第26話 ピクシーの加護

 翌朝、布団の中がモゾモゾと動いている。

 おそらくセシルなのだろうが、昨日とは違って随分と動きが激しい。

 魔物と戦ったし、バトルっぽい夢を見ているのだろうか。


「って、セシル。変な触り方しないでよ」


 寝ぼけているとはいえ、サワサワと撫でるように人のお腹を触らないで欲しい。

 やれやれと思いながら、いつセシルを起こそうかと考えていると、


「ひゃぁっ! お、お兄さん……そんなトコ触っちゃダメ……なんだよ?」


 布団の中から妙に甲高い声が聞こえてきた。

 セシルは、一体どんな夢を見ているのだろう。

 苦笑いしながら様子を窺っていると、


「んんっ! お兄さん……ダメなんだってばぁ」


 変な寝言が続いていく。

 流石に起こしてあげた方が良いかと思った所で、


「リュージさん……ちゃんと責任は取ってあげてくださいね」


 扉の傍からアーニャが飛んでも無い事を呟く。


「ちょ、ちょっと待った! 俺は何もしてないって!」

「……布団の中でセシルさんが悶えてますよ?」

「違うってば! ほら、俺は無実だよっ!」


 布団を引き剥がし、両手を上げるとセシルの寝言がピタッと止まる。

 ……なんでだよ。これじゃあ、俺がセシルに変な事をしていたみたいじゃないか。


「リュージさん。やっぱり……」

「いや、本当に違うんだって。俺は無実だよっ!」


 アーニャがジト目で俺を見つめていると、


「もー! 吹き飛ばすなんて、酷いじゃないっ!」


 突然、どこかで聞いた事のある声が部屋に響く。


「え? 何? 何かが俺の腕を撫でてる?」

「撫でてるんじゃなくて、一応叩いているんだけど……私の力じゃ、その程度なのね」

「……この声! もしかして、ガーネット?」

「そうだよー! もー、どうして気付いてくれないのー? 朝から二人を起こそうと思って何度も揺すったのにー!」


 あー、この何かが触れて居る様な感触はガーネットだったのか。

 身体が掌くらいの大きさしかないし、当然力も無いから、叩かれたり揺すられたりしても、撫でられている様にしか感じなかったのか。


「あ、あの、リュージさん。ガーネットって、昨日の姿が見えない妖精……ですか?」

「そうそう。ガーネットもアーニャも少しだけ待ってて。ガーネットが見えるようになる薬を取って来るから……って、ほらセシルも起きて。ガーネットが来てるよ」


 ガーネットがどこを触って居たのかは知らないけれど、とんでもない夢を見ていたセシルを起こして目薬を取りに行こうとすると、


「ふぇ……お、お兄さんっ! あ、あのっ……な、慣れるまでは、もう少し優しくしてくれると嬉しいかも……」

「……セシル? 何の話?」

「………………えっ!? えぇっ!? な、何でも無いよっ!」


 昨日同様に俺の上で寝ていたセシルが飛び退き、再び頭から布団を被ってしまった。

 一先ず動く事が出来るようになったので、調剤室から目薬を三つ持って来て、アーニャと共に使用する。


「わぁ……可愛い。この子が妖精さんなんですね」

「そうそう……って、そういえばガーネット。今日はどういった用事なの? また薬が必要なのかな?」


 昨日渡した化粧水はガーネットが持てる大きさの、小さな小瓶一本分だけだ。

 けど、それでも一日で無くなる程ではないと思うんだけど。


「いやいや、あのフェイス・ローションは暫く大丈夫だよー。女王様も凄く喜んでたしー。で、今日はそのお礼に来たんだー」

「あー、そう言えばお礼をしてくれるとかって言っていたね」


 ガーネットは結構軽いノリに見えるけど、意外に律義らしい。

 お礼って何だろう。花の蜜とかだろうか。それとも、珍しい薬草とかかな?


「じゃあ、昨日のお礼という事で、リューちゃんに妖精の加護をあげまーす」

「リュ、リューちゃん? いや、それよりも妖精の加護って!?」

「言った通りだよー。こっちのベッドの中に居るエルフさんも持ってるけど、妖精の加護を得た人間はスキルが伸びるんだよー」

「えっ、マジで!?」

「うん。だけど私の加護だから、女王の加護程効果はないからね? あんまり期待し過ぎちゃダメだからね?」

「いやいや、それでも十二分に凄いよ!」

「じゃあ、何か使いたいスキルなんてある? 私の加護だと、一つのスキルを使えるようにするのがせいぜいなんだー」


 スキルを一つ使えるようにするって凄いんだけど。

 そして、俺が今使いたいスキルと言えば、黒魔法だ。

 精霊魔法は人間に使えなさそうだし、黒魔法なら使う人も大勢居るらしいから、自分で勉強する分にも資料を探し易いだろう。


「じゃあ、黒魔法を使えるようにして欲しいんだけど」

「おっけー。じゃあ、そのままジッとしててね……」


 言われた通りに直立不動で待って居ると、頬に何かが触れたような気がした。


「ふっふっふ。これでリューちゃんに私の――ピクシーの加護が付与されたよー。じゃあ、そういう訳で、また暫くしたら来るから、ローション宜しくねー!」


 何をされたのかは分からないが、ガーネットが窓の隙間から出て行き、


――新たなスキルを修得しましたので、倉魔法「ストレージ」が使用可能になりました――


「おぉっ! 新たなスキルが……って、ちょっと待った! 倉魔法って何だよっ! 黒魔法じゃないのかよっ!」


 この世界は俺に何か恨みでもあるのか、城魔法に続いて、またもや誤字スキルを修得してしまった。

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