第8話:無職タダノくんの圧迫面接
僕は今、フリンさんと一緒に広場にいる。
どれくらいの子供が集まったのか、どういった活動をしているのかという視察のようなものだ。
特にやましい事は活動面では一切ないので快くそれに応じたのだが、何故か僕も一緒にということになった。
まぁフリンさんだけでは何をしているのか分からないこともあるので、解説役がほしいのだろう。
「タダノ、あっちの女の子達は何をしているんだ?」
「刺繍の練習ですね。前の時間に絵を描いていたので、それを実際に刺繍にしてみようっていうってことになりまして…あ! 紙や練習用の糸は他の親御さんから貰ったものですので、タイラー様への負担にはなりませんよ」
文字通り親御さん達は僕らに色々な物をくれた。食料だけではなく衣服や紙、要らなくなった道具など本当に沢山の物をいただいた。
どうせならそれを活用しようということで、こうやって色々な授業に使わせてもらっている。
「それでは、あちらの男の子達は?一生懸命に紙を見ているようだが」
「あれは…パズルですね。紙に色々な数字が書かれているのですが、その数字に合うように色々な計算式を書くというものです。縦と横で数字を合わせないといけないからちょっと頭を使いますが」
「その…一回り小さい子には難しいのでは?」
「そういうのを教えるのが僕らですよ。それに、今は足し算と引き算くらいしか教えてないので大丈夫です。掛け算とか割り算はもっと後にしますけど」
本当は年齢によって色々と分けたいところなのだが、今は男子と女子で別れて面倒を見ている。
まぁ男子が女子と一緒に遊ぶと気恥ずかしいとかそういうのがあるからだ。
とはいえ、女子と一切触れ合えないとそれはそれでコミュニケーションに問題が出るだろうから、定期的に合同授業というか一緒に遊ぶ機会を作ることにしよう。
「その…勉学まで教えるのか?」
「え? そりゃあ、まぁ遊びで必要になりそうな分くらいは」
この世界の学歴がどれだけ大事かは分からないが、公務員でもない僕らが本気で授業をする必要はない。
とはいえ、何も知らないよりかは知っていたほうが色々と便利だ。
知識があれば、そのぶん遊びの幅も広がるのだから。
「ちなみに、どこまで勉強を教え込む予定だ?」
「特に決めてはいませんけど、実用的な割合の計算くらいまでは教えようかと」
フリンさんの顔がみるみる険しいものになっていく。
あれか、ジルくんには家庭教師がいると聞いているし勝手に変な予備知識とか備えない方がいいのだろうか。
「一応、選択授業みたいなものなので算数がダメなら他のものを選ぶこともできますが」
「いや、ダメというわけではない! ただ…私も混じってみていいだろうか?」
なるほど、やっている授業内容が正しいものなのか不安だったということか。
確かに間違った知識を教え込んでいるとなると、後から矯正するのは大変そうだ。
「大丈夫ですよ。分からないことがあったら、先生役をしている僕のクラスメイトに聞いてみてください」
「あぁ、感謝する。また何か聞きたいことができたらキミのところに向かわせてもらうよ。今日はわざわざありがとう!」
そう言ってフリンさんは算数の授業に参加していった。
しばらく見ていると色々な子と話しながら一緒にパズルを解いたりしていた。
大人なら簡単なもののはずだが、色々な子と話しながら一緒に笑ったりしながら解いていた。
なるほど、フリンさんはそういうことにも気づくのか。
誰かに何かを教えるということは気持ちのいいものだ。
自分が賢いように思え、人に教える優越感に浸れるからだ。
そのおかげもあり、フリンさんがわざと教えられる役を買って出たことで、パズルにてこずっていた他の子も一生懸命に誰かに聞いたりしながらパズルに挑戦するようになった。
大人も聞いているのだ、自分だって聞いていいだろうという心境の変化だろう。
フリンさんに感謝しつつ、僕は次の一手を打つために広場を後にした。
場所は行政所、いわゆるお役所のような場所だ。
町長みたいな人がいれば情を使って取り入ろうかと思ったのだが、意外としっかりしている場所であった。
責任者の人は王都から派遣された方であり、貴族とかそういう人ではないようだ。
中に入ると海外の古い建物を利用した銀行のような場所であった。
周囲を見渡してみると何人か知っている人がいたので、受付の人に用件を伝えてからの待ち時間で挨拶をしてみる。
「こんにちは、こんな所でお会いするなんて奇遇ですよね」
「おや、タダノちゃんじゃない。どうしたの、こんなところで?なにかあったの?」
「そういうわけではないんですが…何かあった時のために来た感じです」
「あらあら、子供達を見ているのに大変ねぇ」
「いえ、子供をいつも見てらっしゃる親御さん達に比べれば全然ですよ。ただ、それでも子供を預かるという大事な仕事を任せられたわけですから、万全を期したいと思いまして」
「偉いねぇ、タダノちゃん。まだ若いのにしっかりしてるわぁ」
おばあさんに頭を撫でられてかなり恥ずかしい。
そういえばこの世界に来てから褒められたことって無いんじゃないだろうか?
