第22話





 ストーカー兼召使いライフを送り始めてもうすぐ一週間。

 直樹はもはや習慣となってきた朝の献上の儀を行う。

 女神様に夜のうちに集めておいた大量のバケモノどもの核の山を差し出すというものだ。

 そして、女神様が懐へ納めずに残された分を、集めたお駄賃として頂戴するという素晴らしい儀式だ。女神様マジ女神様。

 ここ数日働き通しで殆ど寝れず、ぶっ倒れそうだが、それは些細なことだ。もともと、地球にいた時からショートスリーパーだったし、鬼となってからは更に睡眠が浅く短くならざるを得なかった。けれど、まだ生きている。問題ない。

 今日もまた、数歩後ろへ下がって、女神様がお納めになるのを待っていた。すると、女神様が核の山の乗る布切れを手に取り、幾分か地面へと落として、歩き出した。

 一昨日から、女神様は朝食後にハンカチのような、スカーフのような布切れを落とされるようになった。集めた核を包むのに使えということだろう。そして、包みを受け取る際に中身を落としていくのだが……今日はいつもとは違った。

 量が違った。


「えっ……多っ⁉︎」


 残す核の量が多かった。いつもは九割以上お持ちになるが、今日は七割ほどであった。

 この世界での核の重要性を考えればとんでもない厚意だ。昨晩はいい夢でもみたのだろうか。

 女神様は女神様だ。

 直樹は思わず、それでも当たり前に、感謝の意を表現する。


「あ、ありがとうございますっ!」


 久しぶりの他人への発声。いくら日頃多々悲鳴をあげているとはいえ、少しかすれてしまう。

 通じたのかは分からない。

 いや、はじまりの大広間でどういうわけか直樹にも意味のわかる言葉を呟いていたから、おそらく伝わったに違いない。

 そう、思おう。

 女神様は後ろ姿しか見えなかったが、どことなく微笑んでいる、そんな気がした。


 今日はいい一日になる、そんな気がした。



 今、直樹が最も欲しているのは外への手がかりだ。この洞窟から、地獄から一刻も早く抜け出したい。別に洞窟の外が地獄でないという保証はかけらもないのだが。

 だが、直樹には外への手がかりと同じくらいに、ある意味それ以上に欲しいものがある。バケモノどもの核だ。

 はじまりの大広間で四本ヅノの鬼の核を口にして、三本目のツノを手にした。

 ツノの変形という新しい力を手にした。

 だからこそ身に染みて理解させられた。

 この洞窟は本当にバケモノの巣窟なのだと。正面から戦って勝てる相手はいまだにほぼゼロだ。

 生きるため、安全を手に入れる必要がある。女神様に依存した安全ではない。より本質的な安全だ。

 それには強くなるしかない。

 だから、核が必要だ。

 


 額に三本目のツノが生えたことで、直樹は周りのバケモノどもが何をもって戦いを繰り広げているのか、おぼろげながら理解した。

 彼らの力の根源は不思議なエネルギーと核だ。

 不思議なエネルギーはバケモノどもの体を、特に、核を食べた時に暴力的に体に満ち溢れていったものだ。目には見えないし、感覚的にしかわからない。だが、確かに存在する。三本目が生えるまでは分からなかったが、今は確かに体に、特にツノの根元に存在していることを感じられる。

 以前まで、この不思議エネルギーは取り入れたら、ハイになって、しかも欠損した肉体も治るという万能薬的な麻薬だと思っていた。

 しかし、その認識は正しくなかった。これはその程度のものではない。いや、万能薬もすごいのだが。

 巨大バエ戦の時、初めてツノを伸ばした。その時にこの不思議エネルギーがごっそり消費された。

 そして、直樹は”ツノを伸ばす”という超常現象を引き起こした。

 その時理解した。

 この不思議エネルギーは個人の能力に合わせて、不可能を成し遂げる力なのだ。まぁ、言うなれば、魔法を扱うための魔力のようなものだろうか。

 この不思議エネルギー、一体何でできているのか分からないし、何ができるのかも全然把握できていない。ただ、とてつもないポテンシャルを秘めている。

 そして、直樹の場合、不思議エネルギーはツノの根元に蓄積されている。

 ツノの根元……核だ。

 おそらく、核は三つの役割を担っていると推測される。不思議エネルギーの貯蔵と変換、そして生命の維持だ。

 貯蔵は単純だ。食事などにより入手した不思議エネルギーをためる役割だ。

 対して、変換。この役割がバケモノどもを更に化け物たらしめていると言える。この変換という役割は、不思議エネルギーを使ってバケモノたちの固有能力の発動させることだ。固有能力、鬼にとってのツノやカエルにとっての舌攻撃だ。何もないところからツノを作り出せないし、カエルの舌も弾丸以上に早く吐き出せるはずがない。それぞれの種族にあわせた特殊な力を生み出すのために不思議エネルギーを変換し用いているのだ。

