第27話 おっさん、先輩に挨拶する
楽屋は他のタレント3人と一緒の部屋とのことだった。
大部屋は初めてだ。
今まではイベント会場にしろ録画にしろ、ほぼ単独ゲストだったので、狭いながらも個室だった。
今日の出演者は13名。司会の
番組サブタイトルは『今が旬! 春の女性タレント花盛り!』だそうで、司会以外はみんな若い女性だ。
ゲスト筆頭は女優の
次に女性グループAKUからシングルデビューし、ネットテレビで冠番組も持っている歌手兼タレント
三人目は国民的知名度では榿ノ木さんや射場さんを凌駕する、昨年度で引退しタレントに転向した元フィギュアスケーター
さらに今期6本に出演している売れっ子声優川上美由紀。レベル999魔王にも出てるから、知ってる。
この4人は楽屋が個室だ。
そしてその他の8人。
昨年ドラマでいじめられっ子役を熱演しブレイク中の新人女優
清涼飲料水のCMでデビューしたファッション雑誌の読者モデル出身タレント
トップアイドルの一人、石橋
美しすぎるファイナンシャルアドバイザーの肩書を持つ
この4人が大部屋A。
ヤングアダルト雑誌『プレイビー』グラドル大賞を受賞したわがままボディのむちむちディーヴァこと
それと俺、
この4人が大部屋Bだ。
新人だからね。先輩タレントへの挨拶は欠かせない。
ちなみに司会のまぐろさんはまだ来ていない。特に打ち合わせやリハーサルをしないのがまぐろ流らしい。
それで生放送の尺にピタッと合わせるんだから、大したもんだ。
「椥辻ソフィーリア? モデル?」
榿ノ木さんがタバコをふかしながら俺の名刺を指先でくるくる回す。
タバコ吸うんだ。ドラマのイメージとだいぶ違うな。
「いえ、アニメのキャンペーンガールをしています」
「へえ、アニメ。まあ、その見た目じゃドラマじゃ使いどころがないね。あたしとかぶらないなら、いいわ。まあ、頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」
それって、敵にならないなら見逃してやる、ってことですよね。怖っ!
「おはようございますっ! ソフィちゃん。アニメの番宣見てるよ!」
おお、射場さんはフレンドリーだ。よかった。
「それにしてもめちゃくちゃ背高いね! そいでもって胸もめちゃくちゃおっきいね! 後で揉ませてね!」
「え、やです」
「いやだー、デカパイちゃんと絡むときのAKUの定番ジョークだよ~。もー、ノリ悪いなー」
「は、はあ……」
「オンエアでノリ悪く口ごもったりしたら放送事故になっちゃうよ! パーンといい返し、よろしくうっ!」
「はい、頑張ります……」
なにげにハードル上げられたような気がするな。
「背、たっか! バスケかバレーやってた?」
巽南さんも身長に興味津々だ。アスリートだからかな。
「いえ、ありません。運動は得意な方ですが」
「へえ、重そうなのに凄いね! ちょっと体動かしてみてよ」
割と失礼な人だな! 悪気はなさそうだが。
「ここでですか?」
「うん」
「じゃあ、ちょっと失礼して」
巽南さん、鶏冠井さんから離れる。
(ソフィ)
(まかせてください!)
パン、と床を蹴ると、抱え込み前方宙返り、抱え込み後方宙返りを連続で決め、さらに抱え込み2回転前方宙返りをやろうとして天井に足をぶつけた。
(あ)
とっさにひねりを入れて着地した。
今日は澤井店長とこで買ったスカート姿だが、回転が速かったのと抱え込みだったので下着は見えていない、はず。
(すみません、ハイヒールの分、感覚がずれていたようです)
(こんなとこで宙返りする方が無茶だろ!)
「すみません、失敗しました。天井に穴が……」
「後でこちらから局に謝っておきます。申し訳ありません! 巽南様」と鶏冠井さんがすかさずフォローする。
「なに? 今の? 往復宙返り? しかも助走なしで? ええっと、あなた、体操選手だっけ?」
「違います!」
(ソフィ、やりすぎだよ)
(テヘペロ)
だから、どこでそんなの覚えてくるんだよ! って鶏冠井さんか。
「ソフィちゃーん! 今日はよろしくねー!」
川上さんはレベル999魔王をはじめ今期
それほど親密ではないが、それでも知り合いがいると、ちょっと安心する。
「はい、こちらこそよろしくお願いします! 川上さん!」
「松本ちゃんが会いたがってたよー。今度収録においでよー」
レベル999魔王のヒロイン声優松本かおりさんか。あれ以来直接会ってないなあ。ときどき
「行ってもいいんですか」
「ソフィちゃんなら大歓迎よ! ぜひぜひ!」
「ありがとうございます。前向きに検討させていただきます」と鶏冠井さんがやや牽制気味に引き取った。
まあ、俺も忙しいし、邪魔しちゃ悪い。
よし、個室組への挨拶は終わり!