クラスの男子には嫉妬されるし、女子からは変な目で見られたし、水城さんには心配させちゃったし。
そう考えると、こういう機会って小学校以来な気もする。
「タダノ、陳情者のタダノはいるか?」
役員の人から声がかかった為、おばあさんと別れてそちらに向かう。
「広場についての陳情があると聞いたのだが?」
「はい。実は子供を預かる仕事を頼まれているのですが、そのためにちょっとこの街の責任者の方とお話をしたいと思いまして…」
「ハン様はお忙しい方だ。私ではダメなのか?」
ただの陳情ならそれでいいんだろうけど、いま僕が欲しいものはそういうものではない。
なんとかして責任者の方と話をしたいのだ。
「ほんの少しでもいいんです!3分だけでも構いません、他のお仕事をされている横で聞いてもらうだけでもいいんです!」
「しかしだなぁ…」
「どうかお願いします!子供の命がかかっているんです!!」
嘘は言っていない。
正確に言うならば子供の安全なのだが、命にも関係する可能性がある以上は今の言い方でも問題はない。
そしてわざと大きな声を出してお願いする。
頭も下げて、誠意と打算を込めて何度もお願いする。
何かをくれと言っているわけじゃない、話を聞くだけでいい、それも本当にちょっとの間。
ここまで来ると周囲の人の関心も集めてしまう。
そしてこう思うことだろう。
『あそこまでお願いしてるのに』
『ちょっと話を聞くだけでもダメなのか?』
『子供の命がかかっているというのに…』
実際に責任者にホイホイ会えるとなると問題があるのだが、人は自分のものさしで物事を計るものだ。
周囲の人はどうしてあれだけ頼んでいるのに頑なに断るのかと思うことだろう。
いざ自分がその立場にならないとそれのどこが問題が分からない、仕方がないことである。
だけど今はそういうことを気にしている場合ではないのでさらに頼み込む。
「こんな子がこれだけ頼んでいるんだから、ちょっとだけでもいいんじゃないかね?」
そうしていると、先ほど挨拶したおばあさんが僕の援護をしてくれた。
ありがとうございます、あなたのその良心を期待していました。
人は良い事をすると気持ちよくなるんだ、それならこういう場面で介入することも充分に考えられる。
そして一人が声を出したのなら、他の人もそれに便乗するものだ。
「子供のためにも、ちょっとくらい時間をとってやったらどうだ?」
「何か聞けない理由でもあるの?」
色々な人が詰め寄ったせいで、職員さんは困惑している。
ごめんなさい、職員さん。
あなたは何も悪くないんです。
もし悪いとしたら、人が心なんてものを持って生まれたのが悪かったんだと思います。
アーメン。
この段階になって衛兵が動くべきかどうか迷っているのが見てとれた。
まぁ騒ぎを大きくしたなら動くのが当たり前なのだが、暴力的な行いをしているわけでもないし、わめきたてているわけでもない。
そんな状態で実力行使を行えば嫌な評判が立つ恐れもある。
例えばこの街がもっと権力や武力によって統治されていたならば、さっさと僕を追い出して終わりだったろう。
まぁその時は違う手段に出ていたのだが、下手に法などで統治されているとこういう場面で困るということだ。
「分かりました…少しだけでいいならばハン様に聞いてみましょう」
「本当ですか、ありがとうございます!」
担当の方が根負けしたのか、それとも悪評を避けたのか、街の責任者であるハンという方と会えることになった。
まぁここで騒ぎを大きくされたら困るので別室で隔離してしまおうという気なのかもしれないが、こちらとすればこの時点で目的の半分は達成したものだった。
しばらく応接室で待っていると、背の大きな男性がやってきた。
「どうも、このチュートの街を任せられておりますハンです」
