第11話:強請屋タダノくんの不調
雅史くんをビジット商会に身売り…ではなく試用期間として奉公に行かせることになって色々と不安ではあったのだが、特に問題などは起こらなかった。
「ねぇ、仕事って何してるの?」
「ん? 別に大したことは任されてねぇよ。倉庫の中に物を入れたり出したり、あとは記録をつけたりするだけだからな」
クラスの女子や男子からどんな仕事をしたのかを聞かれたが、雅史くんは何でもなさそうにそう答える。
「いや…それって結構重要な仕事じゃない?」
商家にとって倉庫の管理は大事な仕事であるはずだ。
もちろん帳簿などを管理するよりかは下かもしれないが、それでもいきなり任せられるような仕事でもないだろう。
「けど他にも人がいるし、俺って要らないんじゃないかな~って思うんだよなぁ」
「ダブルチェックって意味でも複数の人がいることが前提だから、気にしなくていいと思うけど」
まぁ新参者である雅史くんにいきなり重要な仕事を任せても、前から働いている人が快く思わないだろうから今の状態でも充分だろう。
とはいえ、このままでは遣り甲斐が無くてやる気が落ちそうなのでちょっとだけアドバイスする。
「例えば指示された仕事だけじゃなくて、他の仕事を探したり作るって手もあるよ」
「えぇ? でも勝手にやったら怒られるだろ」
「もちろんだよ。だからちゃんと仕事を効率的にするためにこうしてはどうですかって聞いたりして、許可をとるんだよ」
「う~ん、確かに非効率だったりおかしな所があるからな。よし、明日からちょっと試しにやってみるわ」
そう言ってその話はここで終わった。
ただ、これが凄まじい結果に転がっていくとは夢にも思わなかった。
数日後、雅史くんが真っ青な顔をして貸家に戻ってきた。
どうしたのかと聞くと、大失敗をしてしまったとのことらしい。
「すまん、やっちまった…まさかこんなことになるなんて…」
「落ち着いて、雅史くん。僕も一緒に謝りにいくから、取り合えず何があったら教えてくれる?」
数字をミスったとか、手順を間違えたとかそういう失敗だろうか。
初めての大人との仕事なので、小さな失敗を重く受け止めてしまっただけならばいいのだが。
「実は商品は箱に梱包されてるんだけど、たまに重さが違うんだよ。だから何かあるのかと思って勝手に箱を開けてさ…」
あぁ、それはちょっといけないことかもしれない。
流石に壊して開けたとは思わないが、先に許可を取るべきことだった。
「そしたら中にワインが数本入ってるんだけど、底の方に違うものもあったんだよ」
ここでちょっと話の雲行きが怪しくなってきた。
ワインが入っているはずの箱の中に違うものがあったということは、それはもしや…
「何個か箱を開けるとたまにワインの本数も違ってたから、タイラーさんに相談したんだよ。箱の数じゃなくて中のワインの本数で管理しなくていいのかって」
「待った! 同じ仕事をしていた人には聞かなかったの?」
「あぁ、ちょうどその人が居なくてな。たまたま様子を見に来てたタイラーさんでいいかなって」
まずい、これは下手をすると雅史くんはヤバイ所にまで首を突っ込んだのかもしれない。
場合によっては今すぐ荷物をまとめてここから去らなければならないことも考慮する必要がある。
「そんで理由を聞かれたからそれを話して、実際に箱を勝手に開けたことも話して…罰として一緒に全部の箱の中のチェックをやらされたんだ…」
うん? どうも話の方向が僕の思っていたものと違う方向に進んでいるように思えた。
「雅史くん、帰る時にタイラーさんから何か言われなかった?」
「しばらくは来なくていいってさ…なんかお金も渡されたから、これって多分退職金ってことだよな? あぁ、やっちまったなぁ…」
あ、これあれだ。
タイラーさんも把握していなかった内部のヤバイ案件を雅史くんが見つけた系の話だ。
お金は口止め料で、今から犯人を探すためにしばらく雅史くんを立ち入り禁止にしておきたいんだろう。
「多分だけど、それ雅史くんが悪いやつじゃないよ。ちょっと問題が見つかったから、それをなんとかしたいだけだと思うよ」
「本当かタダノ? 俺、リストラされたわけじゃないのか!?」
そもそも正式に雇われたわけじゃないのでクビにされるというのもちょっと違うと思うのだが、経歴信仰が幅をきかせていた現代で育った僕たちにとってはそういうマイナスステータスは過敏になってしまう傾向がある。
実際は雅史くんが相手のアキレス腱どころか足を切断できる武器を手にした状態なのだが、わざわざ言うこともないので黙っておくことにした。
