第7話 魔術師の誇り

 


 師匠のもとへ来て、はやいもので1ヶ月が過ぎた。


 春だった元の世界あっちとは違い、肌寒いとは感じていたが、

 どうにも異世界こっちは、夏の終わり目くらいの季節であったらしく、

 今ではだんだんと葉が茶色くなって、秋の訪れを感じさせるようになっていた。


 時間が経つにつれ、私の魔術のレパートリーと、クオリティは、広がりと成長をみせたが、ここにきて私たちの住処アジトに火急の問題が発生してしまった。


「ジェームズ、ジェームズ聞いて、緊急事態よ! お金がなくなってしまったわ!」


「まさか泥棒にでもやられましたか?」


「いえ、そうじゃなくて、食費がかさんで……」


「ぇ、所持金が尽きたと?」


「そうよ!」


 口が空いて、言葉が出ない。


 ダメだ、この人、ポンコツではないか。


 私が転生初日に、数人の男からご協力いたたいで手に入れた金も預けていたというのに、それら全てを使い果たすまで、なぜ行動を起こさなかったのか。


 いくらでも、やりようはあったはずなのに。


「はぁ……」

「な、何よ、そのため息! 仕方ないじゃない! 師匠でもこういう事はあるわよ!」


 師匠は性格悪いうえに、ポンコツだったなんて。

 いや、薄々気づいてはいたが、見た目の可憐さにはんして本当に残念がすぎるだろうに。


 まぁ、もっとも、こんな事を言えば、師匠は拗ねてしまうだろうし、雷が落ちてくるのは目に見えているので、何も言わない。


 私にできるのは、行動を起こすこと、ただそれだけだ。


「師匠、わかりました、お金を稼ぎましょう」


 このスラムでは脆弱な貨幣制度がまだ生きているので、労働で賃金を得て、そのお金で生活する、という一種のまともなサイクルを行うことが可能だ。


 だれも他人に恵んでいる余裕はない、とわかっているからか、物乞いなどは逆にすくなく、悪事に手を染めたり、物を盗んだりと、皆がしたたかに生きているのだ。


「わかったわ、頑張ってきなさい」

「師匠も来るんですよ、なに座ってんですか」


「嫌よ! わたし、働きたくないわ! 魔術師は深淵への探究のためだけにその時間を費やすものなの!

