19話目:鑑定人タダノくんの虚構工作
オオガネ教の真鍮であるエヴァンさんが来ても、僕らの日常は変わらなかった。
嘘だ、物凄く変わった。
お仕事の手伝いにいく時間が減り、家で過ごす時間が増えた。
食べ物などは融通してもらえているが、今までのようにすでに出来上がっている料理ではなく自分達で作るようになった。
まるで篭城しているような気分だったが、いつもと違う日常に皆はちょっと楽しんでいるように思えた。
そして僕らが篭城しているとなると、相手側がどう動くかを考えてみた。
相手の戦力は大きいが、無理に攻めるほどまだ切羽詰ってはいないだろう。
つまり、この家に怒涛の訪問ラッシュはまだ来ないと思いたい。
次に考えられるとすれば家の門をみずから開けさせることだ。
このままずっと閉じこもっていては皆の鬱憤が溜まってしまい、門を開けることになるだろう。
だけど時間はこちらの味方でもある。
まさか役職持ちのお偉いさんがこんなところでいつまでも滞在するわけにもいかないだろう。
そうなると僕らが出てこないといけない状況に持っていくのだと予想される。
…どういう状況だろう?
食材は運んでもらえるし、子供達もこの家に遊びにきている。
お客さんが来ることはあっても、こちらから出向くことはないはずだ。
もしやそのお客さんに紛れてシレっと入ってくるとかそういうのだろうか?
いや、あのエヴァンさんがその程度で終わるような気がしない。
こちらに届けられる食べ物にオオガネ教のものが混ざっており、こちらからお礼を言いに来させることを考えているのだろうか。
まぁその時は僕が行こう。
心底行きたくないけど、他の人に任せるにはあの人は怖すぎる。
「おはよう、タダノ。また取りに来たのかい?」
あれから二日後、パン屋のフィーネさんからおかしなことを言われた。
僕は普通の客さんとして訪れたのだが、またというのはどういうことだろうか。
「あれ?あんた、新しい人に頼んでパンを持って行かせたんだろ?お代は後から払うからって聞いてるけど」
「えぇっ!?」
言ってない。
そもそも僕はツケにはしない、その場で貰うか払うかだ。
「おかしいね、ちゃんと手首にあんたらと同じバンダナをつけてたんだけど」
どうやら僕らの偽物が出てきたらしい。
フィーネさんにその人の特徴を聞いてみたが、流石に姿や顔まで似せるつもりはなかったらしく普通の大人の男性のようだった。
ただ、良い意味でのレッテルであるハナミズキを象徴するバンダナの類似品を手首に巻いていたらしい。
少なくともフィーネさんが騙されるくらいには精度が高いらしい。
子供をおだててどういうものか見せてもらい、それを基に複製品を作ったのだろうか。
それにしても、良い人だけがそのバンダナを巻いているという風潮を作ってきたというのに、今回それが裏目に出てしまったようだ。
僕はフィーネさんにそれが偽者だということを伝えておいて、その場から離れた。
そして急いで行政所に行こうとして…その足を止めた。
行政所に行って、どうすればいいのだ?
僕らの偽者が出ているから対応してくれとでも言うのか?
そんなことで行政所が動いてくれるとは限らない。
話は聞いてくれるかもしれないが、せいぜい注意喚起くらいだろう。
だって僕らの偽物を用意してまでやってることがあまりにもしょっぱすぎる。
いや、もしかしたらこれはエヴァンさんによる試験的な犯行なのかもしれない。
手首のハナミズキのバンダナを巻いた状態でどれだけの信用が得られるのか、騙される人がいるのか。
これが上手くいくと知ったとなれば、もっとヤバイ方法でこちらを追い詰めてくるのだろう。
元の世界でもよく見たネガティブキャンペーン的な手法である。
そして僕らの評判が落ちてこの街に居られなくなった時に、あっちが僕らを拾う。
今のはあくまで僕の予想でしかないが、もし本当にそう考えているとなるとめんどくさすぎる。
直接対峙するのを避けないといけないというのに、こういう問題にも対応しなければならないとなるとこっちの処理能力が追いつかない。
どうしたものかと頭を悩ませる。
先ず、僕らだけの力でどうにかすることはできない、マンパワーが圧倒的に足りないからだ。
では誰に頼ればいいかとなると、タイラーさんだろうか。
だがタイラーさんに頼ったところでどうすればいいという話になる。
そもそもあちらも不正の隠蔽やら商売で忙しいだろう。
そうなると行政所を動かすのが望ましい。
相手側の手法はホワイトではない、だがブラックでもないので行政所も動くに動けない。
グレーゾーンを相手にして、どうやって動いてもらえばいいのかを考える。
悩んで悩んで、頭を抱えるくらいにまで悩んで決断した。
ブラックじゃないなら、ブラックにしてしまえ作戦である。
相手がグレーゾーンからこちらを攻撃してくるのなら、ブラックに追い込んでしまえばいい。
やるべきことを決めた僕は、急いで家に戻った。
夕暮れ前、僕は行政所の受付にいた。
用件は大規模な盗難による被害を受けたとの報告である。
「それで、タダノ。大規模な盗難にあったとのことですが?」
