21話目:傷心タダノくんのスキャンダル
あのあと家に戻った僕は、皆にエヴァンさんと話した内容を伝えた。
美緒さんや雅史くんは渋々といった顔をしており、他の皆も仕方がないといった顔をしていた。
それどころか貰えるお礼は何がいいという話もしていた。
演奏するのは水城さんなんだから水城さんに決めてもらおうと言ったり、やっぱり皆で使えるものにしようと言ったりしていた。
分かってはいたことだが、この事態に違和感を感じている人がいない。
寂しいような、心がしめつけられるような気持ちになった。
皆のために苦労しているのにと、恩着せがましく言うつもりはない。
僕が勝手にやっていることなのだ。
僕は誰にも何も言っていない。
だから、僕のいま考えていることを皆が理解しているわけがない。
だけど…それでもこの状況を見ていると、心が折れそうになった。
このまま流されるがままに流れていくのもいいかもしれないと諦めたくなる。
ダメだ、自分でも分かるくらいに完全に精神がまいってる。
今の状態だと何をやっても裏目に出てしまいそうだ。
僕は事件の対応で疲れていると言って、部屋に戻ってすぐに寝ることにした。
疲れた心と頭を休めるのに睡眠は必須だ。
こんな状況でも眠れるのかの心配していたが、僕が思っていたよりも自分の体が疲れていたのか、すぐに意識が落ちていった。
翌日、目が覚めると気分は大分よくなっていた。
まとまらなかった考えも今ではしっかりと頭の中で整理整頓されている。
演奏することはもう決まってしまったのだ、いつまでもどうすれば良かったのかを考えていても仕方が無い。
いっそのこと、その場で水城さんの演奏を最大限にアピールして、ピアニストとしてデビューしてもらうのもいいかもしれない。
タイラーさんに話を通せば専属のパトロンになってくれるかもしれない。
そうすればエヴァンさんも直接こちらに交渉するようなことはせず、ビジット商家を間に挟むことになるので大分やりやすくなる。
うん、降って湧いたようなアイディアだがそれはいいかもしれない。
一人でダメなら他の人の力を借りればいいんだ。
なんなら他の商家も巻き込んでしまおうか。
商人としてもお金にがめついオオガネ教とは相性が悪いのだ、共同戦線を張ればうまく立ち回れるかもしれない。
そうなると、どの商家とも繋がりを持ったほうがいいのか、あちらに提供できるメリットは何がありそうかと考えていたら、朝食の時に大変な発言が聞こえてきた。
「私たちもお祭りの手伝いにいったほうがいいんじゃないかしら?」
止めてくれD子さん、これ以上僕の胃にダメージを与えないでくれ。
カモがネギを担いでるどころか、自分から相手の口の中にダイレクトシュートしにいくようなものだ。
「準備はもうほとんどできてるから、あんまり手伝えることはないと思うよ。それに、学園祭じゃないんだからプロの人の所に素人の僕らが入りこむのも危ないし…」
「う~ん、ボランティアとして手伝ったほうがいいかもって思ったんだけど…」
D子さん偉いね、元の世界だったら花丸をもらえるよ。
だけど今、この世界ではちょっと止めてね。
詳しいことは話せないんだけど、ほんと危ないから。
下手なこと言ったらどうなるか僕でも予想できないから。
「それなら女子は水城さんの飾りつけをしたらどうかな?」
このまま放っておいたら教会に突っ込んでしまいそうなので、別の仕事を割り振ることにする。
これで大人しくしていてくれればいいのだが…。
「えぇっ! 私の飾りつけって、どういうこと?」
「ほら、色々な人が来るんだからオシャレした方がいいかと思って」
「ナイス、タダノ! それよ!!」
そうして朝食もまだ途中であるのに水城さんは女子たちに連れて行かれてしまう。
ごめんね、水城さん。
時間稼ぎのためにも着せ替え人形になっててほしい。
「なぁタダノ。俺達はどうすんだ?」
「…女子たちの代わりに雑用かな?」
これから女子たちはお祭りの日まで目一杯にオシャレを楽しむことだろう。
僕らはその穴埋めをしなければならない。
「じゃあ僕は演奏の件がOKだって伝えにいってくるから」
「待て! お前、まさか…シスターを狙ってるわけじゃないよな?」
そんなわけあるか。
いやまぁ色々と話してると意外と普通というか、俗っぽい人だから嫌いではない。
じゃあ好きなのかと言われるとノーと言える。
金髪だとか、スタイルがボインだからとか、そういう女性の特徴は僕の好みとは一致しないのだ。
結局、僕がアプローチする気じゃないかと疑われたせいで丸山くんとBくんと一緒に教会に向かうことにした。
そういえば体型だけで丸山くんと頭の中で呼んでいるので、さりげなく名前を調べなければならない。
Bくんにいたってはもうあだ名をつけるのも面倒な状態だ。
教会に着くと色々な飾りが施されていた。
大人は忙しそうに手と足を動かしており、そこにはエヴァンさんの姿もあった。
「演奏の件、受けさせていただくことにしました」
「そうですか、それは喜ばしい報せです」
表面上は笑顔で取り繕っているが、お互いの本当の顔は多分人に見せられないようなことになっていることだろう。
「それでは時間もありませんし、当日に着られる衣装の仕立てはこちらにお任せを…」
「それなら必要ありません。こちらで用意いたしますので、お気遣いなく」
下手をするとその衣装をお礼とか言われそうだ。
それならせめてこっちでお礼を選べるように、極力あちらの意向は蹴っておきたい。
「しかし、お祭りの日まであと数日しかありません。本当に大丈夫でしょうか?」
「その為にも女子達が頑張っております。誰かが邪魔しない限りは間に合うと思いますよ」
『誰かが邪魔しない限りは』の所を強調して言う。
あちらもわざわざ準備させておいて、失敗させることはしないだろう。
もしも水城さんの演奏が失敗すれば、これを企画したあちらの失態にもなるのだから。
「それではこれで失礼させていただきます」
僕が踵を返して帰ろうとすると、Bくんが驚いた声で僕を止めた。
「えっ!? シスターには会っていかないのか?」
会わないよ。
会ってどうしろっていうんだよ。
エヴァンさんの弱みが握れるならまだしも、あの人はそういうこと知らないと思うよ。
「ふむ…シスター・ルピーなら中で作業をしておりますよ。少し休憩がてら、お話されていきますか?」
「いえ、結構です。前にも言いました通り、こちらも色々と大変ですので」
僕はあてつけのようにエヴァンさんに捨て台詞を吐いてその場から去る。
まぁシスター・ルピーに対してえっちな妄想ができないわけじゃない。
だけど流石に今の状況じゃそういう気分になれない。
多分、脅迫めいたやり取りとかそういう感じのシチュエーションなってしまう。
…悪くはないかもしれないが、それでもちょっと止めておこう。
その後、僕らは家に戻って女子の代わりの仕事をすることになった。
子供達の世話や家事など色々とやることが多くて他の作業には手が回らなかった。
肝心の女子は生地や装飾になりそうなものを集めて裁縫をしていた。
そして水城さんは何度も何度も採寸を測られる。
巻尺とかがないのだ、その都度採寸しないと長さが違ったりすると大変なことになってしまう。
これが学園のイベントであればどんな衣装かドキドキしながら待つのだろうが、今の僕の心はワクワクどころか張り裂けそうな思いでいっぱいであった。
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