戦闘記録:「殲滅者《ヘルンヴォータ》が降ってくる」

序・舞い降りる鴉羽

 戦場には、ある種のお伽話が生まれるという話がある。

 死と隣り合わせの戦場。戦友たちと心を交わして笑い合い。生き延びた幸運ないし悪運に、感謝や諦観を呟き合い。死の抱擁を受けた者たちを、涙と感情の奔流とで見送る。

 そんな繰り返しの中で、それを恐怖と悲観して、或いは戒めとして語り継ごうと生み出された、出来事の脚色。

これから語る「それ」もまた、そう言うものの一部だった。


 その日の戦闘は一方的な展開で、それ以上は何事も無く、終わろうとしていた。

 それは、とある重工業企業と、そのライバルとして知られる競合相手とが、宣伝代わりとして、複数の関連会社を巻き込んで引き起こした大規模戦闘。後に「談合紛争」と呼ばれる戦いの、その一幕だった。

「楽なもんだなぁ。スポンサー様から提供されたMLメタルレイバーが活躍して、他の兵器じゃ相手にもならん。今日は俺達、見せ場なく終わるんじゃないか?」

 後方にある防衛拠点の偵察所で、防弾用のヘルメット着用した兵士の一人が、前線の様子を観察しながら、愉快そうに笑った。

 その先に双眼鏡を向ければ、敵対勢力の戦車群や、戦闘ヘリの編隊相手に、数の上では劣っている数機のMLが、互角以上の戦いを展開していた。

 手に持ったマシンガン型武装は絶えず火を噴き、浴びせられる機銃弾はシールドで、飛来する戦車砲は良好な機動性で、ほぼ被害なくやり過ごしている。

誰の目から見てもその勝敗の行方は明らかだった。

「ほぼ弾が飛んでこない後方の防衛拠点で、あと三十分の間体張るだけで、満額の給金が貰える。最高じゃないか。本当スポンサー様様だな」

 同じような恰好をした別の兵士もまた、前線に双眼鏡を向けながら愉快そうに言葉を紡ぐ。同じ場所に詰めている他の兵士たちも、二人の兵士と概ね同じ意見のようで、場には弛緩した空気が流れ始めている。

 自分たちの勢力が優勢だという事と相まって、それは加速していた。

 死と隣り合わせの戦場にあって、命の危険が非常に少ないという事実は、それだけで、兵士たちに安寧をもたらしてくれる。遠い砲撃の音も、自分たちの頭上に降って来ないと分かっているので、気楽なものだった。

 しかし。

「ん?」

 それは急に訪れた。

「あれ……?」

 その変化に気が付いたのは、前線を見ていた二人の内の一人だった。

 他の敵部隊が姿を消しており、何処を見ても、完全に友軍しか存在していない。その事実は兵士に取って喜ばしいことだったが、直ぐに他へ伝えようとは考えなかった。

 何故なら、先ほどまで敵の戦車群や戦闘ヘリの編隊と自由気ままに戦い、蹴散らしていたはずのML部隊が、皆一様に同じ方向を見て、武装を展開していたからだ。

(なんだ? 何を警戒して……?)

 様子を見て、訝しんでいた兵士だったが、その答えは、文字通りに空から降って湧いてきた。


 突如、空から幾条もの光線が降り注いだかと思うと、地上に展開していたML部隊の一部を、爆炎の向こう側へと消し去ってしまった。

 そして、その爆炎の少し鎮まった中に、一機の、真っ黒い塗装が施された二脚型のMFモビルフレームが、まるで鳥が公園にでも着地するように降りたった。

 手には、武器らしい武器を所持しておらず、全体として細身のシルエットで、一見、砲撃の一発でも当たればあっさりと倒せそうな印象を受ける。だが、その機体が背に装備しているパーツの動作が、それらの見解を全て、脇に押し遣ってしまった。

 陽炎を伴いながら広げられたそれは、まるで鳥の翼、或いは天使の羽のようだった。

 そう見えたのは、展開された一本一本の骨組み、その他の部品が見せる芸術的な噛み合わせの全てが、余りにも流麗で、見る者に深く印象を与え、錯覚させた結果だった。

 実際には、それらは無数の光学式武装や砲口の集合体だったのだが。


 兵士が見惚れていると、その黒い有翼のMFは、腕部や背部パーツに光子を集束させて、複数本のエネルギーブレードを形成する。

 そして、まるで天上の歌のようにも、魔獣の咆哮のようにも聞こえる駆動音を周囲に響かせると、近くに存在していたMLへと向き直った。


 そこから兵士が見たものは、やはり一方的で凄惨な展開だった。

 友軍ML部隊へと、まるで滑空でもするように接近した黒いMFは、マシンガンによる迎撃を易々と掻い潜ると、次々とML部隊を斬壊、蹂躙していく。

 ブレードに焼き切られ、赤熱した部品が次々と地面に転がり、ただの残骸にされていく様は、それが、つい先程まで圧倒的優勢を誇っていた軍集団と同じものだとは、到底思えなかった。

「……」

 兵士は息を呑み、沈黙していた。いや、閉口せざるを得なかった。それほどまでに、黒いMFの戦いに圧倒されていた。

 腕部ブレードが、背部の、まるで翼のような無数のブレードが、規則正しく舞い踊り、そのたびにMLや、その他の戦闘兵器群が蹴散らされていく。そのまま、最後の一機が潰されるときまで、彼は、その舞う姿に釘付けになっていた。