 だから、こんなスラムの掃き溜めでせっさとお金稼ぐなんて……って、話聞いてるの!?」


「聞いてますよー、それじゃ、行きましょっか」


「全然聞いてないじゃないーッ!?」


 抵抗する師匠を強引に引っ張りだし、住処をでる。


「師匠、いままではどうやってお金を稼いでいたんですか?」


 ようやく抵抗をあきらめた師匠を解放。


 どうしても前を歩きたいのか、トタトタと私のまえに移動する、長い銀髪に隠れた背中へ声をかける。


「むぅ……知らないわ、全部、キーラがやってくれてたもの」


「キーラ?」


「わたしの魔術の先生、すこし前に死んじゃったんだけど、あの住処も魔術教本も、ぜーんぶ、キーラが積み立ててきたものなの」


「全部ですか? 師匠はなにもしなかったんですか?」


「っ、何よ、わたしが何の役にも立たない穀潰しだって馬鹿にしてるのねっ!?」


「そこまで言ってないですけど、言いたい事は伝わってるんですね」


「ジェームズぅう! もう許さないわ! こうなったらもう帰って寝てやるわ!」


「えぇ……そこはヤケになって出来るところを見せる場面なのでは……?」


 やれやれ、ご機嫌をなおして貰わないと、本当に住処に帰ってしまいそうである。


「ふん! もうジェームズなんて知らないもの! 魔術師はそこいらの庶民とは違うんだからね! 学者なの、せっせと働く村娘じゃないの!」


 ふむ、うちの師匠は、どうやら魔術師であることに誇りを持っているとみえる。


 ともすれば、そこを上手く利用できれば、この傲慢で、高慢で、気高くて、わがままで、歳のわりに自立できていないレディに、

 自ら、働く気を起こさせることが、出来るやもしれない。


「あ、そうだ。そういえば師匠って、水路で会ったとき、同い年の男子たちに虐められてましたよね」


 紳士として過去の嫌な記憶に触れるのは、とても胸が痛むが、ここでやらねば、被害は胸の痛み程度ではすまなくなる。心を鬼にして、傷をえぐらせてもらうことにする。


「っ、また馬鹿にする気なのねッ!? 言っておくけど、あんなやつらなんて、本当ならチョチョイのちょいでやっつけられるんだから!」


「師匠、口先だけなら、誰にでも言えます……Nothing ventured, nothing gained 師匠が魔術師としての格を手にいれたいのなら、

 あの住処アジトでぬくぬくしてるだけでは、いけないですよ。師匠は優れた先生だし、上手に魔法を使えることは知ってますから、

 そのことを世に知らしめてくださいよ。そうして、私の誇れる師匠になって見せてください」


 踵をかえし、帰ろうとしていた師匠は振りかえり、口元をわなわな震わせて、こちらを見つめてくる。


「な、何よ、そんな急に持ちあげてきて……そんな手には乗らないわよ! ジェームズは料理も、掃除も、裁縫も、何でも出来て、

 喋り方も、振る舞いも品があって、育ちがいいのは嫌でもわかるわ。こんな掃き溜めスラム暮らし、わたしの事なんてーー」


 まったく困った師匠だ。


 もしかして、私のことを上流階級かなにかと思っているのだろうか?


 詳しいイングランドの歴史は割愛するが、あの国において、私は間違いなく下流階級である。中流ですらなかった。


 私が自分のことを真なる紳士であると、誇りを持つのは、私がピグマリオンのイライザであるからだ。


 私は超能力を見込まれて組織にスカウトされ、そして、どこに出ても恥ずかしくない様に礼節、教養、品格をたたきこまれ、紳士ジェントルマンになっただけの、成り上がりフェイカーにすぎない。


 それ以前の私という人間は……まぁ、それはもう酷いものだったさ。


「師匠」


 かつての自分を重ね合わせる。


 師匠は瞳を潤ませながら、「なに、まだ馬鹿にする気なの……っ」と、頬を涙にあからめて睨みつけてきた。


「はっきり言って、私には教養がありますし、王宮で食事をしても、何ひとつ落ち度がないであろう礼節もわきまえています。品格だって超一流だと自負して疑いません。

 英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、中国語、異世界語の6カ国語を話すマルチリンガルですし、

 洋の東西を問わず、人類史にも造詣ぞうけいが深いです。

 機械工学の修士号も持ってますし、心理学、精神分析学にもたけています。

 結社のなかで最も怪物超能力者を討伐した『超能力者殺しエクスキューショナー』でもあります。それが、ジェームズ・クラフトという紳士です。

 それでも、師匠は私の師匠です、魔術の勉強や、この世界の渡り方は、師匠に教えてもらわないと、とてもとても追いつきません……だから、師匠、私の師匠は凄いんだって、誇れる師匠でいて欲しいんです。

 そして、なによりも、師匠自身が、自分に誇りを持てるように生きてほしいんです」


「わたし自身が、自分に誇りを……」


 師匠はうつむき、もごもご何か呟くと、スッと顔をあげた。


「ふん……ほとんど何言ってるかわかんないわよ、もう…………」


「ん、師匠?」


 スッと私の横を流れていく銀髪。


「何をボーッとしているの、荒稼ぎにいくわよ」


 師匠はそう言うと、スタスタと先導して歩きだした。

 住処アジトとは逆方向、だまって向かう師匠の背中。


 余計なことは言わないほうがいいだろう。


 私の言葉が届いたのなら、なによりだ。



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 Nothing ventured, nothing gained


 虎穴に入らずは虎子を得ず

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