第3話 レイヴィン様のお仕事
(レイヴィン様、さっきから意地悪ばっかり。私もしかして嫌われているのかしら)
アンジュにとってはロマンティックな出会いだったが、レイヴィンにとっては得体のしれない亡霊に憑かれたようなものだ。
思い返してみると、結構騒がしくしてしまったし嫌われても仕方のないやり取りしかしていない気がする。
「うぅ、レイヴィン様、私のこと嫌いに――って、っ!?」
とりあえず謝罪だけしとこうと振り向いた視界に、いきなりのサービスショットが飛び込んできたので、アンジュは素っ頓狂な声を上げてしまった。
(ななな、レイヴィン様の上半身裸姿が目の前に。どうしましょう。興奮で心が満たされたら天に召されてしまうかも!?)
「……なに見てんだよ、スケベ」
「眼福です!」
少しの後ろめたさも感じさせない目でガン見してくるアンジュに、レイヴィンは呆れ顔になる。
「追い出されたくなかったら、着替えの間は後ろ向いてろ」
「はいぃ……」
素直に着替えるレイヴィンから背を向けた――と見せかけて、鏡台の鏡に映るレイヴィンを目に焼き付ける。
だがすぐに鏡越しにギロリと一瞥され、慌てて目を瞑った。
「ごめんなさい。盗み見なんて。悪気はなくって、とんだ出来心と下心が湧いてしまっただけなんです」
「お前はどこぞのエロおやじか!」
「もうしばらくはしません……ところで、戻ってきたばかりなのに着替えだなんて、またどこかにお出掛けですか?」
あからさまに話題を変えたアンジュを、レイヴィンは半眼で睨み完全に呆れ返りながらも溜息交じりに答えてくれた。
「すぐには出掛けない。次の予定は夜に入ってる」
「そうですかぁ」
夜になればまたお留守番かと萎れた花のように元気を無くすアンジュをどう思ったのか、レイヴィンは目を瞑ったまま大人しくなったアンジュに意外な声を掛けてきた。
「……大人しくしてろ。勝手な行動はとるな。俺の命令は絶対だ」
「え?」
「その約束を守れるんなら、連れて行ってる」
「本当ですか!?」
「ああ」
飛び上がってアンジュが振り向くと、着替え終えたレイヴィンがやはり変わらぬ無愛想で、約束を守る気はあるのかと聞いてくる。
「守る、守ります!」
バンザイしながらクルクル回るアンジュに呆れているのかもしれないが、レイヴィンは微かに口元を緩めた。
「じゃあ、さっそく命令。夜の予定はとある女性の誕生会に参加することだ。俺の仕事が終わるまで俺の身体の中にしっかり隠れてろよ」
「お仕事……」
(そういえば、レイヴィン様がどんなお仕事をしているのかまだ聞いていなかったです)
「レイヴィン様のお仕事ってなんですか?」
ベッドに腰掛け、なにやら分厚く難しそうな文字の並ぶ本を眺めるレイヴィンの周りをくるくる浮遊する。
ランプの明かりはあるもののカーテンを閉め切った部屋の中で、目を悪くしないかとアンジュは少し心配したが、レイヴィンは黙々とすごい速さで書を読み進めてく。
「そう急くな。必要になったら教えてやるよ」
書面へ視線を滑らせたまま、そっけなくレイヴィンが答える。
アンジュはきょとんとして首を傾げたのだった。
◆◆◆◆◆
ということでアンジュは大人しくレイヴィンに憑依していることを条件に、これから彼が向かう場所へ同行することを許された。
普通の人間にはこの半透明の姿を見ることは出来ないようだが、レイヴィンのように特殊な所謂霊感体質と呼ばれる人間には半透明の姿が見えてしまう。
これから彼が向かうのは、たくさんの人が集まる場所なので霊感体質の人間が多数いた場合の混乱を避けるように考えた対処だとのこと。
『さすがレイヴィン様。そうですよね、普通の人は半透明の私を見たら悲鳴を上げて卒倒してしまいますよね』
『まあ、昔からそういうのが見える体質の奴なら、見ないフリするかもしれないけどな』
彼の身体の中にいる時は、声で言葉を発しなくても、心で思うようにすれば会話が交わせるらしい。
アンジュにはなんだかそれが、心が通じ合っている感覚に似ている気がして心地よかった。
『それにしても、人口の多い国なのですね』
レイヴィンの身体を通し、彼と同じ目線で移動する馬車の中から城下町を眺め、アンジュはこの国が活気付いているという印象を受けた。
煉瓦造りの綺麗な建物や、町の中心部にある広場に聳え立っていた時計台から、丁度でてきた時刻七時を教えるカラクリ人形を見るに、最先端の技術を取り入れている国なのだろう。
『豊漁祭の季節だからな。本祭を入れるとあと三日はこんな状態だ』
今の時期は観光客が増えるので稼ぎ時なのか、遠くに見える広場の方も露店が並び賑わっているようだ。
日は沈み夜の帳がおりてもなお、松明や街灯ランプに照らされた大通りには小さな子供たちの走り回る姿も見える。
(なんだか眩しいなぁ……)
それは光が目に沁みる的な物理的な事情ではなく、キラキラしている町並みも幸せそうな笑顔の集まるその場所も、なんだか自分とは無縁の場所のように思えたからの感想だった。
そのうち繁華街を通り過ぎると薄暗い林を抜け、静けさに包まれた石畳の道を進み続け、遠くの方に城の高い塀が見えてくる。
『もしかして……あのお城が、レイヴィン様の目的地ですか?』
まさかと思いながら確認すると、レイヴィンは「そうだ」となんてことない風に答えた。
『お城のパーティーに招待されるなんて、レイヴィン様は爵位などをお持ちなのですか?』
確かにレイヴィンの整った顔立ちからは、高貴な雰囲気も感じる。
それとも自分を救ってくれたあの時の華麗な身のこなしから騎士の称号を持っているのかもしれない、などと勇ましく馬を乗りこなすレイヴィンを妄想して、うっとりしてみたりもしたのだが。
『俺はお前が思っているような身分の人間じゃない。ただの……しがない薬師だ』
『王室に使える薬師ですか。その若さですごいです。それはもっと誇っていいお仕事です!』
薬師といえば膨大な知識や経験を持ってこそ一人前と認められる職業。
白髪頭に髭を生やしローブを纏った王宮付きの薬師が一般的な中、見た目で二十代前半程と判断するレイヴィンが城で働く薬師ならそれはすごいことだと思うのだが。
『表の顔は、だけどな』
『え?』
そんなことを話しているうちに門番の立つ門で検問を受けた後、広い城の敷地内に入ったのだった。
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