14話目:相談屋タダノくんの未来
宗教と懺悔というものは切っても切れない関係だと思う。
人は生きていくだけで様々な罪や悩みを背負うものなのだから。
それならハナミズキの集まりにもそういう役割が求められるのも不思議ではない。
ちなみにハナミズキ教だとオオガネ教と真っ向から対立しそうだったので、集まりと呼称することにした。
そんな僕らが今やっていることは、苦悩する人達の懺悔を聞くことであった。
「パンの売り上げをもっと伸ばしたいんだけど、どうすればいいかねぇ?」
よくお世話になっているパン屋のフィーネさんからの話を聞く。
懺悔というか、ただの相談である。
「新商品の開発とか…」
「新しいパンって大体値段が高くなるもんだけど、大丈夫かねぇ」
「話題性で買ってもらうことが重要なので、期間限定で販売してそれを毎月やるっていうのはどうでしょうか」
日本人は限定という言葉に弱かったが、異世界の人達も限定という言葉に弱いのだろうか。
まぁ新しいパンを出せば注目は集まるだろうから、それでついでに他のパンも一緒に買ってもらえれば御の字だろうか。
一応自分の私見が入ったピザパンらしきものの概要を話してみたら、厨房を借りるといって部屋を出て行ってしまった。
ちなみにここは僕らの家の大広間である。
ちょっと試しに相談室みたいのを開催してみようということで前日に告知してもらったのだが、思いのほか人が集まった。
色々な人が集まり、椅子やらテーブルを引っ張りだしてきたせいでただの集会所みたいな雰囲気になっている。
僕のテーブルが空いたのでようやく一休みできるかと思ったのだが、また新たに人が前に座ってきた。
「最近、運が悪くて…」
よく見たら前に事故で木材を落とした人であった。
名前は覚えていないが、この状況で聞くこともできないのでなんとか名前を言わずに相談を解決するしかない。
「運が悪いというのは…?」
「仕事でよくミスが起きたり、階段で転んでしまったり…」
それは疲れているのではないですか、と言おうとしてその言葉を飲み込んだ。
こういうのは事実かどうかよりも、説得力と納得力が必要なのだ。
どれだけ正しい事実を分析したところで、相手がそれで納得しなければ意味がない。
どうしたものかと考えて、断りを入れてから席を立つ。
それから女子から許可をもらって、ある物を持って戻った。
「これは…?」
「僕らで作ってみた小さな幸運という香水です。これを寝る前にかけてみてください」
「それで僕の不幸が改善されるんですか!?」
「完全に…というわけにはいきませんが、ある程度は緩和されるはずです」
嘘である。
だが理由のある嘘だ。
ネガティブになるとドンドン落ち込んでいくタイプの人がいる、この人もそうなのだろう。
大したことのない失敗でも大袈裟に受け止めてしまい、そのせいで身体が萎縮してまた失敗する。
なので、その連鎖を断ち切るために何かポジティブな要素を与えようという試みだ。
ちなみにこの香水は女子の手作りのものであり、香りのいい花を使っていたりする。
リラックス効果も期待できることだろう。
「本当に大丈夫でしょうか…?」
「まぁ騙されたと思って一度試してみてください」
そう励ましてみたものの、あまり効果は無さそうに思えてきた。
部屋から出て行く彼の姿を見送ると、入れ替わりでフィーネさんが戻ってきた。
試作品が出来たということでそれを口にしようと思ったが、その前に尋ねることがあった。
「さっき入れ替わりで出て行った方、知ってますか?」
「あぁ、モーランのことかい?」
どうやらモーランというらしい。
香水一つで意識が変わらないなら他の方法も試そうということで、フィーネさんに一つお願いをする。
「モーランさんがそちらのお店に来た時、こっそりオマケしてもらえませんか?お金はこっちで出すので」
「お金を出すなら別にかまわないけど、それなら直接渡してやればいいんじゃないかい?」
「いえ、あくまで偶然というかちょっとした幸運ということにしておいてください」
僕がお願いしたからオマケが増えたというのでは意味がない。
あくまで香水の効果であることを意識してもらわなければならないのだから。
マッチポンプのような形になったが、誰も不幸にならないなら別にいいだろう。
まぁそれはさておいて、この世界初のピザパンの試食である。
チーズと野菜がのっているパンを頬張り、咀嚼する。
「どうだい?いけるかい?」
「…何かが足りないですね」
なんだろうか、具材の問題か?
それともパン生地か?
それともチーズが違うのか?
