武神……?
はあ、と息を整えさせた。
別に先を急がせる程忙しいわけでもない。
息を整えた恋は俺と顔を合わせるなり疑問を持ったような歯切れの悪い声で聞いてきた。
「あれ?なんかお兄ちゃん落ち込んでいる?いや、嬉しそう?」
「そんな顔に見えるか?」
顔に出したつもりはないのだが。
いや、俺の演技が下手なのかもな。
心配させまいと恋から顔を背けた。
「んじゃあ色々買っていくかー」
俺がカートを押しながら恋と入口近くの野菜コーナーから見てまわった。
恋もその後ろを付いて来る。
と、俺がお菓子売り場で足を止めた。
「そういえばチョコなくなりそうだっけ」
家のストックのチョコが切れそうになっていた。
それは普通のメーカーのミルクチョコの板チョコである。
「お兄ちゃんって板チョコ好きなんですね。ちょっと意外です」
「いや、別に好きじゃないけどお菓子は基本これってだけだ」
今日は少し安く板チョコが売っていた。
ならばと俺は10枚ぐらい手に取り買い物かごへ放り込んだ。
すると恋が「え?」と驚いて退き気味な表情。
「…………ちょっと買い過ぎじゃないですか?」
「別にすぐ食べるわけじゃないよ。15日くらいは持つんじゃない?あぁ、そうだな恋も居るから1週間ぐらいか」
「あるなら食べますけど飽きないんですか?」
恋にしては珍しく突っかかってくる。
イエスマン思考の恋にしては大きな反応に見えた。
「飽きる以前に超甘いんだよこのチョコ。子供って甘いもの好きだけどその幼少期から甘すぎると思ってたんだ。だからちょっと苦手だ」
「じゃあなんで買うんですか!ビターのもあるじゃないですか」
パッケージが黒くビターと書かれた隣のものを恋が指差した。
その隣には5倍の甘さとかある。
5倍とか舌がぶっ壊れるんじゃないだろうか。
「いや、ミルクで良いよ」
そう言って俺の足はお菓子コーナーから離れて行った。
コーナーから離れても納得のいってない恋に1つ質問してみた。
「恋さ、誕生日にこのごく普通の板チョコもらったら嬉しい?」
「私ですか?私は嬉しいですよ。私の為に選んでもらったものは値段、物関係なくそれが祝ってくれた相手からの気持ちですから」
「そっか」
俺が昨日誕生日だったからした質問だと思ったのか。
その質問に言及はなかった。
「あれ?結局理由はないですか!?」
「ごめん、特にない」
オチのない話でした。
そんな事もありながら買い物を終えた。
「私がお会計してきます」と言ってきた恋にサイフを渡し、1人ベンチに足を組んでスマホをいじり恋を待った。
「ん?」
なんか見られている視線を感じた。
恋の優しい視線ではない。
明らかに喧嘩を吹っ掛けるような敵対的な態度の気だ。
顔を上げるとそこにはチャラい振りをする星丸とは違くて、本当にチャラい感じで年が何個か上の不良が俺を見ていた。
「なぁ、その場所どいてくれんか兄ちゃん」
未成年なのか成年なのか怪しい顔付きだが男の周りからはタバコのにおいがしみ込んでいて、タバコ嫌いの俺は少し目つきを歪ませた。
その態度に男はかちんときたようで更に態度を悪化させてしまった。
「舐めてんか?」
「いやー、今飴は切らしてんで」
冗談を言いながらこの状況をどう打破しようか悩ませた。
街中なら裏道に連れ込み返り討ちにするんだが、今はデパートの中。
通行人は自分は関係ないとばかりに視線を向けてこないが、どちらかが手を出した途端騒ぎ出すので迷惑な連中だ。
締め落とすか、腕に力を込めようたしたら男は「待った」と言って俺の顔を更に見だした。
俺はしばらく反応を待ってから動こうとしたが、待っていた反応は俺の予想を外れた。
「あんたもしかして青高の優等生じゃねーんの?」
「え?」
俺が通っている学校の青空高校。
通称、青高。
この辺の学校では一番頭の良い学校である。
あれ、星丸と光は?
あいつらも一緒の優等生学校。
因みに本当に頭は悪いけどね。
話は戻り制服を着ていたら特別驚く事ではないのかもしれない。
しかし俺の服装はただの私服。
相手に見覚えは全くない。
「んで名前は……」
ごくり。
まさか不良の世界に俺の名前がブラックリストに入っていたりするんだろうか?
確かに喧嘩は強いとは思うが不良相手に好戦的な性格ではないのだが。
「あの武神のサナダユキムラっすよね」
「いや、誰だよ!」
サナダユキムラ?
真田幸村?
別に戦国時代の武将ではないし、コスプレもしたことがない。
「一度武神をこの目で見たかったんすよ、握手お願いしま~す」
お願いされながら手を握られ子供の様にキャーキャーはしゃいでいた。
別に武神なんておおそれた異名も持ってないんだけど。
こちらが弁明しようにも相手は引かせずにずっとしゃべり続けた。
「俺、一本木言うんでまぁ気安くポン酢とでも呼んでください」
「はぁ……」
どうしてこうなってしまったのか?
