16話目:背信者タダノくんと演奏会
今、僕は行政所にいる。
何故かといえば媚を売るためだ。
媚を売るといっても行政所には規律を重んじている人達が勤めているため、賄賂のようなものを贈っても逆効果だろう。
なので、ちょっと変化を加えた方法にしてみた。
「タダノ、我々はそれを受け取ることはできない」
個人や集団から何かを受け取るとなると癒着を連想させてしまう可能性があるのだろう、こちらの贈り物を中々受け取ってもらえない。
「ここは税によって運営されている。不足しているものがあるならばそれは税によって賄わなければならないし、それを報告する義務がある」
「分かりました。ならば行政所で働かれている皆様のためのものではなく、ここに来る方のためのものであればどうでしょうか?」
そう言って僕は箱を開けて中身を取り出す。
今回、僕が持ってきたものは座布団だ。
綿がなかったので中身は羽毛なのだが、それでも充分にクッションとしての役割を果たせる。
僕は取り出した座布団を木の椅子に敷いて、デモンストレーションのようにその上に座る。
「これなら職員の方への贈り物ではなく、ここを利用する人の為の物となると思いますが」
「確かにそうだが…」
職員さんが言葉を濁す。
国によって運営されている行政機関だ、裏が無いかなど色々と勘ぐってしまうのだろう。
「ご安心ください。これを売りたいとか、何かを融通してほしいというわけではありません。固い木の椅子に座る人達の助けになればそれでいいんです」
僕らはあくまで自分らのイメージアップさえできればそれでいい。
まぁ座布団を敷いただけでどうかという感じもするが、実は裏側にハナミズキの刺繍が入っていたりする。
それを見て僕らを連想してくれれば良し、何も無くても贈り物をしたという実績があればそれで充分だ。
だが、それでも職員さんは中々首を縦に振らない。
「そこまで気になるのでしたら、責任者であるハン様に聞いてみるのはどうでしょうか?」
険しかった職員さんの顔がさらに険しくなる。
前に忙しいから取り次げないと言っているのだ、座布団についてわざわざ聞くなどできるはずもないだろう。
「分かった、許可しましょう。ただし、検品だけはさせてもらおう」
「はい、それで構いません。ありがとうございます」
中に針でも入っていたら大問題だ、それくらいなら全然構わない。
裏側の刺繍も見られたが、少し目を細められただけで何も言われなかった。
恐らく男子も刺繍に加わったのが良かったのだろう。
ハナミズキを意識したものの、よく分からない図形と記号になっているものもあるからだ。
その後、いくつかの木の椅子に座布団を敷いて僕は行政所を後にした。
ちなみにこの後の予定は一切考えていない。
いや、やるべき事はいくらでもあるのだろうが、今すぐにやるべきことが無くなった。
今までずっと義務感や使命感に駆り立てられて行動していたせいか、急に出来た余り時間に困惑してしまう。
不安なのだ。
今までずっとこの世界での生活基盤を作るために走り続けてきたが、今ここで止まることが怖いのだ。
本当に何もしなくていいのか、何か見逃していることはないか、もしかしたら今なにか起きているんじゃないかという不安が頭の中で駆け巡る。
誰かに相談しようにも雅史くんはタイラーさんの所で働いているし、美緒さんに話すのは恥ずかしい。
男の子だからね、クラスの女子にそういうのを話すのはちょっと無理かなって。
そうして色々と考えた結果、僕は今オオガネ教の教会にいる。
ち…違うんだ…別に神様にすがりたくなったとかじゃなくて、ちょっと観光目的で来たというか…。
自分で自分を弁護して、悲しくなってしまう。
とはいえ、せっかく来たのだから入り口にあるお布施箱にお金を入れて中に入る。
教会の中に入って長椅子に座り、ふと気付いたことがあった。
入り口のお布施箱、神社の賽銭箱と似ているのだ。
いやまぁたまたま似ているだけなのかもしれないが、それでも気になるものは気になる。
そもそも、この世界に来たのが本当に僕らだけなのだろうか?
実は他の人もこの世界に来ていたりするのではないだろうか?