「はい。実は僕らハナミズキのバンダナが盗まれてしまいまして…」
「バンダナ…だけですか?」
職員さんの顔が見るからに落胆したようなものに変わる。
まぁそれもそうだろう。
たかがバンダナを盗まれたくらいで来たのかと思われても仕方がない。
「バンダナだけですが、その数が問題なんです」
「数が問題と…どれくらいですか?」
「はい。ざっと50以上」
それを聞いた職員さんは驚いた顔をした。
その驚きは僕らが50以上のバンダナを所持していたことか、それともそんな数のバンダナを盗んだ犯人に対してだろうか。
「状況の説明をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。実は僕らは色々な人にバンダナをプレゼントしていたのですが、誰が誰に贈ったのかが分からなくなったんです。だから一度整理するために皆さんから回収させていただいたのですが、窓の戸締りを忘れていたせいで誰かが入り込んだようなのです」
嘘である。
いや、確かに整理のために街の人のバンダナを回収した。
僕一人で死ぬ気で走って頑張って回収した。
家の窓の鍵も偶然開いていたし、不自然に開いていたことをクラスメイトが確認した。
だが実際には盗まれていない。
僕が全て焼いて灰にした。
「犯人について心当たりは?」
「全くありません…いえ、それらしい人は知ってます。フィーネさんの店でパンを盗んだ犯人がバンダナを手首に巻いていたそうです」
自分で言っておいてなんだが、笑えてしまう。
実際にはその犯人の犯行よりも後にバンダナが盗まれたということになるはずなのだが、言葉の順番を変えるだけであたかも犯人が僕らになりすますためにバンダナを盗んだという話になるのだ。
「その話は初耳だな」
「嘘だと思うのならフィーネさんにも聞いてみてください。僕らの名前を騙って食べ物を騙し取っていたこと、手首にバンダナを巻いていたことを証言してくれるはずです」
これは本当のことだ。
これでフィーネさんから事情を聞けば、バンダナを奪った犯人が他の事件にも関与しているとみなすだろう。
ちなみに僕がバンダナを回収した時間は伝えていない。
そして、あくまで気がついたら盗まれていたことを伝える。
今まで誰にも言わなかったのは、それを責められると思ったからだとも言った。
それについて行政所は詳しく調べることはないだろう。
科学調査やら調書などで詳しい調査結果をまとめる現代ならまだしも、この世界ではそこまで綿密な捜査結果を報告することはないということを知っている。
前に行政所に来た時に色々と聞いておいてよかった。
つまり、究極的には犯人さえ捕まえれば行政所からすればそれでいいのだ。
要約してしまうと簡単な話だ。
・僕が街の人のバンダナを回収した
・そしてそれが盗まれた
・そのバンダナを巻いた人物がパンを騙し取った
話す順番と嘘を交えることで僕はただの成りすまし犯を盗人へとランクアップさせた。
おめでとう、犯人さん。
パンを盗んだだけのしょっぱい犯罪者として掴まることはありません。
不法侵入やら何やらもオマケでつけておきます。
「僕らのバンダナを使って人を騙したということは、これを使って大規模な詐欺などを行うつもりかもしれません。急いで捕まえないと大変なことになってしまいます!」
そしてあくまでこれは大きな犯罪の前兆であることを伝える。
それを聞いても職員さんはどうしたものかと悩んでいたが、責任を取れるのかという言葉のおかげでなんとかその重い腰が動くことになった。
責任、嫌ですよね。
安定志向の人だからこそ、リスクを投げられたらどうにかしようって思っちゃいますよね。
「だがな、タダノ。どうやって犯人を捕まえればいい? まさか街で手首にバンダナをつけている奴を全員捕まえればいいというわけにはいかないだろう」
それを考えるのがそちらの仕事でしょう、と言いたいところだが今回はこっちのほうが都合がいい。
「幸い、街の人のバンダナは僕らが回収しました。なので、いま街の中で僕らと同じバンダナを付けてる人がいるならば、その人は犯人と接触している可能性がとても高いです。むしろ、犯人の一味かもしれません」
そう言って僕は自分のバンダナを手渡す。
「これと同じようなものを付けている人を捕まえてください。その人が犯人かどうか、僕らなら分かります」
「どういうことだ? 見ただけで分かるということか?」
「はい。そのバンダナには僕らだけが本物かどうか見分けることができる細工が施してあるんです」
その後、僕は職員さんに細かい伝達事項などを伝えた。
大きな犯罪に繋がるかもしれないということを何度も念押しし、行政所の仕事に期待することにした。
その翌日、さっそく一人の怪しい人物を見つけたという話が伝えられたので行政所に向かう。
僕だけではバンダナの真偽について適当なことを言っていると思われそうなので、もう二人ほど一緒に来てもらうことにした。
一人は美緒さん、いつも話していて慣れているから。
