第24話





 意識が戻ると、目の前は、大量のバケモノどもの死体で埋め尽くされていた。

 だが、そこにあったのは死体だけ。

 なによりも目を惹いてしかるべき女神様の姿は、見当たらなかった。


「な、なんで……」


 女神様は、去ってしまった。

 安全がなくなってしまった。

 地上への唯一つの手がかりが消えてしまった。

 この絶望の檻に閉じ込められ続ける、閉塞感だけが増えた。


「そんな……」


 直樹は悲嘆に暮れる。

 彼女は直樹の口へ大量のバケモノの核を放り込んで、気絶をさせて去っていった。

 餞別、ということだろうか。

 彼女の行動の意図はわからない。


「バイバイ、か……」


 だが、最後の言葉は別れの言葉だった。

 もう金輪際会うことはないということだろうか。

 ここで餞別を渡してまで別れたということは、想像もつかないが、彼女のこの洞窟での目的が果たされそうだということなのではないか。もしくは緊急事態が発生したのか。

 パレードがこちらへと至り、直樹たちを襲おうとした時、彼女は如何ともし難い表情とともに殺気を向けた。パレードの向こう側へ。

 そして、最短時間で、パレードを殲滅した。

 パレードの元凶がいるとしたら、それは一体どういう存在だのだろうか。

 まぁ、どちらにしろ、彼女は目的を持って行動をしていて、それを成すには直樹は邪魔だということが確定した。ただ足手まといだということかもしれないが。


「はぁぁっ……」


 女神様と出会って以来めっきり減ったため息を一つ、腹の底から押し出す。

 直樹の今の目的は、生き残ること。この洞窟から抜け出すこと。そのために、強くなること。

 だが、もう、ダメだ。

 気になってしまった。

 彼女が何を考え、この洞窟にて何を成そうとしているのか。

 だから、追いかけよう。彼女を。

 今度こそ本当にストーカーだ。嫌がられながらもついていく。

 それに、命の危険こそ増す可能性が高いが、洞窟の脱出という観点では間違った行動でもない。

 

「ガリッ」


 たった今、死体より抜き取った核をかじる。

 悲嘆に暮れるのも終わりだ。

 とはいえ、この振られたかの様な喪失感はどうしようもないのだが。

 さしあたっては、この場の死体の核を全部いただいてやる。女神様の一斉射撃で結構砕けてるけど、それでもたくさんある。



 死体の海に漂う、一匹の小鬼。

 少年の殻を破りかけ、青年の顔を覗かせ始めた一匹の小鬼。

 ただひたすらに食べ続ける。力を手にするために。彼女に追いつくために。

 その額には、四本のツノが立派に存在を誇示していた。


「ウプッ……食い過ぎた。吐きそう……」





 ***





 あれから四半刻と経たず、直樹は数百個の核を平らげた。

 途中食べ過ぎなのか過剰摂取なのか、吐き気や頭痛、震えなどが体を襲ったが、根性で食べきった。

 気絶して、新しくなった体にはエネルギーが満ち足りて、ものすごくキレが良さそうなのだが、いかんせん気分は最悪だ。風邪の治りかけにインフルエンザをもらったみたいな感じだ。

(あー、しんどい)

 ……病は気から。ポジティブなことを考えよう。別に病気でもなんでもないけど。

 新しい体。四本目のツノ。

 女神様のあのパチンコ玉じゃらじゃらで、直樹は四本目のツノを手に入れた。

(あぁ……女神様……)

 ……四本目のツノを手に入れた。

 四本目のツノを得て、直樹の体は、高校生だった頃と変わらないくらいの大きさを取り戻した。それどころかハリ詰まった筋肉や数十メートル先も鮮明に見える視界など身体能力は大幅にグレードアップしている。

 それにツノだ。あの憧れの四本ヅノの鬼にツノの本数だけは追いついた。彼と同じ様な戦いをできるとは到底思えないが。

 けれども、とりあえず、ワンショルダーのワンピースとして使っていた四本ヅノの鬼の腰巻を、半分に折り畳んで使えば、なんとか腰巻として使える様になった。彼と同じように腰巻として使えるようになった。ただし、八重巻きの超分厚いスカート。ストレッチ性、最悪。泣く泣く、ワンピースに戻した。

 岩を的に四本ヅノの性能を確認していると、大量の死臭に誘われてか、カマキリもどきのバケモノがやってきた。

 カマキリもどき。

 はじまりの大広間でウジ虫の糸に釣り上げられていたモノと同種だ。二本の大きく鋭い鎌が目をひく。直樹が蹴り上げて使っただけで、巨大バエを淀みなく真っ二つにしてのけた鎌だ。それに、直樹が頭部にのり移れたように、その緑の体はとても大きい。全長は十メートル近いだろう。

(うへぇ、強そう……)