一人でブツブツと独り言を話しながら周囲を見渡してみるが、確証になりそうなものは見つからなかった。
なので、懺悔ではないが教会内にいた金色の長髪がトレードマークの線が細いシスターにお布施をして話を聞くことにした。
このオオガネ教の起こりは遥か昔の神話の時代であると切り出されたが、最初からこの宗教があったとは考えにくい。
何故なら、このオオガネ教は通貨を教義に盛り込んでいるからだ。
少なくとも、ある程度の社会性が無ければ通貨という制度は生まれてこないはずだ。
いや、それもおかしいのか?
ここは異世界なのだから、それでもおかしくないのではなかろうか?
シスターは神より授けられし叡智と言っていたが、もしやその神が別世界の人間なのかもしれない。
だがその人が僕らの世界の人なのか、それともまた違った世界の人なのか、次から次へと疑問が生まれていく。
色々と話を掘り下げて聞いてみたのだが、シスターもまだ勉強中ということであまり詳しい内容は聞くことができなかった。
ちなみに、興味があるならあなたもオオガネ教で働いてみませんかと言われたが、丁重にお断りした。
場合によってはオオガネ教を乗っ取ることも視野に入れていたが、今の状況でそんなことをしてもリスクがあるだけである。
ただ、教会の中にあるピアノには興味があった。
あれを弾いてもいいのかと聞くと、遠まわしにお布施を要求された。
渋々と渡しては変な気があると思われそうなので、笑顔で渡して教会を後にした。
シスターからは弾かなくていいのかと聞かれたが、あとで友人を連れてくると言っておいた。
これであのピアノの代金は先払いしたので、いつ弾いても文句は言われないだろう。
というかここまでお金を取られることにちょっとムカっときていた。
なので、ここはちょっとイタズラを企むことにしよう。
その日の夕食、皆が集まった時に教会について話をした。
「俺達以外の転移した人か…」
「今まで考えもしなかったよね」
男子も女子も色々と考え込んでいるが、正直そこら辺はどうでも良かった。
居ても居なくても僕らにはどうすることもできないのだから。
いや、現代知識で権力を簒奪して大陸を戦火で染めるとか考えている人であれば全力で逃げるんだけどね?
「まぁもしもそれっぽい人が居たり手がかりがあったら教えてってことだから、そこまで深刻に考えなくていいよ。それよりも…」
「それよりも?」
「ピアノを弾ける人っているかな」
突然の話題の変更に、皆があんぐりしている。
「今度はピアノで演奏会でもするつもりなの?」
「いや、せっかく教会でお金を払ったんだから、ちょっと元の世界の曲を弾いてくれないかなーって…」
皆のおかしな奴を見る視線で気まずくなり、誤魔化すように頭を掻く。
これだけ人数がいるんだし、誰か一人くらいはいるかと思ったがダメそうであった。
「あ、私ちょっとだけなら弾けるよ!」
そう言って水城さんが手をあげてくれた。
よかった、これで無駄金を使ったって皆に怒られることはなさそうだ。
「でも、ピアノなんて何年も触ってないからちゃんと弾けるか分からないよ?」
「それでもいいから! 演奏会とかそういうちゃんとした奴じゃなくて…そう、子供達に聞かせるためだと思って!」
子供をダシにして水城さんを説得する。
どうしようかと悩んでいる水城さんに、それを拝み倒している僕。
そして何かいかがわしいことを企んでいると勘違いして刃物を研ごうとする男子に、それをしばく女子。
てんやわんやな夕食になったが、最終的に皆で一緒に子供達を連れて小さな演奏会にしようということになった。
急遽決まった演奏会に水城さんがあたふたとしている。
どんな曲がいいか、失敗したらどうしようかと女子たちと話している。
それに対して男子達は僕への査問会を開いている。
下心はないかという問いに対して『ちょっとある』と答えると、『健全な男子高校生が持つ下心がちょっとでたまるか!』と言われて制裁を加えられる。
ちなみに制裁の内容は衣服の強奪だ。
異端審問のような空気のまま僕への査問は進み、最終的にはズボンまで剥ぎ取られそうになった。
社会的な命の危機を感じて部屋へと逃げた僕は、しっかりとカギをかけてベッドで横になった。
カギをかけた扉の隙間から男子の怨嗟の声が漏れていたが、聞こえないフリをして布団の中に潜った。