 しかし、そのような恐慌すべき光景を見せつけられていた兵士は、心のどこかで安心してもいた。

 自分が居る場所は、戦場であっても前線ではない。つまり、その黒いMFの強大な力が、自分たちに向かってくることはない。そう言う確信があったからだ。

 だが。

「!?」

 次に彼が、その黒いMFへと視線を送った時。その黒いMFは。

 真っ直ぐに、まるで見ていたことを初めから知っていたかのように、彼にその目を向けていた。


 これは、兵士たちから「殲滅者ヘルンヴォータ」とあだ名されているフレームライダーが、戦場で築き上げた伝説の一つだ。

 一瞬で、天国から地獄に、圧倒的優勢から劣勢に叩き落とされる。

 その場にあっては、夢であって欲しいと願ってやまない話として語られたが、一方で、その圧倒的な実力にも関わらず、あまり表に出てこないために素性は不明。

 それが、かの伝説を、よりお伽話として加速させた要因となっている。

 現場のベテラン達からは「気を抜き過ぎると殲滅者ヘルンヴォータが降ってくる」などと言う、一種の脅し文句として使われているほどであったという。


 さて、ここからは、そんな伝説に巻き込まれた、あるフレームライダーの少女達の話をしよう。

 その少女達の名は、一方をエッダ。もう一方をコルネールと言った。

 製造依頼主から、神話に語られるような強力さと、人々の見惚れる美しさを兼ね備えた戦士として作り上げてほしいと請われ、生まれた彼女たちは、その想いに応えるように、製造当初から高い適応力を発揮し、今や名うてのフレームライダーとして、戦場を縦横無尽に駆け巡っていた。


 そんな二人は今、とある企業の所有する、非戦闘地域内にある別荘地にいた。

 その景観は、別荘地を名乗るだけあって、およそ万人が美しいと形容するだろう風光明媚さが誂えられている。

 周囲には、古風ながらも色あせない、美しく整った街並み。前には蒼く美しい海。背後には、木こそ少ないものの勇壮な姿を誇る山が見える。

「この花、綺麗だね。コルネール」

 綺麗に整備された花壇の前で、エッダが、プラチナブロンドの髪を揺らしつつ笑う。

「そうねぇ。流石はお父様の所有する別荘地。美しさもトップクラスだわ」

 その横で同じものを見ていたコルネールも、同じような色の髪を揺らしつつ笑っている。

「二人とも、ここに居たのかね?」

 すると、二人の背後から、一人の紳士が優しく声を掛けた。

 その風貌からは、まさに上流階級のそれに相応しいと言える気品のようなものが感じられ、身に着けている衣服の微妙な野暮ったさすら、その気品の一部としていることが分かる。

 彼はにっこりと笑うと。

「そろそろ、仕事の時間だよ。そこに車を回してあるから、乗りなさい」

 二人に向けて、優しく、そう言った。

「はい、父さん」

「はーい、お父様ー」

 エッダとコルネールは、その言葉に微笑んで立ち上がると、紳士の背後に停められている車へと向かい、乗り込んでいく。

 そして、紳士が二人の後に一緒に乗り込むと、車は直ぐに発進した。


 三人を乗せた車は、そのまま海岸線を軽快に走ると、道の先に見えたトンネルを抜け、その向こうにある、造船所にも似た工業地へと入っていった。

「今日の仕事は、中部戦線にある、とある企業所有の防衛基地に対する救援だ。相手の数が多くて危険だから、二人の力を是非借りたいらしい」

 目的地へと向かう車の中で、二人に父と呼ばれた紳士が、エッダとコルネールに今回の依頼内容について説明を始める。

「それで、今回の相手の戦力は?」

「うん。これを見ておくれ」

 そう言うと紳士は、車の座席に備え付けられているモニターに、戦域図を表示した。

 既に、友軍、敵軍の区別はされており、色分けでそれが解るようになっていた。

「相手には、MLもそれなりに配備されているから、二人の力で、まずはこれらを倒すことになるだろうね」

「なるほどねー。それならこの前みたいに、真ん中に一騎駆けしちゃう?相手への嫌がらせにもなるから、有効だと思うけど」

 紳士の説明と、戦域図とを見比べて、コルネールが自分の見解を述べる。

「うん。少しでも強引に前に出て、依頼主の人を安心させてあげたいな」

 エッダもまた、コルネールの見解に対して自分の意見を述べる。

 紳士はそんな二人のやり取りを父親の顔で見守りつつ、戦域図に反映させていった。

「細かな判断は、二人に任せるけど、迎撃の中に突っ込んでいくみたいな無理は、しないようにね?」

 だが、最後にはしっかりと釘も刺していく。

「はい、父さん」

「もちろん。大丈夫です。お父様」

 二人は、笑って応じた。

 そして。

「アルバン様。到着しました」

 運転席から、専属と見られる運転手が、ゆっくりと車を停めながら、近くに座る紳士、アルバンに声を掛けた。

 それを聞いたエッダ、コルネールも、アルバンと共に表情を引き締める。

「そうか。それじゃあ、帰りを待っているからね。二人とも」

 その言葉に送られて、エッダとコルネールの二人は、車から降りた。


 目の前には、造船所に併設される形でMFの整備工場があり、その中では、専属の整備員たちの声が響いている。

 中に入ると、機械を扱う場所特有の匂いが二人を包みこむ。そして直ぐに、この場所に駐機されているMFの偉容が見えてきた。


 真っ黒に塗装された装甲で覆われ、背部に折り畳まれた翼のような武装を持つ、細身の二脚型MFの姿が。

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