飛び、青年の指差した先で木の枝に留まり、一度『カー』と鳴いた。

 この鳥は師が不在の間に与えた支援策の一つであり、青年はこの動物を"警鐘"代わりに使うことを発案——言い残した後。



「……でしたら、今の自分に出来るのはこれぐらいでしょうか」


「先生。お時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした」



 一礼にて願いを託し、その場を立ち去るのであった。




「都市の人々を——どうかよろしくお願い致します」




————————————————




「——あっ、イディアさん。お待たせしました」

「おかえりなさい。用は済んだのですか?」

「はい。お陰様でなんとか、ひと段落という感じです。その節はどうも」

「いえ。……それで、この後はどうしますか? 川に戻るのなら、話をするために私も同行しますが」

「それなんですけど……暫くは有事に備えて都市の近くで待機しようと考えていて、数日はこの辺りで野宿をするつもりです」



「なので、そこで話の時間が取れればと思ったんですが……イディアさんは野宿とか、大丈夫でしょうか?」

「大丈夫ですよ。一応、旅の経験はそれなりで護身のすべも学んでいます。御心配には及びません」




「……分かりました。でしたら厚意に甘えさせてもらって早速、手頃な場所を探しに向かいましょう」

「了解です!」



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