恋と一緒にレジへ並んでいた方が良かったと、今更後悔した。
「マジ、サナダユキムラいう名前なんすよね。完全にDQNネームじゃないっすか。でも自分の名前に誇り持ってんすよね!いや~たまんねぇすわ」
DQNにDQNネームと呼ばれてしまった。
自分の名前じゃないにしろ傷付いてしまう。
というか俺だって、サナダユキムラとか言う本名の奴居たら指差して笑ってやる。
「実は俺、戦国時代は本多忠勝より真田幸村の方がつえ~って思ってんすよ。あいつ忠勝なんかよりよっぽどチートっすよ」
知らんがな。
たしかに幸村の家康を追いつめたその実力はチートかもしれんが。
というか歴史の偉人をチートとか言うな。
「俺、武神の生き様あったじゃねーっすか。あのギブアンドテイクがなんちゃら~、弱肉強食がなんちゃら~みたいな。あんたみたいな男は女寄るっしょ?暑い時に使い、冷たくなったら捨てるとかぶっちゃけ使い捨てカイロ感覚っしょ」
使い捨てカイロの例えが酷過ぎて最低だ。
人生で最も最悪な例えかもな。
「あんま武神ってしゃべんないんすね?」
「男ってのは黙って聞いて、助けを求められて動くもんだろ」
「かっけー!出たよ武神のめーげん!」
なんかこのポンポコとかいう奴のしゃべり方がなんかマネしたくなるわ。
『よっぽどチートっすよ』とかすごくマネしてみたい。
「武神、最後にサイン良いっすか?」
どこから取り出したのかサインペンと色紙を俺に無理矢理渡してきたので『真田裄村』とわざと達裄の裄の字を誤字にして渡してやると「そう書くんすか」と反応してきた。
何故偽物で、本人すら知らないサナダユキムラなる人物のサインをしているんだろうか。
メッセージも書けと言われたので「睡眠8時間」と投げやりに書くと「初心に戻れって事っすか」と深読みされ、やっぱりすげー奴とか思われたみたいだ。
最後にも写メをとか言われて握手同様言われながら撮られてしまった。
「プライベートの中すまねっす武神。じゃあ黒薔薇の騎士団をよろ~」
嵐の様に現れ嵐のように消えたポンポコ。
黒豚のバラ肉の串とかうまそう。
しかしこの話は果たして語るべき内容だったのか?
このやり取りを途中から見ていた恋はポンポコにビビッていた。
とりあえず外へと恋を連れて帰宅しながら話そうと決断し、すぐさま手を繋いでデパートから外に出た。
「大丈夫か恋?」
心配そうに俺を見つめていた恋に出来るだけ優しく声を掛けると恋は大きく首を振り、少し大きな声で俺の言葉を否定してきた。
「大丈夫はお兄ちゃんだよ!怪我とかしてないの?あぁ救急車はー……ってケータイ持って無かった」
「本当にお前が大丈夫か?」
恋はケータイやスマホ類はこの場に無いのではなく、持ってすらいない。
それなのにこの反応、やはりドジっ子か。
「あんまり怖い事に巻き込まれないでね……」
涙目である。
どうしてこんな男にこんな態度を取れるのか。
おそらく俺なら間違いなく無理な態度だろう。
「巻き込まれないようにはする。でも恋が巻き込まれそうな時や本当に巻き込まれた時は俺は加減をしない」
「……お兄ちゃん」
「恋が俺に死ねと言うならば俺自身を殺す事だってしてやれる」
「そんな事絶対言わない。ふざけんなお兄ちゃん」
いつものですます調は鳴りを潜め、不安定ながらとても重い殺気と弱弱しい威力のビンタが飛んできた。
恋からの初めての暴力だった。
いつもニコニコした恋を本気で怒らせたらしい。
これだから女は強い。
「ごめんな。俺はまだ人間が出来ちゃいないんだ。だから恋、俺を普通の人間にしてくれ」
「あなたもよくわからない人ですね。でも守ってくれる事は嬉しいですよ」
兄と妹。
歪ながらもその距離感は近づき、遠ざかったりとなかなか難しいものである。
人間関係をおろそかにした俺はこの年になって初めて深く考えるようになるようだ。
―――――
「ところでお前さ、サナダユキムラってわかる?」
「え?お兄ちゃんの事?」
「ポンポコの話じゃなくて……」
「?……いや、お兄ちゃんの事じゃないならわかんない。他にサナダユキムラって居るんですか?」
「いや、居るだろ」
「じゃあわからないですね」
ポンポコの話以前に本当に俺だと思い込んでいる。
よくわからん。
まず、『じゃあ』の使い方間違ってないか?
「真田幸村っていう武将は実在したよ。時代劇とかに出るだろ?」
「時代劇や戦争ものなどの人間と人間が本気で争った実在のものは胸が痛くなりあまりわかんないです」
人類みんな恋なら争いはなくなるんじゃね?
これを学会で発表してやりたかった。
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