第36話 馬鹿な俺

 俺は自分の車に戻り、紙に書かれた電話番号をスマートフォンに数字を入力して電話をかけた。だが、何度も呼び出し音は聞こえるが繋がらない。知らない番号だからでないのか。それとも、何かしているのか。一旦、電話を切った。


 俺はそこで思った。大切な彼女がいるというのに。福原さんにも忠告されていた。電話はかけたけれど繋がらなかった。何をやっているのだ。馬鹿な真似をした。もしかしたら、着信があったから折り返し電話がかかってくるかもしれない。それが麻沙美のいる時でなければいいが。俺は他の女にうつつをぬかしそうになった。馬鹿だ俺は。そう思い、自嘲した。


 あの女の夢をみて気になり出した。正夢とも思えることもあり、つい、その気になってしまった。でもそれはまだ麻沙美と付き合う前のことだ。だから、本人に夢が正夢になったと詳しいことまでは言わない限り、あの時の俺の行動は時効と言えるだろう。甘い考えかもしれないが。


 


病気の方は一度は入院したものの、あれからは安定している。たまに幻聴が聞こえて、時々幻覚が見える程度。気にはなるけど、まあ、仕方がない。上手く付き合っていくしかないから。勝は調子の方はどうなのだろう。LINEを送ってみるか。


[久しぶりだな、調子はどうだ?]

 LINEはすぐにきた。

[調子はまあまあだよ。伊勢川さんは?]

[俺もまあまあだ。今からこないか? 奥さん連れて]

 少し間があり、

[迎えに来てよ。外は吹雪だから]

 俺は、えっ? そうなのか、と思い窓の外を見た。猛吹雪だ。斜めに強風が吹き、それとともに雪も斜めに降っている。これじゃ、勝たちがかわいそうだ。歩きだから。俺もこれからの車の運転は危ないのでは? 自殺行為のような気がしなくもない。なので、

[ほんとだな、また今度にするか。車でも危険そうだから]

[その方がいいよ、今日は家にいた方が安全だと思う]

 確かにそうだな、と納得して自宅で小説でも書いていることにするか。


 俺は2時間くらい休むことなく書き続けた。(楽しい!)そう思った。文字数でいえば約5千文字書いた。やっぱり執筆はこうでなくては。ふと、頭をよぎったことがある。それは、麻沙美の元夫の法要のことだ。いつになったか訊いてみよう。参席はしないけれど。きっと、俺は仕事だろうし。