 大変よろしくない。

 いつものごとく、逃亡一択だ。

 だが……


「うわぁ……マジかよ……」


 その場は足場の悪い、所々直樹の身長より大きな岩の棘の生えたちょっとした広間。そこへと繋がっている通路は二本のみ。

 一方向からはカマキリもどきが来ているが、もう一方、女神様が消えていったと思われる方向にも……敵影が確認された。

 大きな、大きな立ち姿。発達した二本の腕。無駄にでかい胸筋。暑苦しい顔。……ゴリマッチョ。

 そこには、でっかいゴリラがいた。

 こちらはカマキリもどき以上に手強そうだ。

 挟み撃ち。いや、うまく立ち回れば戦わずに、ゴリラの向こう側へと抜けられるかもしれない。

 だが、この洞窟に来て以来、滅多に得られない感覚に直樹は戸惑った。

(こいつら……理不尽な威圧感が、格上の感じがしない⁉︎)

 この洞窟で長い間、苦しみぬいた成果だ。

 四つ目の核を手に入れた、進化の賜物だ。

 これまでの経験から、核の四つ持ちと五つ持ちの間にはとてつもなく深い溝が存在すると推測される。

 上位種と下位種、幼体と成体、それほどの差だ。

 直樹が、これまで倒してこれた敵も全て核の保有数は四つ以下。だからこそ、この洞窟では核の四つ持ち同士による激しい昇格争いが頻発している。四つ持ちが死にもの狂いで弱者の核を奪い去る。弱者の中の弱者、三つ持ち以下は漁夫の利を虎視眈々と狙う。全ては弱者を脱するために。全ては強者の仲間入りを果たし、安全を手に入れるために。全ては強いモノをぶちのめすために。

 だからこそ、直樹は核の収集を急いだ。早急に五つ持ちへ至るために。生き抜くために、小鬼から鬼へと成る必要があった。だから、女神様のもとで安全に一晩で二桁もの核をいただけるのは望外の僥倖であった。……あぁ、女神様、何処へ。


「さて、どうするか……」


 初めての”同格”対決。

 四本ヅノの性能を確かめるいい実験と経験の場だ。

 それに、こんなところで負ける様では女神様を追ってもただ死ぬだけだ。

(戦うか……?)

 言い訳を付け加えると、この場を離れるためには最低、どちらか一方を沈めてしまった方がより確実だ。

 ……ふと、直樹は自身の思考ログを振り返る。

 すると、自然と、理由を積み上げて、同格の相手と戦うことを考えていたことに気づいた。

(おいおい、河田直樹。お前はいつから戦闘狂になったんだ?)

 直樹は自分に問いかける。

 まるでこの洞窟のバケモノどもの様に戦闘を、闘争を、スリルを待ち望んでいる自分がいるみたいだ。

 いや……いるんだ。スリルを待ち望む、楽しみを待ち望む自分が。

 きっかけは間違いない。はじまりの大広間での巨大バエと糸からの逃走劇だ。 

 あのアドレナリンどばどばの全能感に、生きてるって感覚に飢えてしまっているのかもしれない。

 スポーツ選手が引退した後も、アマチュアで続けたり別の競技にのめり込んだりするのはこんな感じだからだろうか。

(これが、命取りにならないといいんだが……)

 まぁ、仕方あるまい。

 すでに理由を積み上げてしまったんだ。

 それに、鬼と自覚して最初に、湖畔でワニと岩ガエルから生き延びた時、決めたんだ。

 俺くらいは俺の行動を、気持ちを、存在していることを肯定してやる、と。

 自分を生きる、と。

 自分の気持ちが、行動が変わってしまうことが怖くないといったら、それは嘘になる。

 だが、気持ちが、行動が、楽しみが、変わっていくのも自分だ、と思う。

 だから、楽しんでやろうじゃないか。

 死にもの狂いで。





 直樹はカマキリもどきへと距離を縮める。岩の棘が針山の如く乱立する地形を利用して、こそこそと岩陰に隠れながら近づく。おそらく、相手には気づかれていない。

 カマキリもどきとデカゴリラ。直樹が最初の相手に選んだのはカマキリもどきであった。

 理由は二つ。多分こっちの方が弱い。それに、こっちの方が軽い。まぁ、軽い分、速くて鋭いだろうけど。

 二連戦の最初。つまり、挟み撃ちされる前にとっとと片付ければならない相手だ。防御が薄い方がいい。デカゴリラは、見るからにヘビー級、堅いだろう。雰囲気もそうだが、敵のボディを考えれば必然の選択であった。

 さて、対カマキリもどき。おそらくだが、相手の最大の武器は眼前に構える大きく鋭い鎌だ。他にも飛行能力がどれだけかはわからないが羽も警戒してしかるべきだろう。

 とりあえず、姿を隠せてる、先手を取れるこの状況を利用して、咄嗟の事態への相手の出方を伺おうか。

 状況次第ではそのままやってしまっていいかもしれない。

 直樹は手元を見やる。石ころだ。そこら中に転がってる石ころの中から最適のサイズを選別した。

 直樹は野球のピッチャーのような動きをとる。野球チームに所属したことなどない。だが、壁当てには自信がある。あと、一人シートノックに関してはプロ級だと思っている。

 目指せ170km/h。鬼の身体能力ならいけるかもしれない。

 セットポジションより、第一球、勢いよく——投げたっっ。

 ——切り落とされた。静かに、簡単に切り落とされた。

 どうやらカマキリもどきくんは左で切るのが好みらしい。




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