17話目:変装人タダノくんの災難
オオガネ教にはいくつかの役職がある。
けれどチュートの街にいるシスターや神父には役職がない。
つまりその街の教会を任されている人物であっても、役職は与えられないということだ。
だが、先日この街に『真鍮』の役職を持つ人がやってきた。
その役職がどれだけの意味を持つのかは分からないが、街の教会を任せられている人でさえ役職がないことを考えると、かなり偉い人であることが分かる。
どういう目的が来たのかは分からないが、下手に接触して今の僕らの状況が変化するのは避けたい。
皆にそれとなく注意して、僕はその人について調べることにした。
手首のバンダナを外し、服装も全く違うものに変える。
髪も軽く整えて鏡を見ると、普段の僕とは違う自分がそこに居た。
人というのは何かしら強調されている部分で人を覚えているものらしい。
なので、ここまで変えれば僕をタダノと認識できる人はそう居ないだろう。
だけど声で僕だとバレる恐れもあるので、できるだけ誰とも喋らないようにして街の声を聞くことにした。
教会に行くといつもは見ないはずの人たちが見えた。
神殿騎士というものだろうか、三角帽子をかぶったコート姿の人達がいた。
腰には警棒のようなものが差してあり、実際に使ってついたであろう傷が見えた。
つまり示威目的ではなく、実戦などを見据えた人達を連れてきたということだ。
オオガネ教の権威を示すならばもっと見栄えがある人達を連れてくることだろう。
だが、この街に暴力装置として機能する兵隊を連れてきたということは違う意味を持つ。
何かを排除したいのか、それとも何かを手に入れるためなのか、少なくともあまり良い事ではないことは確かだ。
「あの…少しよろしいですか?」
次に僕は思い切ってその人達に話しかけてみた。
この人達はこの街に来たばかりなので、僕のことを知らないはずだ。
ならば、変装している今こそ話をして情報を手に入れられるかともしれないと踏んだのだ。
だが、僕が声をかけても一言も喋ろうとしなかった。
目だけ僕に向け、顔で教会の方へ行けと促したのだ。
こういうタイプの人とは、とても相性が悪い。
話せば分かるという言葉があるが、相手が喋らなければどうすることもできない。
僕だけが話して僕という人間を印象付けるという手もあるのだが、戦うことを生業をしているであろうこの人達を相手するには大きなリスクが伴う。
仕方がないのでお布施箱にお金を入れて教会の中に入る。
いつもはお年寄りや年配の方がいるはずの教会には、商家の人とその従業員の人達が列をなしているのが見えた。
新たな商機か、それとも首都への繋ぎを取りたいのか、やはり『真鍮』の役職を持つ人が来たことは色々な意味を持つようだ。
とはいえ、もしかしたらビジット商家の人もここに居るかもしれない。
バレないように変装はしているものの、万が一バレると面倒なことになるので早足で教会から出て行くことにした。
家に戻った僕はいつもの服装に着替えて、いつものように手首のバンダナを巻く。
そして行政所に向かい、いつもの役員さんと話す。
「教会がいつもより騒がしいんですけど、この街で何か起こるんですか?」
「…それは我々ではなく、教会に尋ねることです」
つまり、行政所としては何も関わっていないということだろうか。
もしくは言えない理由があると考えるべきか…。
その後も何かしらの情報がないかと聞いてみたが、何の成果も得られなかった。
ちなみにあの教会の神殿騎士のような人達は問題ないのかと聞いてみたが、そこに違法性などはないらしい。
まぁ元の世界でも政治と宗教が深く関わっている時代の方が多かった時があるのだから、宗教が武力を持ったとしてもおかしいことではないのだろう。
その日の夜、皆に軽く情報の共有と僕の予想を伝えておいた。
教会にお偉いさんが来ていること、実戦を経験しているであろう兵隊が教会に詰めていること、そしてこの街に来ている理由が不明なこと。