もう一人はA子さん…もとい詠さん、他の人よりかは喋ったことがあるからだ。
本当は雅史くんについてきてもらいたかったのだが、タイラーさんの所での仕事が忙しそうなので止めておいた。
ある意味タイラーさんとの繋がりは命綱であり、それをつなぎとめるのが雅史くんの役割でもある。
行政所に向かうと、専用の個室へと通された。
そこには見覚えのない男性が座っており、机の上にバンダナがあった。
「三人とも、このバンダナに見覚えは?」
「ちょっと待ってください。全員が一緒にそれを鑑定するとなると、前の人の意見に左右されたと思われるかもしれません。ここは一人ずつバンダナの真贋判定と持ち主を当てるのはどうでしょう?」
せっかく公平な立場で意見できる場を作ってもらったのだ、あとでいちゃもんをつけられないくらいに徹底的にやるとしよう。
僕の言葉が正しいと判断したのか、職員さんに促されて僕と詠さんが退室する。
しばらくすると一人入るように言われたので詠さんが入室し、最後に僕が部屋へと入った。
「それではタダノ。キミはこのバンダナが盗まれたものかどうか分かるかね?」
そう言われて机の上にあるバンダナを手に取る。
このバンダナが本物であるわけがない。
なにせ僕が全て焼いたのだから。
それでも僕はバンダナをまじまじと見て、確信した。
とてもよく出来ている偽物だ。
だが、よく出来ているからこその失敗である。
「これは本物です、間違いありません」
僕の言葉を聞いて、職員さんが驚いた顔をする。
「全員が本物だと言ったな…どうやら本当に細工がされているようだ」
実は僕らにとって全てのバンダナが本物かどうかを調べる方法は無い。
だが本物だと思う要素がある。
それがバンダナに刻まれた僕らの世界の文字である。
このバンダナが粗悪品であれば文字が読めずに偽物と判断したことだろう。
だが、精巧に作りすぎてしまったせいでこのバンダナの刺繍の文字が読めてしまった。
それが美緒さんと詠さんを本物だと誤認させたのだ。
そして異世界の文字を知らない人からすれば、僕らがバンダナの刺繍を見ただけで本物だと判断したという風に見える。
「バンダナの持ち主はミルという名前の子供ですね」
「…それも、前の二人と同じ答えだな」
僕らはバンダナを作る時に、あるルールに沿って作っている。
子供であれば『ちゃん』や『くん』という言葉を名前につける。
大人であれば特徴的な要素を入れる。
例えば『パン屋のフィーネさん』といった具合だ。
「ふざけるな! 俺は盗んでねぇ! 貰ったものだ!!」
椅子に座っていた犯人が大声をあげて立ち上がるが、隣にいた衛兵に押さえ込まれる。
「少なくとも、これが盗品であることは濃厚だ。洗いざらいはいてもらうことにしよう」
「バカ言うな! 前もってそいつらが口裏合わせてただけだろ!!」
まぁそう言われることは予想していた。
どんなバンダナであろうとも、最初からこう答えるようにと言っておけば可能だからだ。
なので、さらに信用を得るために職員さんに協力してもらうことにしよう。
「他のバンダナも見つかったら教えてください。そして複数のバンダナを見ても同じ答えが返ってくるのかを確認すればいいでしょう」
その後、またバンダナをつけていた不審者が何名か連れて来られた。
僕らはそのバンダナを全て鑑定し、その全ての答えが一致していることを証明してみせた。
これで僕らだけが知る細工が施されているバンダナを、この人達が持っていたということが証明された。
「違う! 盗んでない!!」
「俺じゃない!!」
バンダナを持っていた人達は否定しているが、衛兵と職員の人達はもうその言葉に耳を貸していない。
だが、あまりにも必死で訴えかける彼らを見て、美緒さんと詠さんの顔色が少し悪くなっているように見えた。
僕は二人の調子が悪そうなので先に帰りたいことを告げると、職員さんはもしもの時のために衛兵さんをつけてくれた。
それもそうか。
僕らの家で盗みが発生したのだ、僕らが狙われていると思われても仕方がない。
最後に、もう一度だけ犯人の人達を見る。
彼らがエヴァンさんがこの街に潜り込ませた工作員なのか、それとも唆かされただけなのかは知らない。
けれど、そのバンダナを犯罪に利用したということが僕には許せなかった。
生きるために懸命に考えて行動し、築き上げた僕らのハナミズキという象徴を穢されたように感じたのだ。
僕の胸の奥から黒い感情があふれ出てくる。
あまり気持ちのいいものではない。
もっと上手くやれば、相応しい罰を与えられたかもしれない。
そして僕は頭を振ってその考えを否定する。
僕は嘘をつくし、人も騙す。
例え悪人だと指をさされたとしても、それは仕方がない。
だけど、自らの感情のままに人を食い物にするような怪物にはなりたくない。
だから僕は生存手段としてだけ人を騙す。
自らの欲求を満たすためのものではない。
僕は、悪人でもいい。
怪物になるよりも、悪い『人間』でありたいのだ。
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