「初めましてハン様、僕はタダノと申します。この度は自分のような若輩者のためにお時間を頂くこととなり、本当に頭の上がらない思いであります」
「ふむ…タダノは礼儀作法などの高等教育などを受けたことがあるのかな?」
早速あちらから探りが入った。
まぁ元々この街にいなかった水城さんと僕達だ、何か思うことがあるのかもしれない。
さらに前の事故のせいで話題の中心である人物でもあるのだから、向こうもこちらのことを計りかねているのだろう。
「いえ、そういうのはありませんでした。両親の育て方がよかったんだと思います」
「そうか、若いのに大したものだ」
「申し訳ありません。自分のことをもっと紹介したほうがいいのかもしれませんが、そちらの職員の方から言われた通り、いただいた時間は多くありませんので、できれば本題の方を先にお話させていただいてもよろしいでしょうか?」
あちらから時間は貴重なのだと言って来たのだ、変なボロを出す前にこちらの情報はカットしておこう。
「それもそうだね。それではキミの陳情とやらを聞くとしよう」
相手もそれに同意し、僕は陳情の内容を話した。
僕の陳情をまとめるとこうだ。
・子供を預かる都合上、安全には配慮したい
・今までのように広場にいると、子供を浚う人間が出てくるかもしれない
・その他にも子供を怪我させようとする人間も出てくるかもしれない
・だから子供達を集められる施設などを貸してもらえないか
「ふむ…話は分かった。そちらで空き家などを借りることはできないのかな?」
「もちろん、それも考えました。ですが自分達ですら暮らすのに精一杯なのです、それだけのお金は用意できません」
「そうか。だからといってこちらも無償で何かを明け渡すことはできない、諦めてくれ」
まぁそれもそうだろう。
あっちには何の得もないし融通する理由もないのだ、受けるはずがない。
「それでは広場を一時的にお貸し願えないでしょうか?そうすれば、誰かおかしな人が入ってくればすぐに逃げるなどの対策が取れるのですが」
「それも難しいな。あの広場はこの街に住む皆のものだ、誰かに貸与することはできない」
「しかし、これでは子供の安全だけではなく犯罪などの温床になる恐れもあります」
ここで子供と犯罪というキーワードを組み合わせる。
執政者として犯罪というものは到底看破できるものではない。
それに子供が加わるのであればなおさらだ。
「もしも広場で子供を浚うなどの犯罪が恒常化してしまえばどうなりますか?ハン様はどう責任を取られるのですか?」
ありもしない犯罪をうそぶき、取れるはずのない責任を押し付ける。
だが、この街で公的権力を持つ人間であれば責任という単語には弱いはずだ。
もしもこのまま僕を帰して実際に犯罪が起こったとなれば、この事態を見過ごしたことになるのだから。
「タダノ、キミの気持ちもよく分かる。だが土地一つを誰かに貸与するなど出来るはずもない。我々が誰かに贔屓するわけにはいかないのだ」
まぁこれも予想の範疇だ。
街の責任者といっても、独裁者ではないのだ。
公平でなければ勤まらない職業である。
「ならば、広場において不審者の追い出しを許可していただけないでしょうか?」
「不審者の追い出し?それも難しいぞ。なぜなら、キミがそれを悪用して広場から皆を追い出して占有する可能性がある」
「確かにその通りです。僕と水城さんが子供を庇ったとはいえ、それで僕が悪人ではないと証明することはできません。もしかしたら子供を庇ったのも…預かったのも…要らない衣服などを貰っているのも何か悪いことを企んでいるからだと思われても仕方がないかもしれません」
この部分を聞けば他の人はそんなことないだろうと思うはずだ。
事実、職員さんも流石にそこまでは…という顔をしている。
