第40話 蛙の大合唱

――ゲロゲロゲロゲロ


――グヮグヮグヮグヮ


 昔、祖父の家がある田舎へ泊まった時に夜通し聞かされた、あの鳴き声が響き渡る。


「セシル。この鳴き声ってさ……」

「うん。蛙だね」

「だよね……って、ちょっと待って。セシル、どうしてそのまま布団に潜っていくの?」

「え? だって、ボク眠いもん」

「ちょっと待って。もう少しだけ頑張ろ! 多分、蛙って夜行性なんだよ。だから、昼間探しても見つからないんだって」


 何十、何百という蛙の大合唱が聞こえてくるのだが、これだけの数が居て、昼間にララさんが見つけられなかったという事は、きっとどこかで眠っていたんだ。

 倒すのであれば、きっと出てきている今が良いだろう。

 けど、悲しい事に俺には魔物を倒す力はなく、セシルに頼むしかない。


「んー、じゃあ少しだけ……」

「セシル、頑張れる?」

「うん。少しだけ寝たら頑張るから」

「いや、絶対にそのまま熟睡するでしょ。セシル、お願いだから少しだけ頑張って!」

「じゃあ、お兄さん。ボクを着替えさせてー」

「分かった。着替えさせるから、頼むよ」


 二階の脱衣所へダッシュで移動し、洗濯籠を漁ってセシルの服を見つけると、再び三階へ。

 セシルのパジャマを脱がせ、半分寝ているセシルに服を着せていると、


「……リュージさん。上半身だけ服を着せて下半身を露出とは、随分とマニアックではないですか?」

「何の話だよっ! それよりアーニャ。蛙だ! 蛙が出たよっ!」

「えぇ、私の部屋でも聞こえていました。準備は済んでいます」


 いや、分かっているなら、今の俺とセシルの状況も分かって欲しいのだが。

 着替えを済ませ、寝ぼけ眼のままのセシルをアーニャに預けると、ララさんの部屋へ。


「ララさん、蛙です! 今すぐ出られま……」

「……い、今すぐ出られるようにするので、先ずはリュージさんが出て欲しいです」

「ご、ごめんなさいっ!」


 慌ててララさんの部屋から飛び出る。

 どうしてララさんは、上半身裸でパンツを履こうとしていたんだ?

 ララさんにも芽衣の服をパジャマ代わりに渡していたのだが、サイズが合わなかったのか、それとも普段からそうなのか、全裸で寝ていたの?


「お、お待たせしました」


 少し待つと、顔を真っ赤に染めたララさんが出てくる。


「じゃ、じゃあ、行きましょうか」

「あ、あの。リュージさんは、そのままの格好なんですか?」

「え? ……あ!」


 女性三人が着替えを終えたのに、俺がパジャマ姿のままだったのだが、


「お兄さん。早く……行こうよー」

「リュージさん。早く行きましょう。セシルさんが寝てしまいそうです」

「くっ……い、行きましょう」


 主戦力のセシルのために少しでも早く……と、そのまま行く事にした。


 家を出ると、川の中とその周辺に、昼には無かった大きな石が沢山置かれている。

 一つ一つの石が一抱えくらいあるんだけど、どうしてこんな石が大量に……って、石が跳んだ?


「うわ……ちょ、ちょっと待って。あの石みたいなのって、もしかして……蛙?」

「はい、ポイズンフロッグです。しかし、こんなに大量発生しているのは見た事がありません」


 そうだよね。

 幅がおおよそ十メートルくらいある川を黒い石――もとい蛙が覆い尽くしているなんて、先ずないだろう。


「セシル、この数を倒せる?」

「一度には無理かも。でも、きっと大丈夫……ふわぅ」


 眠そうに欠伸をかみ殺したセシルが小声で何かを呟くと、川の水ごと蛙を吸い上げ、黒い竜巻が三つも発生する。


「竜巻を一つ起こすだけでも凄いのに、同時に三つも起こせるんだ」

「もっと出来るよ? でも、これくらいの数なら三つで十分かなーって」


 これでまだ余力があるなんて、本当に凄いな。

 竜巻消えた後、川の水が少し減ってしまった感じがするけれど、あっという間に蛙が殆ど居なったし、まぁ良しとすべきか。

 残りは竜巻の力が及ばない端の方に居た数匹の蛙だけだ……と思っていたのに、突然十数個の黒い石が川の中に現れた。


「ん? 今、黒い石が増えなかった?」

「そうですね。私も増えたように見えました」

「そうだねー。それでね、川の真ん中にある岩から、魔力を感じたよー」


 ララさんとセシルも俺の意見に同調した後、アーニャが口を開く。


「リュージさん。あの大きな岩……もしかして蛙じゃないですか?」


 三メートルくらいありそうな大きな岩をアーニャが蛙だと言うが、いくらなんでも大きすぎるだろう。

 けど、獣人族で夜目が効くアーニャが言っている訳だし、そうなのだろうか。


「あ、そうだ。皆、これを!」


 倉魔法から夕食前に作った暗視目薬を取り出すと、皆に配って早速俺も使用する。

 夜のはずなのに、昼間と同じように周囲が見えるようになった俺は、早速大きな岩に視線を向け、


「って、本当に蛙だっ! 赤色の、いかにも毒ですって感じの蛙だけど、それにしても大き過ぎるよっ!」


 その異様な姿に思わず叫ぶ。

 その直後、ララさんが緊張した様子で、


「ちょ、ちょっと待ってください。あの大きな蛙……あれはポイズンフロッグの特殊個体、レッドフロッグですっ!」


 特殊個体という嫌な予感しかしない言葉を発した。

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