翌日、クラス男子と子供達だけ先に教会に行くことになった。
クラスの女子はなにやら準備があるということだが、ピアノを弾くのに何の準備があるのだろうか。
仕方がないのでクラスの女子が来るまで僕らは子供達の面倒を見ていることにしたのだが、一部の男子はシスターにお金を払って話をしている。
いかがわしいお店じゃないから別にいいんだろうけど、気がついたら沢山お布施をしている状況になるかもしれない。
大丈夫だと思いたいが、それはそれとして不安なので僕がサイフを預かっておくことにしよう。
小さな男の子達は活発に動き回るので教会の外で雅史くんと一緒に遊んでもらい、女子たちは僕と一緒に教会の中を見て回っていた。
建築に詳しければ色々と解説できたかもしれないのだが、そんな知識は一切無い。
女の子達がステンドガラスを見て『綺麗だねー』と言っても『そうだねー』としか返せない。
お願いです女子の皆様、早く来てください。
このお年頃の女子と何を話せばいいのか、僕には全くわかりません。
そんな僕の祈りが通じたのか、入り口から雅史くん率いる男の子とクラスの女子たちが入ってくる。
そこには前に作ったサマードレスを着た水城さんが居た。
「うぅ…やっぱり恥ずかしいよ」
「なに言ってるの、茜ちゃん!いま着ないでいつそのドレスを着るのよ」
どうやら演奏会ということで、ちょっとしたおめかしをするために時間がかかっていたらしい。
いつもの学生服と現地の服を組み合わせた格好ではないため、新鮮な感じがする。
教会の中にいた他の人達も水城さんの姿を見て感嘆の声をあげている。
クラスのヒロインは異世界でもマドンナとして扱われるらしい。
ふと、見覚えのある花が髪に飾られているのを見つけた。
「あれ、それって…」
「あ、ごめんね。美緒ちゃんがこういうのも必要だって言って、花瓶から勝手に花を取ってきちゃって…」
子供達から貰った花を捨てるのが勿体無いから僕が花瓶に入れて家で飾っていたのだが、こうやって使われるのであれば花も本望だろう。
「ううん、似合ってるから」
「そ、そう? 本当に?」
水城さんが照れくさそうにし、小さな女の子達がさらにはしゃぎたてる。
「みずきおねーちゃんきれー!」
「かわいいー! それ、あたしのおはな!」
子供達からの表裏の無い褒め言葉で水城さんは嬉しそうな顔をしている。
そして僕の背後にいるクラスの男子達はそれとは対照的に無表情になっている。
「これは裏切りだろう…」
「執行猶予もいらんやろなぁ」
まずい、このままでは教会内で異端審問どころか処刑まで執行されてしまう。
死刑はないと思うが私刑は充分にありえる。
「み、水城さん! そろそろピアノに!!」
「うん、ちょっと待っててね!」
そう言って水城さんが小走りでピアノに向かう。
それを見て僕らもピアノの近くにある長椅子に座る。
両端を子供でガードしようとしたのだが、クラスの男子達に挟まれてしまった。
恐ろしい威圧感と空気が僕を潰そうとしている。
今、僕の味方は僕の膝の上に座っている小さな女の子だけである。
だが、その小さな味方の視線はピアノに釘付けである。
つらい。
そんな空気の中、水城さんによる演奏会が始まった。
最初は幼稚園でも聞くような有名な曲から始まり、次の曲から次の曲へと綺麗につなげられていった。
初めて聴く曲なのだろう、子供達はくちを大きく開けて聞き入っている。
クラスメイトの皆も静かに曲を聴いており、何人かの女子はちょっと瞳を潤ませていたように見えた。
どれだけの時間が経っただろうか、子供の小さなお腹の虫の声が聞こえたので、そこで演奏会はお開きとなった。
「皆、ごめんね。久しぶりだったから止め時が分からなくてずっと弾いちゃった」
「すごーい! すごーい!」
「感動したよ、茜ちゃん! これなら世界も取れるんじゃないの!?」
「あはは、大袈裟だよ美緒ちゃん」
小さな演奏会の観客は、みんな手放しで彼女を褒め称えた。
それどころかいつの間にか教会に集まっていた色々な人が彼女に拍手を送った。
ドレスに身を包んで花の香りを漂わせるその幻想的な姿に心を打たれた人も多くいることだろう。
人々の心に感動という名の聖水を注ぎ込んだ水城さんは、今まさに聖女<アイドル>となったのだ。
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