僕だけが、全部打算込みでやっていることを知っている。
「ですので、衛兵さんを一人広場に配置していただけないでしょうか?どの道、僕らでは不審者が居たとしても追い出すことはできません。必ずその衛兵の方に報告してから、広場から追い出すという手順を踏むならば、悪用することもできないと思いますが」
「うむ…いや、しかしだな…」
ハンさんは難しい顔をしてうなっている。
元々怪しい人物がいたなら衛兵が仕事をする範疇なのだが、そこに僕らという要素が加わっているのが気に食わないのだろう。
「もしかして、衛兵の方も信用できない理由が? 例えば何か犯罪に…」
「いや、そういうわけではない。この街の衛兵はみな勤勉で、犯罪に加担するはずもない」
この街の権力者であれば否定するしかない。
だが、否定するということは衛兵というものは公平に機能するシステムであると証言しているようなものだ。
「ハン様、子供の命や治安がかかっているんです。少しの間でも構いません、どうかお願いします!」
嘘だ、少しの間で済ませるわけがない。
というか一度でもこの機能が働いたのであれば、そこから衛兵を懐柔する方向に動く。
どれだけ勤勉であろうとも、正義感があろうとも、そこに居るのは人間だ。
人間ならば、理屈だけではなく心と感情というものがある。
別に賄賂を渡すだけが味方を作る方法ではない。
毎日仕事終わりに子供達と一緒にお礼を言う、昼食時にはご飯の差し入れをする、ちょっとした時間で話を聞く。
たったそれだけのことを繰り返していくだけでも人の認識は変化していくものだ。
顔見知りから知り合いに、知り合いから良い人に、良い人から守るべき隣人に。
どれだけシステムが公正であろうとも、人間を介する以上どうしたって不具合は出るのだ。
「分かった…しばらくは様子見として人を送ろう」
「ありがとうございます!これで子供達も安心して遊ぶことができます!!」
僕の考えていた作戦が全てうまくハマッった瞬間であった。
最初に無茶な要望を伝えて拒否させてから、徐々に要望のハードルを下げて相手に受け入れさせる手法である。
こちらの言い分になまじ正当性があったせいで、あちらも断りづらかったことだろう。
僕は大きな声でお礼を言い、応接室を後にした。
ロビーに戻るとおばあさん達がまだ居たので、簡単にハンさんと話し合ったことを伝えた。
もちろん、衛兵が来るということもだ。
「これで子供達の安全が守られます」
「そうかい、よかったねぇ。一生懸命に頼んだ甲斐があったねぇ」
もちろん、期限付きだという話は伏せている。
期限付きだとう話を秘密にしておけば、いざ衛兵が来なくなった時に一緒に抗議してくれることだろう。
なんといっても、子供のために抗議をするというのはとても気持ちのいい行動だろうから。
退去権については簡単に話しておいた。
賛成してくれる人もいれば、ちょっと不安そうな顔をしている人もいた。
それもそうだ、こっちの気分で広場から追い出されることになるかもしれないのだから。
「安心してください。あくまで不審者がいた時の対応策ですので、みなさんが追い出されるなんてことはありませんよ」
ちなみにこの退去権については使う予定はない、持っているだけで効果があるのだから。
権力者から極わずかではあるものの、権力の一部を譲り受けているという印象を与えたいのだから。
そしてその保障を目に入る形で衛兵という駒が欲しかったのだ。
すっかり日が暮れたので貸家に戻って皆に報告する。
「皆!警備員さんをゲットしてきたよ!!」
「「「だからどういうことだよ!?」」」
またしても、クラスメイト全員の心と声がハモった。
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