色々と考えてみたが全然分からない。
こういう時は女子に聞くに限る。
隣にいたA子さんのテーブルに移動して、食べてもらう。
前の貸家で泣いてしまい、水城さんに慰められていた人だ。
長い前髪のせいで表情はあまり見えないが、あの時よりかは元気になっている気がする。
何度も味わうように噛み、そして飲み込んだ。
はたして彼女はこのピザパンに足りないものが分かるだろうか。
A子さんの次の一言をじっと待っていると、その口が開かれた。
「ごめん…恥ずかしいからちょっと見ないで…」
あぁ、うん…女性は食事シーンをじっくり見られると恥ずかしいよね。
ちょっとデリカシーが欠けていた自分に反省しつつ、彼女の言葉を待った。
「これ…ケチャップが入ってないけど、それでいいの?」
「それだ!」
そういえばケチャップの存在をすっかり忘れていた。
とはいうものの、この世界でケチャップは作れるのだろうか?
元の世界じゃ手軽に買えたものだし、作り方を学校で習うこともなかった。
「ちなみに、ケチャップの作り方って知ってる…?」
「ごめんなさい、知らないです…」
そうだよね、今までずっと買えばよかったものだもんね。
わざわざ作ろうとする人はいないよね。
まぁいきなり向こうと同じ完成度のものを目指そうというのが無理だったのだ。
取り合えずはすり潰したトマトなども入れるなどして様子を見てもらうことにしよう。
僕はA子さんにお礼を言って自分のテーブルに戻ろうとしたのだが、それを小さい手が引き止めた。
視線を下に向けると、子供達が居た。
「タダノー、タダノもやろー」
何のことかと思ってA子さんのテーブルを見ると、色々なカードが置いてあった。
「トランプ勝負?」
もしかして、A子さんはこう見えて賭博に強かったりするのだろうか。
前髪で顔が隠れているから、ポーカーフェイスのために狙ってあの髪形にしてるのだろうか?
「ち、違うよ。占いだよぉ」
違うらしい。
そうだよね、大人し目なクラスのあの子が実は博徒だったとか、漫画とかの世界だよね。
…異世界で現代のイカサマ技術をフル活用して成り上がりを目指す漫画とかいいんじゃないだろうか?
元の世界に戻ったらちょっとそういうお話をSNSに書いてみるのもいいかもしれない。
「あたし、じょーおーさまだったー!」
「ぼくはせんしゃ!」
言葉の内容から察するに、タロット占いのようだった。
女子は占い好きという先入観はあったが、タロット占いとは本格的である。
「こういうの詳しいの?」
「その…好きだったから、ちょっとだけ…」
A子さんが照れくさそうに顔を伏せる。
恥ずかしがるようなことでもないと思うのだが、やはり高校生にもなるとそういうメルヘンな所は隠したいのだろうか。
深く追求するのもアレなので、子供達に引っ張られるがままに席に座る。
タロットカードをきるA子さんの手首に巻いてあるバンダナを見て名前を確認すると『詠』と書かれていた。
『えい』とも読めるので、これなら間違ってA子さんと呼んでも大丈夫そうだ。
いや、前に美緒さんをB子さんって呼んだんだし多分名前を覚えていないことがバレてしまう。
名前を記憶に定着させるためにこれからは名前で呼ぼうと確認したが、そこまで仲良くない男子からいきなり名前で呼ばれるというのは怖いのではなかろうか。
しかし、苗字の方は巻かれている手首の内側にあるせいか見えない。
なんとか目をこらして見ようとするが、子供達から非難の声が飛んできた。
「タダノのえっちー!」
「いやらしー!」
「えっ!?」
どうやらずっと手元を見ていたせいで、違うところを見ていると勘違いされたようだ。
A子さんがその声を聞いて胸を抱くように腕で隠してしまう。
「ち、違うからね? 手つきを見てただけだからね?」
「やっぱりやらしー!」
どうやら子供にとってはそれもアウトらしい。
そうなると僕はどこに目を向ければいいのだろうか。
「あの…カードを2枚選んで…」
気がつくとテーブルには裏になったカードが並べられていた。
まぁあまり占いは信じていない性質なので、右手と左手で取りやすいものを選んでめくった。
「正位置は…吊るされた人、逆位置は隠者だね」
タロットカードは見たことがあるが、それがどういう意味を持つのかはさっぱり分からない。
そんな僕を察したのかA子さんが説明をしてくれた。
「吊るされた人は、自己犠牲だったり服従だったりだね。隠者の逆位置は、愚かさだったり未熟であることを意味してるの」
あまりいい意味ではないことはよく分かった。
「そ、その…皆のために一生懸命に頑張るいい人ってことだよ? ただ、ちょっと失敗しそうになるだけで…」
まぁ僕は占いをそんなに信じていないのでそこまで気落ちしてない、本当だ。
さっきから子供達になじられているが、僕は気にしていない。
「これが今までのタダノくんで、次が未来のタダノくんを占うものだよ」
そういってA子さんは再びカードをきってテーブルに並べる。
占いの要素というものは、基本的には誰にでも当てはまるものだ。
だからどんな結果が出たとしても、数割くらいはどんな人にも当てはまるのが普通だ。
とはいえ、流石に少しくらいは明るい意味のあるカードを引きたい。
次は適当ではなく、しっかりカードを選んでカードをめくる。
「正位置は、審判。覚醒とか、変革…新しい何かに目覚めるって意味だね」
どうやら未来の僕は過去の失敗を生かしていくタイプのようだ。
いや、占いはそこまで信じていないんだけどね。
「逆位置は…月。小さな嘘や失敗、あと女の人に気をつけないとダメだね」
それなら大丈夫そうだ。
特に女の人に気をつけると言われたところで、僕に話しかける女性はあんまりいない。
最近は美緒さんがよく話しかけてくれるけど、色恋とかの空気は一切無いのだから。
占いが終わったので席を立とうとすると、A子さんが持っていた審判のカードから一枚のカードが落ちてしまう。
どうやら裏側に張り付いていたようだ。
「えーおねーちゃん、どーぞ!」
「うん、ありがとうね」
子供からカードを受け取ると、その彼女の顔が一瞬固まったように見えた。
「…ど、どうしたの?」
「その…いま拾ってもらったカードが…」
カードを裏返してこちらに見せてくれる。
そこには死神の絵が描かれていた。
「ちなみに、意味は?」
「離別とか、終わり…よくない意味が多いかな…」
申し訳なさそうな顔をするA子さんを背にして自分の席に戻る。
うん、大丈夫!僕は信じてないから!