次は大部屋Aへ行く。俺らB組より格付けが上だからね。
まずは大江橋さんに挨拶。A組の中では最年少だが、タレントランクは一番だ。
「おはようございます! 大江橋さん、ゴッデス・エンジェルの椥辻ソフィーリアです。今日はよろしくお願いします」
「あー、おはチョーの生出演見たよ! あの日あたしのドラマの紹介もあったけど、ぜんぶソフィさんが持っていっちゃった! もーがっかり!」と笑いながら言う。
「それは失礼いたしました」
「ところで今日はコスプレしないの?」
「いや、そういうオファーはなかったので……」
「あれやれば目立つのに」と鶏冠井さんを残念そうに見た。
事務所の売り方が下手ってことかな?
いや、そんなにガツガツしてないんだよ、うち! 小出しにする作戦なの!
「ご意見ありがとうございます。参考にさせていただきます」と鶏冠井さん。
次は寝屋さんに挨拶。
「聞こえていたわ。よろしく、椥辻さん」
「はい、よろしくお願いします!」
「モデルはやらないの?」
「雑誌のですか? いえ、考えていません」
「そう。今は親しみやすいタイプが主流だから、あなたのようなのは難しいかもね。ま、頑張ってね」
「はい……」
なんか、さっきから微妙にディスられているような気がしてきた。
気を取り直して石橋さんに挨拶する。
「あらためてみると、でかっ!」
「はい、自分でもそう思います……」
身長も胸も。
石橋さんは155センチぐらいだろうか。並ぶと大人と子供だ。
「弾避けにはいいかもね。まぐろさんのきっつい初撃の突っ込みトークは任せた! あたし2番手ポジションで頑張るから、盾役よろしく!」
「は、はあ」
この子もしかしたら
最後は九条さん。
「あなた、投資したことある?」
「はい、FXとキャピタルゲイン狙いでベンチャー株投資を少々」
あ、しまった。ついほんとのこと言っちゃった!
「え? 冗談のつもりだったんだけど。貴女未成年よね」
「え、ええ、以前住んでた国に自分用の資産管理口座があって、そのまま使ってます」
と適当なことを言ってしのぐ。
「へえ、海外口座か。なるほど。脱税とかしてないよね」
「してません!」
嘘です、してます。ごめんなさい。
だって
大部屋Aでの挨拶を終え、ようやく自分の楽屋に入る。
「おはようございます! 椥辻ソフィーリアです! よろしくお願いします!」
もう他の三人は楽屋にいた。
ポッと出の俺に比べたら、大部屋Bの方々だって芸歴は長いので、タレント同士の挨拶は早く終わるのだろう。
俺なんて、川上さん以外初対面だもんね。
元の俺なら、接点なんか一生なかった美人タレントばかりだし。
「おはようございます」
「おはようございます」
「おはよう」
岸和田さん、西宮さんに比べると淡島さんはテンション低目だ。普段からそういうキャラなのかな?
「椥辻さん、バラエティ初めてよね」と西宮さん。
「はい、ちょっと緊張してます」
「そのうえ生放送って、よく受けたわね。司会まぐろさんだから?」
「いえ、ちょうどスケジュールがうまく合って、ラッキーでした。あの、司会がまぐろさんってどういう意味ですか?」
「うまくイジってくれるでしょ」
「ああ、なるほど、初心者に優しいってことですね!」
「そうね……。まあ、お手並み拝見」
なんか笑われたような気がした。俺、なんか間違ったこと言ったかな?
「すごいおっぱいねー。いくつ?」
岸和田さん、それセクハラ! でもグラドルなら身体スペックは商品だから聞くのは当たり前のことなのかな。
まあ、事務所のプロフィールに書いてあるし、いいや。
「98です」
「うわっ! 負けた! すっごいね! もんでいい?」
「やです」
何、芸能界では乳揉むの当たり前なの!?
それに、数値は凄いけどソフィは身長も179あるからな。身長に対するおっぱい比率では岸和田さんの方が大きいんじゃない?
さすがグラドル大賞。おそるべし。
「ウエストは?」
「53です」
「うわー、また盛ったわね! その身長と胸で53って、ありえなーい!」
「いや、ほんとです。腰なら触ってもいいですよ」
「またまたー、って、ウソっ! ほそっ! マジだ! なんつークビレ! ……まいりました」
岸和田さんが落ち込んでしまった。
なんかすまん。
「あー、きみ、日本語うまいね」
今さらそこですか淡島さん。
「はい、日本人ですので」
「どっからどうみてもきみガイジンだけど……」
「生まれは外国ですが、今は日本人ですので」
「ふーん」
顔や体を覗きこまれる。遠慮のない子だな!
でもまあそうだよな。日本人どころかこの世界の地球人ですらないからな。
ひととおり見たら納得したみたいで、にっこりされた。確かに不思議な子だ。
『リハーサルはじまります。Aスタ前にお集まりください』
司会の
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