「とりあえず雅史くんはまだ気まずいだろうし、明日にでも僕がちょっと事情に聞きにいくよ。だから、僕の代わりにちょっと子供達の相手をしてもらっていいかな?」
「本当か、タダノ!? 頼むよぉ、俺の代わりに謝っておいてくれよぉ~!」
そう言って僕に雅史くんがしがみつく。
必死に引き剥がそうとするが、体格の差もあって全然離れようとしない。
途中、B子さん…美緒さんが僕と雅史くんで掛け算をしていたように聞こえた。
いやきっと気のせいだ。
異世界にきてまでクラスメイトを掛け合わせようとする人だとは思いたくない。
僕の精神衛生上のためにも。
翌日になり、僕の授業の代わりを雅史くんを任せてビジット商家の方に向かった。
何度もやり取りをしていたおかげもあり、門衛の人に緊急でタイラーさんに話したいことがあると話すとすぐに話を伝えてもらえた。
しばらくするとフリンさんが迎えにきて、応接室ではなくタイラーさんの私室へと通された。
「すみませんでした、タイラーさん。雅史が勝手に箱を開けてしまって…」
「いえいえ、お気になさらずに。マサシは充分によく働いてくれていますよ」
タイラーさんの顔はすこし疲れているようにも見える。
それもそうだろう。
誰がいつから密輸の真似事をしていたのかを調べるとなると、迅速に行動しなければならないので休む暇もないはずだ。
「ちなみに、箱にあったものっておかしなものじゃないですよね?」
「まさか! あれはちょっとした高級嗜好品であって、禁制品などではありませんよ」
「そうでしたか、それを聞いて安心いたしました」
まぁそうだろうという気はしていた。
そういうものをこっそり仕入れるとなるとリスクの問題もあるが、それを仕入れる人の罪の意識が大きなハードルになってしまう。
だが逆に言えば『これくらいならいいだろう』と、小さな魔が差すことは大いにありえる話だ。
「話は変わるのですが、関税を誤魔化した場合はどのくらい重い罪になるのでしょうか?」
「本当に話を変えるつもりなのですよね!?」
だって話を変えたってことにしないと答えてもらえないじゃないですか。
恐らくだが、今回タイラーさんの所で起きたものは密輸というより脱税のようなものだと思っている。
ワイン分の税金と嗜好品の税金が違っており、その差額を誰かがチョロまかしているというものだろう。
「街の責任者であるハン様に聞くという手もあったのですが、あるかどうかも分からない罪について聞くためにわざわざ時間をいただくのも心苦しいので」
言外に権力側の味方だということも含める。
ありもしない罪に対して時間は取ってくれないだろうが、あるとしたら絶対に伝えるという確信を主張するように。
僕のスタンスとしてはタイラーさんは味方であるが、権力者側も味方である。
正確には誰かの味方になるのではなく、皆が僕らの味方になるという状況を作りたいのだ。
誰かに味方するということは、誰かを敵にするということなのだから。
「…税に関する罪は基本的に罰金ですが、支払えないとなると投獄もされるでしょうね」
「そうですか、あまり大きな罪ではないのですね。あぁでもそんなことをしたと知られては信用に大きく傷がついてしまいますか」
タイラーさんがしぶい顔をしている。
いま一生懸命に証拠を隠滅しているのか、それとも犯人を捜しているのか、それとも両方なのか。
どちらにしても、傍から見れば権力者と繋がっている僕らにそのことを知られたのは大きな失だろう。
「ご安心ください、タイラー様。商売は信用が命ですからね、もしもそういうことがあっても言いふらしたりはしませんよ。もちろん、僕の友達にもそう言っておきます」
この友達というのがハナミズキ教の人を指すのか、それとも権力者なども含めているのかはタイラーさんの想像に任せることにしよう。
ただ、僕が笑顔を向けるとさらにしぶい顔になったことから、あまり良い想像ではなかったようだ。
「ところで、一つご相談があるのですが」
「…お聞きしましょう」
日が暮れて家に戻り、皆にタイラーさんからの伝言を伝える。
「実は、雅史くんが商品の不備を見つけたみたいなんだ。だから、しばらくは仕事に慣れていない雅史くんは仕事から外れて休んでもらおうって話だったみたいだよ」
「本当か!? 俺がやらかしたわけじゃないのか!?」
うん、キミは何もやらかしてないし商品に不備があったというのも本当だ。
ただし皆が想像しているような不備ではないのだが、それは説明する必要がないので黙っておく。