もし本当だとしても、未来の僕がなんとかしてくれるはずだ。
占いではなく未来の僕を信じよう。
その後もお茶を飲んだり駄弁ったりして過ごしていった。
ちなみに飲み物や家具などはタイラーさんからの差し入れだったりする。
正確には試供品であり、この家に来る人へのアピールのために持ってきたらしい。
あと子供が結構遊びにくるので、耐久力のテスト場としても使われたりする。
うん、僕らが思いもしない方法で道具を使ったりしますもんね。
ちょっと目を離してる隙に家具で建築ごっこしてたりしますし。
夕暮れになるとポツポツと人が帰っていった。
そして広間の片付けをしているとクラスの皆が戻ってきた。
そこにはウキウキした顔で大きな荷物を持った水城さんも居た。
「それ、どうしたの?」
「これ? ふふふ、いま見せてあげるっ!」
そう言って箱を開けると、中からは厚手のサマードレスが何着も出てきた。
「前々からほしかったから、皆の分を作ってみたんだ。どう?」
そう言って皆にドレスを渡していく。
僕にも手渡されたので見てみるが、ちゃんと作りこまれているように見えた。
「凄いね、こういうのって自分で作れるものなんだ」
「ちょっとずつ作っててね、今日ようやく出来たの」
嬉しそうに話す水城さんを横目に、雅史くんが神妙な顔をしていた。
どうしたのかと不思議に思い、聞いてみる。
「どうしたの? なにかおかしなところでもあった?」
「いや、すげーちゃんと出来てるよ。凄いと思うよ? だけど…」
だけど、どうしたのだろうか?
何か問題があるのだろうか?
「皆の分ってことは…これ、男子の分も入ってるってことか?」
ピシリと、広間の空気が凍った。
水城さんが持ってきたサマードレスは10着、転移してきたクラスメイトも10人。
つまりこれは…着ろというお達しなのか!?
「お、俺は嫌だぞ! どうして異世界で女装しなきゃなんねぇんだよ!!」
それを聞いて男子達が激しく首を縦に振って肯定する。
僕もそのうちの一人だ。
僕は線が細いタイプだが、それでも女装できるような顔や体つきはしていない。
どう取り繕っても変態さんになってしまう。
「しょーがないわねー! 私が貰ってあげるわよ」
そういって美緒さんが雅史くんの持つサマードレスに手を伸ばすが、その手が払われる。
「は? なんでお前にやらなきゃなんねぇんだよ」
「あんたそれ着る気なの? そこまで頭に陽気が差してんの?」
突然始まった雅史くんと美緒さんのバトルは置いておいて、どうしたものかと頭を悩ませる。
そうすると丸山くんがいい案を出してくれた。
「プレゼント用に持っておくっていうのでいいんじゃない?」
それだ! という感じで皆で丸山くんのアイディアに賛成した。
ちなみに本名は分からない、体型から丸山くんと勝手に名づけただけである。
今度バンダナを見て名前を覚えておくことにしよう。
この案は思ったよりも良さそうなものだ。
何故ならこのサマードレスを着ている人を見かけた場合、男子の誰かがその人に好意を向けているということが分かるからだ。
逆にいえば羞恥プレイになりそうな気もするが、同じ女性に複数の男子がアタックをして一人が敗北者になるということは防げそうだ。
男子の皆はこのサマードレスを大事にしまうことにした。
いつか誰かにプレゼントするために。
ちなみに雅史くんのサマードレスは美緒さんに奪われた。
美緒さんはそのドレスを着ることで自分が雅史くんのお手つきになったということをアピールすることになるのだが、それに気付くのはいつ頃になるのだろうか。
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