『第十四話』
第二章 『第十四話』
「——な、なんだいきなり、あんた。この金で何を……」
「この店にある砂糖を全て買い取りたいのです」
「か、買い取りたいって、こっちには先客がいるんだ。話なら、それが終わってからに——」
衝撃の連続で色を失ったまま停止した青年を横に、横槍を入れた第三者が交渉を進める。
「その話なら私も聞いていました。壺四つで二千グピーなのでしょう?」
「そ、そうだが……それでも、あんたに纏まりかけた商談を邪魔される訳には——」
「私は二千より多く出すのに、まだ何か……問題が?」
襤褸布は己の袖より新たな金貨を取り出す。
そしてそれをそのまま、砂糖を交換ではなく売ることに難色を示す店主の前、自らが先に置いた金貨の山の上に積み上げ——提示金額を上げた。
「——! 確かに、これだけの利益なら——いやいやいや、やっぱりそっちの姉ちゃんの腕輪の方がまだ、遥かに——」
「遥かに……?」
「——! しまっ……」
大金を前にした人間の動揺を利用し、その欲深い思惑へ掛ける——更なる揺さぶり。
「おかしいですね……私は二千よりも高く買うと言っているのに、二千と値を付けた腕輪の方を選ぶとは……商人の目的は『損』にあるのでしょうか……?」
「うっ……」
「明確な『利益』の方が大事ですよね?」
店主の滑った口と焦りを突き、素人へ多くを伝えないまま価値の釣り合わない交換取引を持ち掛けた態度をやんわり暗に、窘める。
「……まぁ、確かに
「……なんなんだ、あんた」
「私が誰であるかは今、問題ではない。それよりも商売の話をする方が双方にとっての"利益"となる」
「それで、砂糖は売ってくれるのでしょうか? 当初の言い値よりも高く物を売る機会——」
「…………」
「——商人なら、逃す手はないと思いますが」
黙る店主の目の前。
襤褸布より伸びる手は更に数枚の金貨を取り出し、それらを転がして指先で遊ぶ。
「今は気分も良く、心付けもしてしまうかも」
「……」
「後は……急な取引に応じてくれた場合、そのお詫びと感謝に——」
「……分かった、分かったよ」
そうして、遂に折れるのは店主。
怪しくも弁の立つ突然の客を恐れ、『これ以上の欲をかいて悪い噂でも流されたら堪ったものではない』と判断。
「その手のを貰って、あんたに砂糖を売るよ」
「……ふふっ。有難うございます」
金銭取引の誘いに応じ——商談成立。
蠱惑的に口元で笑む者は遊ばせていた金貨を台上に寝かせて置くのであった。
(…………あ——)
そして、今更に思考を取り戻すのは青年。
(——っ……! しまった!!)
先客であった筈のこの女神は金貨の山が店主の腕に引き摺られて行く様を前にして漸く心を回帰。
必要物資である砂糖の壺が後入りの客の前に並べられるのを見て焦り——。
(え、えっと、どうすれば…………そうだ!)
(何とかこの人に砂糖を、全部とはいかなくてもどうにか少しでも……事情を話して分けて貰えは——)
このまま手をこまねいているだけでは事態が好転するはずがないと判断——すぐさま考え出した次の手を実行に移さんとする。
「——あっ、あの! すいませ——」
「暫し、お待ちを」
しかし、砂糖を競り落とした者は掛けられた声を手で制止。
そのままゆっくりと声の主である青年に向けて顔を動かし、布より覗く黄褐色の眼差し。
(——! この色、腕輪に似た目の色は、もしかして——)
慌てる青年の記憶と合致。
既視感が照合させたその記憶——同じ色彩を持つ者との出会いの光景。
「あなたはもしかして、この前の——」
「詳しいお話はこの後、別の所でしましょう」
その者、神秘的な女性。
今は人差し指を口の前で立て、微笑んで言う。
「えっ……?」
「大丈夫です。悪いようにはしませんから」
「……??」
「それでは、ここの砂糖は貰っていきますね」
「おう、とっとと持ってきな」
そうして、店主に確認を取り、壺に近づく購入者——振り返っては青年に向け、"手招き"。
(?? 何が、どういう……)
(呼ばれてるのは……俺?)
周囲を見回して手招きされているのが自分だと察した青年。
困惑に流されるがまま相手との距離を縮め、疑問に満ちた表情で自分の呼ばれた理由を問おうとする。
「……あの、何が——」
「さあ、"運びましょう"」
「…………へ?」
だが、却って増える疑問。
『運ぶ』とは『何を』、『何処へ』?
そもそも、『買い逃した青年に何故そんなことをしろと』"?
「…………」
「……? 砂糖が必要なのでしょう?」
「えっ——は、はい。必要です、けど……」
「なら、やっぱり運びましょう。急いでルティシアへ」
「……え、なぜ……?」
「貴方にとって大切なあの都市が必要としているからです」
「? でも、この砂糖は貴方が買った物で……」
「そうです。買ったのは私で、今現在の所有者も私。よって、使い方を決めるのも私となります」
一度は胸元に添えた掌を青年に向けて差し出す。
疑問に与える答えは、以下のよう。
「なので、私は自分が持つ砂糖を上げます」
「他でもない貴方、"名も知らぬ貴方に"——」
「——お上げしたいのです」
まばたく片目、飛び出す星。
要はこの者、『自身が手にした砂糖を青年に譲ろう』と言うのだ。
「……え、つまり……"譲ってくれる"ってことですか……?」
「はい」
「——! いや、え、でも——本当にいいんですか……?」
「勿論です」
「——あ、有難う、ございます……!」
「いえ、いえ……ふふっ」
沈んだ様子から一転、喜色に満ちる青年の顔。
その変化を眺める相手も同じく、表情を綻ばす。
「でも、どうしてそんな……いえ、その前に、対価は何をお渡しすれば——」
「それについても、この後で話しましょう。砂糖を運びつつ……ね?」
「あ、はい……! 分かりました」
(そうだ。先ずは砂糖を最優先で考えないと……!)
「では、この砂糖はどう持ちましょうか?」
「あ、それなら……こっちの袋に詰めて持って行きます」
「了解です。でしたら早速——お、重っ……」
「! 大丈夫ですか……! 交代します」
「俺——自分が壺を持って傾けるので、貴方には袋を広げるのをお願いしてもよろしいでしょうか?」
「はい。では、袋をお預かりして——」
こうして、共同で砂糖を袋に移し始めた二柱。
その間も、粉末のさらさらと落ちる音を耳に青年は目前とする相手の素性や厚意の理由を考えるが——それらしい答えは出ず。
名さえ伝えていない彼女が師以外の女神についてを知るのは、これより数分後——都市の外での出来事となる。
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