 そして、生命の維持。核を切り離したバケモノが即死していることからその重大さが知れる。詳しいことは分からないが、不思議エネルギーの供給のみでほぼ飲まず食わずでも何日も死なないで済むことから、間違いなく生命線であることが伺えるだろう。なんか人外っぽくて今更ながらちょっと複雑だが。

 

 つまるところ、戦いにおいて技術もそうだが、不思議エネルギーと核が大きな役割を担っている。

 ということは、強くなるには、不思議エネルギーと核を増やさねばならないのだ。

 そして、不思議エネルギーは基本的に殆ど核に貯蔵されていて、おそらく多量に摂取することで自身の所有する核が増える。

 だから、核を食べなきゃいけない。たっくさん。

 まぁ、薬物の多量摂取みたいでアレだけど。





 さて、女神様からの恵みがいつもより多くて機嫌もいい今日この頃。

 おそらく昼と思われる時間、直樹はお仕事に励んでいた。

 実はストーカーと召使い以外にも直樹の役割はあったのだ。

 それは……掃除係。

 高校にいた時は昼休みに”お掃除”なんてアホ面倒なことをやっている馬鹿がいたが、今直樹のやっている掃除はもちろん違う。もっと崇高なものだ。

 女神様が道中につまみ食いした、その食べ残しを綺麗さっぱり処理するというものだ。

 ……美人さんと間接キス?

 いいや、そんなはずはない。彼女は大抵、着物の裾で獲物を仕留め、そのまま獲物へ伸ばした裾で綺麗に核を取り出す。そして、それを懐の巾着の中へ運び、ストックする。

 つまり、彼女の肌とバケモノが接することはない。基本的に着物で全てをなしている。

(あれっ……ということは、まさか⁉︎ 俺は、間接的に!!)

 ……美人さんの服を食べている?


「うへへっ」


 直樹は思わず笑みをこぼした。

(間接キス、何それ、くだらなっww)

 直樹は自身の崇高な行いにより一層励む。

 一応、この掃除には意味がある。核を食べることと比べたらほぼ効果がないとはいえ、バケモノどもの肉体を食すことは自身の強化に繋がる。ちりも積もればなんとやら。それと、女神の殺戮と食事の痕跡を消す役割もある。彼女はどうも押し寄せるバケモノどもを鬱陶しがっている節がある。バケモノの死体の放置は撒き餌のようなものだ。無駄にアホどもが押し寄せてくる。だから……

(バケモノどもは、骨ごと飲み込みますっ!!)

 今日も直樹は一心不乱に働く。 

 女神様は悪寒を感じたのか、身震いする。


「あれ……?」


 直樹は気づいてしまった。

 女神様が寝ている間は召使い。

 女神様が起きている間は掃除係とその準備。

 ほぼフルタイム(24時間)のブラック仕様。

(あれ……俺、ストーカーしてる時間ほぼ無くね?)

 ——ゾクッッッと直樹にもわかるくらいに殺気が強烈に、無数に突き刺さる。 

 やばい。

 殺気がどんどん強くなってる。

 現実逃避をしている場合じゃない。

 女神様は決して悪寒で身震いなどしていない。たぶん。

 殺気の主人は女神様。向けられた相手は直樹……じゃない。クソみたいな思考がバレたわけじゃない。

 目の前の、ちょっと開けていて、岩がいくつも棘のように隆起した足場の悪い環境。

 そこをバケモノどもが、遠く向こう側からこちらへ向かって駆けてくる。

 数匹ではない。数十匹が一斉に押し寄せてくる。それも、種族がバラバラだ。ハエの時のように一体感はない。

 やがて、視界が全てバケモノで埋まった。下手したら百匹を超えるかもしれない。

 異常事態だ。

 こんなこと一度も見たことない。

 まるで、バケモノどものお祭り騒ぎだ。



 パレード、だ。

 



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