姉と妹の密談
月明かりも星明かりもなく、住宅外の街灯のみが恋と巫女を照らす明かりであった。
街灯も強いとは言えずお互い表情も見えてないながらも、2人が向かい合っている事はわかる。
「そろそろ1ヶ月になるけどどう達裄は?まだ怖い?」
「そうですね。とっても怖いです。やっぱりお兄ちゃん、壊れちゃっているんですね」
恋の出した呼称のお兄ちゃん、――遠野達裄の事である。
恋から見た達裄の姿は壊れた人間、ふだん甘えている彼をそう呼んでいた。
「今日私より先に音ちゃん達と出会ったはずなのに顔は覚えていても名前は全然憶えていないみたいでしたしね」
「そう言わないであげて。別に脳に異常があるわけじゃない。これが達裄の自己を守る本能の様なものなのだから」
「でも多分お兄ちゃんは日本史の授業で歴史上の人物として八重坂音らの名前を教わったら絶対記憶しているんですよ。出来事の記憶と知識、お兄ちゃんがどっちとして捉えたかによってすぐに忘れるかずっと残っているか決まるんじゃないかな」
「あんたすごい事言うね。でもあながち間違いじゃないのよね」
自分で見て、感じた印象を持つ記憶。
ただ過去を聞いて、読んだだけの知識。
前者の方が人間は覚えやすいものだが彼は後者をずっと覚えている。
こういった事が一般の人と変わっていた。
「お兄ちゃんと前にお風呂入りました」
「何急にカミングアウトしてんのよ?いちゃいちゃ話」
「そ、そんないちゃいちゃなんて」
恋は赤くなって否定しながらも本題へスルリと入り込むのであった。
「お兄ちゃん、体のあちこちに傷がありました」
「そりゃあ昔は暇さえあれば鍛えてる人だったからね」
「火傷の痕、多分タバコなんですけどこれって普通鍛えているだけじゃあ付かなくないですか?お兄ちゃんって子供の時虐待なんてないですよね?」
「あんたも知っての通りあるわけないよ。優しい両親で恵まれた子供で生まれてさ、男の子と女の子1人ずつ欲しいねって言ってた両親に希望通りに彼らが生まれたのよ」
「……」
「タツハさん、ユキコさんとも2人に1文字ずつ授けたんですもの。愛されてないわけないよ。達裄、葉子ってね」
「葉子……」
恋の脳裏にはこの間ふと彼が呟いた名前の人物が浮かび上がった。
しかし恋もそんなに昔の記憶は覚えていなく面影が少し出た程度であった。
「達裄もとても優しく育っていたんだけど両親の死以降不幸が連続で続いた。目の前での両親の死に妹の重傷、自分はほぼ無傷。もしかしたら傷を負っていた方が幸せだったのか」
「お兄ちゃんがどうして自分だけと責めたわけですね」
巫女が小さく頷いた。
ここから少し恋の記憶も混ざった出来事であった。
「恋はもうこの時点で達裄の異常性に気付いたんだったわね。あの時既に壊れた兆しがね。私達には見破れなかったね」
「それでどうなったのですか?」
巫女はこのまま恋も知らない事実を少し触りだけに触れ言葉を紡いでいく。
「仲の良かった妹との生き別れ、1人で広い家で暮らし始める、誘拐事件の被害者、小学校での暴力沙汰、大事な人との無慈悲な終わり。一生であるかないかの出来事を三つ子達より下の年齢でこれ全部を経験しているからね。壊れた兆しなんかとっくに悪化していたのね」
「じゃああの痕は誘拐事件なのですかね?」
「私は火傷痕なんて初耳なのよねぇ。でも達裄はその事件の事について去年だかに『あぁ、なんかあったかも』で済ませているのよね。私の記憶だとここから壊れた気がするわね」
巫女の記憶の達裄はここから一人称が僕から俺に変わっていた。
そんな些細な事。
「壊れエピソード、小2の時に夏休みに宿題をしていないから理由を聞いたら次の日提出だと思ってたから終わったとの事。工作、作文も言われた日の夜全部終わらせたってね。でも勉強はしないわけじゃなく市販のワークを買ったりしていて中3の数学のテキストをやっていた。理由を問うと『いずれ習うならいつ覚えても一緒』。完全にギャグよね……」
「想像出来るなぁ……」
恋も苦笑をして今達裄の中に居る家を見上げそろそろ中に入ろうと足を向けた。
それを見た巫女は「まだ少し時間あるけど」と静止させたが恋はもう十分と巫女に頭を下げた。
「ありがとうですお姉ちゃん」
「達裄を可哀想って思った?」
「可哀想って第3者が憐みを呟く上からの言葉ですよね?私はお兄ちゃんの当事者になりたいです。だから可哀想なんて思いません。お兄ちゃん大好きですから」
「そっか」
「そろそろお兄ちゃんがバカな事言い出す頃なので家に戻りますね」
1人残った巫女は車内へと乗り込みハンドルを握る。
「本当にあなたって強いわね」
恋への素直な評価を口にしてエンジンを付けた瞬間だった。
「あ……大事なこと言い忘れた。まぁ、いっか」
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