 テーブルの上にパソコンが置いてあるその横にスマートフォンも置いてあるので手に取り電話をかけた。すぐに繋がった。弄っていたのかな。

「もしもし、麻沙美」

『晃。今日は休みなんだね。夕方に電話してくるなんて」

「あ、言ってなかったか。今日は休みだ」

『いつもはメッセージで送ってくるのにどうしたの?』

 俺は残っている煙草を一本取り出し、口にくわえてライターで火を点けた。

「いや、麻沙美の声も聞きたかったし、電話の方が早いからな」

『そうね。調子はどうなの?』

 俺は煙を深く吸い込み吐き出した。(うまい!)思ったことを伝えると、

『あら。晃が煙草吸うなんて珍しいじゃない』

「気が向いたから吸ってた」

『吸い過ぎないようにね』

 吸い過ぎるかどうかは気分次第。それは心にしまい込んだ。少し会話に間が空いて俺は話しだした。

「元旦那の法要はいつ?」

『あ、覚えてくれてたの』

「一応な」

『今週の日曜日よ』

「やっぱり俺の仕事の日か」

 再び間が空き、

『来てくれるつもりだったの?』

「いや、そういうわけじゃないけど」


 今は12月の上旬。俺は11月末に法要を催すのかと思っていたが結構、呑気にしているな、と思った。今週末か。


「仕事は上手くいってるか?」

『うーん……。ぶっちゃけるけど、辞めちゃった。ハハッ!」

「おいおい、笑いごとじゃないぞ。何で辞めた?」

『お風呂介助が上手くできなくて、おばあちゃんの手首骨折させちゃった」

「マジか! 辞めて済む問題か?」

『会社は最初からあたしはこの業界に向いてないって思ってたらしいの。人が足りないから入れただけだって言われた。それを聞いてあったまきちゃって。即、辞めてきた』

「相変わらず短気だな。辞めたら生活どうするんだ?」

『まだ、母子家庭の手当てもらってるから大丈夫。どこかで正社員になれたら生活保護きるから』


(気楽なもんだな)と俺は思った。でも、

「辞めてしまったから仕方がない。次、探さないとな」

『もう、次の会社受けたよ』

「え? 聞いてないぞ。まあ、いいけど。次は何だ?」

『次は生命保険の営業をする!』

「麻沙美が営業? 大丈夫かよ。難しいだろ」

『大丈夫だって。これでもあたし愛想いいんだから!』

「上手くいくといいけどよ」

 麻沙美は俺を睨んでいる。

「どうした?」

『あたしを信じてよ』

「いやいや、疑ってはいないけどよ」

 目を細めて疑いの眼差しを俺に向ける。

『ほんとー?』

「本当だって」

 麻沙美は笑いだした。何が可笑しいのだろう。訊いてみると、

『晃が一生懸命に否定してるのが可愛くて』

 か、かわいい……? この俺が? まあ、愛する麻沙美から言われるのは悪い気がしないが。そう思いながら俺は麻沙美に会いたくなり、

「麻沙美。今から来ないか?」

『今から? いいけど明日からあたし仕事だから遅くまではいれないよ』

「抱かせてくれよ」

 少しの沈黙があり、

『ん。優しくしてね』

「大切にするよ」

 そこで電話を切った。俺の炎のように燃え盛る麻沙美への気持ちは留まることを知らない。ここまで女にべた惚れなのも麻沙美が初めてだ。

 

 俺は彼女がいつ来てもいいように布団と毛布を整えめくっておいた。体の中心部分が硬くなるのを自覚した。(早く来いよな)と、口には出していないが、気持ちは急く一方だ。


 麻沙美と体を交えるのは久しぶりだ。いつ以来だろう。



 約30分後、俺の家のチャイムが鳴った。俺は、今か今かと待っていたのですぐに立ち上がり玄関に行き、鍵を開けた。するとガチャリと音がして戸が開いた。開口一番、


「こんな夜更けだけど来ちゃった。さくらはぐっすり寝てるみたいだし。猛吹雪じゃん。」

「そうか、まあ上がれよ。俺はムラムラしてるんだ」

「シャワーは浴びてきたから」

「さすが、俺の女。用意がいいな」


 俺は彼女を中に入れ、先へと歩かせた。俺は隙をついて後ろから胸をわしづかみ

にした。

「きゃっ!」

 と、驚いたようで俺の腕を掴んだ。

「ちょ、ちょっと、待って。布団いこう?」

 俺は黙って手を離した。



 ことを済ませた俺たちはお互い素っ裸で座っていた。

「あー、気持ちよかった」

 と、俺。煙草を1本取り出し火を点けた。

 フーッと煙を吐いた。旨い、煙草がこんなに旨く感じるなんて。

 何も言わずに佇んでいる満足気な麻沙美。俺は麻沙美の頭を右手でポンポンと軽く叩いた。(かわいいやつ)そう思ったが言わないでおいた。彼女は微笑んでいる。それはまるで女神のように崇高な笑みに思えた。これは俺が麻沙美を愛しているからそう見えるのだろうか。不思議だ。


 そもそも人間の心理は不思議なものだ。気持ち次第で良くも見えるし、悪くも見える。五感そのものが良い方に感じるのかもしれない。視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚、全てが。視覚は、相手を好きになって可愛く見えたり、綺麗に見えたり。聴覚は、相手の声が心地よく聞こえるとか。味覚は料理が美味しく感じたり。触覚は触り心地が良い。嗅覚は、相手の匂いが良い匂いに感じるということがありそうだ。


 これらは俺が今まで付き合ってきた女から感じたことだ。


 麻沙美は赤い下着を身に着け、服を着てズボンをはいた。服は茶色のセーターで、ズボンはクリーム色のチノパンだ。華奢な体によく似合っている。


 俺も下着を着た。服は動いた(性行為)せいか着ないで、ブルーのダメージジーンズをはいた。


 不意に腹が減った。

「麻沙美、お腹空かないか?」

「少しね。でも、今食べると全てお肉になっちゃうから我慢する」

 麻沙美は笑っている。穏やかな表情だ。

「じゃあ、俺は冷蔵庫にあるウインナーを炒めてライスと一緒に食べるかな」

 俺は壁に掛かっている時計を見ると、午前0時を過ぎていた。明日は仕事だ。食べて寝ないと仕事に差し支える。

「泊ってくんだろ?」

「いや、さくらに朝食作らないといけないからもう帰るね」

 俺は残念な思いになった。麻沙美も仕事だし解散するか。フライパンをガスコンロに載せ、ウインナーを入れてガスを点けたまま麻沙美を見送った。

「またな」

「うん、またね。仕事お互い頑張ろうね!」

 その言葉に俺はやる気が出てきた。

「おうっ! がんばるぞ」

 玄関で麻沙美を抱き寄せキスをした。

「じゃあ」

 と、言い残し彼女は帰宅した。

 

 今回の家デートはとても満足がいった。いつもこうならいいのに。そう思いながら台所に行き、焦げたウインナーを皿に取り、ガスの火を消した。ライスもジャーに一人分残っていたので茶碗によそった。


 また頑張って仕事をして、今度、麻沙美とさくらちゃんを誘って旅行へ行こうかな。道内だけれど。そう思いながら、テーブルに茶碗と皿を運び食べ始めた。







 

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