「それと、商品に問題があったって噂が広がると商売に支障があるから秘密にしておいてほしいってさ」
「そうよね。ちょっと傷がついてるだけで大騒ぎする人をニュースで見たりしたし、わざわざ私達が騒ぐのも不謹慎よね」
これで皆はこの事を言いふらしはしないだろう。
ただでさえタイラーさんにはお世話になっている…ということになっているのだ。
相手の不評を買うようなことはしたくないと思うのが人情というものだ。
「それと今回の件のお礼として、ここよりも大きな家を貸してくれるってさ。もちろんお金はタイラーさんが払ってくれるよ」
「「「ちょっと待て!!」」」
そうだよね、皆からすればこっちの方が重要だよね。
だからこうしてこの話を後回しにしたんだし。
これで最初に話していた商品の不備については頭からすっぽり抜け落ちることだろう。
「もちろん、男女別の部屋で暮らせるみたいだよ」
「マジか! タイラーさん万歳だな!!」
「これで男子のイビキから解放されるわ!」
今まで僕らは男女共同で同じ家に住んでいた。
少し前までは生きていくのに必死だったので男女という意識は低かったのだが、今のように余裕が出てしまうと問題を起こす人が出るかもしれない。
ただでさえ数少ない同郷の仲間なんだ、内部に不和の種は残したくないというのが僕の考えだ。
「というわけで、明日から引越しをするから時間のある人は手伝ってくれると嬉しいんだけど」
「よーし、皆! 俺をあがめていいぞ! 俺のおかげで良い家に住めるんだからな!!」
「昨日までどうしようってピーピー言ってたアンタが調子にのるな!」
ペシリとB子…ではなく美緒さんが雅史くんを叩く。
しかし雅史くんはそんなことなどどこ吹く風という態度だ。
そんな光景を見て、元の世界のことを思い出した。
クラスでワイワイと騒ぎながら過ごしていた日々を。
僕はその輪に入っていなかったけど、それでも見ているだけで楽しかった。
「タダノくん、大丈夫?」
ちょっと意識が飛んでいたのか、水城さんが心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。
「うん、平気。水城さんこそ大丈夫? いっぱい働いてるから大変だと思うんだけど」
「私は大丈夫だよ。それに、皆が助けてくれるもん」
それは良かった。
いくら僕が頑張ったところで、この集団の主柱は水城さんである。
彼女がいなければ、僕らはとっくにバラバラになっていたかもしれない。
「なんだか顔色がよくないし、困ってることがあったら相談にのるよ?」
彼女の真剣な顔を見てノドがつまる。
皆を騙している、人の良心をエサにしている、今も誰かを陥れようとしている。
そんな言葉が出そうになって、寸前で止めた。
「ありがとう。もしも相談したいことがあったらお願いするよ」
嘘だ、相談できるはずもない。
例え他の誰かに僕の本性が暴かれたとしても、彼女にだけはそれを知られたくない。
皆の精神的な支えとするために、そして僕らが生きるために水城さんを祭り上げた。
だけどそれが僕の心をじくじくと蝕んでいた。
水城さんを利用する僕だけは彼女に依存しないように、せめて僕だけは彼女に嘘をつき続けなきゃいけなかった。
それこそが、『良い人』であった彼女を『良い人』であり続けるよう追い込んだ僕への罰だからだ。
僕のお願いするという言葉を聞いた水城さんが笑顔を向けてくれている。
自分自身に対して吐き気を覚えた。
皆の騒いでいる姿が見えた。
かけがえのないその光景の中に、僕という異物だけが取り残されているように感じた。
「ねぇ、本当に大丈夫? 今にも倒れそうだよ」
水城さんの手が僕の額に触れる。
冷たくて気持ちがいい。
その心地よさが、僕の心をさらに蝕んでいく。
「うわっ! 凄い熱だよ!」
それを聞いた皆が集まってくる。
「もしかして風邪? …ほんとに熱い! 誰か水を汲んできて!」
「よし任せろ! 他の奴はタダノを部屋に運んでやってくれ」
「じゃあ私はお医者さん呼んでくる!」
じくじくと痛む心が、じわじわと僕の意識を塗りつぶしていく。
大丈夫…大丈夫…とうなされるように声を出しても、みんなは慌てるだけだ。
どうすれば皆が安心してくれるか考えたが、何も思いつかなかった。
そしてそまま僕の意識は罪悪感に飲まれるように、黒い場所へと落ちていった。
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