これだけ言えば流石に不用意に教会に近づくことはないだろう。
「僕の予想だけど…多分、街の再開発を計画してるんじゃないかな」
「再開発って何をするんだ?」
「区画の整理だったり、スラム街のような場所を整理してそこに何か建てるつもりとか?」
ここら辺は予想なのでさっぱり分からない。
というよりも、情報が少なすぎてほとんど当てずっぽうだ。
「オオガネ教の偉い人がくるのに行政所の人が知らないっていうのはあんまり考えられないし、そうなると言えない理由があると思うんだ。それで一番考えられるのが街の再開発かなぁって」
「その神殿騎士って、街の再開発に何の役に立つの?」
「元の世界でもあった地上げとかそういうのに使うのかなぁって。信仰と暴力って本当に怖い力だからね」
「こわっ! 異世界なのにヤクザがいるのかよ!」
ヤクザとは言いえて妙だ。
末端の構成員を使い捨てにしているところも特に。
「まぁそんなわけで、何かあっても関わらないようにしよう。怖いし」
「なぁ、俺達は大丈夫なのか? ほら…この家だって借り物なんだし…」
「そこは大丈夫だと思うよ。少なくともこの家はビジット商家のものなんだし、あっちから手を出すのは考えにくいかなぁ」
立地もそこそこいい場所だし、再開発で手を入れるならもっと他の場所にすることだろう。
まぁ何かあったとしても交渉などをするのはタイラーさんだ。
僕らには係わり合いのない事だし、何かあってもまた適当な場所に住居を移せばいいだろう。
数日後、僕は自分の浅はかな考えを後悔した。
朝、目が覚めて支度をしていると玄関から誰かが訪問した時になる鈴の音が聞こえた。
こんな時間に来るなんて一体何処の誰だろうかと思って扉を開けると、そこには金糸の刺繍が入ったコートのような服を着ている男性がいた。
髪はウェーブがかかっており、細めの目でありながら穏やかな口元をしている。
後ろで神殿騎士が控えていることから、『真鍮』の役職を持つオオガネ教のお偉いさんだということが予想できてしまった。
「突然の訪問、失礼いたします。こちらにミズキという方がいらっしゃるとお聞きいたしまして、尋ねさせていただきました」
「は、はい…水城さんなら確かに僕らと一緒にここで住んでおりますが、どのようなご用件かお聞きしてもいいでしょうか?」
僕がそう言うと、その人は安心させるような笑顔で心が凍るような言葉を投げかけてきた。
「少し、お話をしたいと思いまして」
古今東西、そう言われてただの話だけで終わったことがあっただろうか。
これが訪問販売なら扉を閉めて回れ右をするところだ。
しかし権力も何も無い、一握りの善意だけを持つ僕らには断れなかった。
「その…おもてなしが出来る部屋がそこまで大きくないので皆さんが入れるかと言われますと…」
「ご安心を、付き人として一人以外は外で待たせますので」
そう言ってその人が手を振ると、コートを着た集団が門に背を向けて周囲に散らばった。
まるで僕らを包囲しているかのようだ。
よほど外部からの干渉を嫌っているのか、これでは誰もこの家を訪ねることはできないだろう。
僕らの家が一瞬で監禁部屋になったかのような錯覚を覚えながら、客室へと案内する。
少しのお話だという建前なら玄関先で対応してしまおうかとも考えたが、お偉いさんにおかしな対応をしては心象を悪くするだけである。
そこを相手を付け込まれる可能性もあるため、ただただ無難な対応をせざるをえない。
客室に案内したあとは皆に軽く事情を説明して、水城さんと一緒に客室に向かう。
ちなみに朝ごはんは食べずにすぐに来るようにお願いした。
途中でお腹が鳴れば、相手側にそこで話を終わりだと打ち切らせるためだ。
この話し合いに実りがあるかは別として、問題が起きないことだけを切に願った。
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