第2話 スラム街のライナ
ガラナメーグは泣きやまない。
師匠の手で、元の両親のもとから連れ出されたばかりの頃、わたしがいっつも言われていた言葉だ。
「しぃしょーッッ! わかんないよぉー!」
「ライナ、いい加減にしな。この程度の魔術式を解けなくて、魔術師になれるわけがないじゃないかい」
師匠はそういって、わたしをひたらすら魔術教本と向き合わせるものだった。
今となっては、あの日々が懐かしく思える。
師匠のもとに来て3ヶ月がたった頃。
わたしは、ようやく師匠の弟子として認められ、正式に魔術師見習いの称号をもらった。
「やったー! わたし、今日から魔術師だぁー!」
「馬鹿だねぇ、そんなんで受かれてるんじゃないよ、まったく。ここから道のりが果てしなく長いんだからねぇ」
師匠は今と変わらず、いつだってわたしに厳しかった。
師匠に褒められた記憶がないくらいだ。
師匠もとで修練をはじめて1年と半年がたった頃。
わたしは自分に自信を持ちはじめていた。
ここは掃き溜めのスラム街。
わたしみたいに魔術を使える人間なんていやしない。
「へっへーん! このわたしに逆らったら魔法でイチコロなんだからね!」
「ぐっ! 覚えてろよ、ライナー!」
「あいつだけずりぃー!」
みんなみんな、わたしの魔法に驚いていた。
だけど、師匠はそんなわたしの振る舞いをよしとせず、ひたすらに厳しかった。
半人前の魔術師がなにを調子に乗っているのだ、と。
師匠は決して褒めてくれなかった。
わたしの成長を認めてはくれなかった。
次第に師匠と過ごす時間が辛くなり、わたしはますます外で威張るようになっていった。
修行をはじめて3年が経った頃。
雨の日、わたしは路地裏で倒れふす師匠を見つけた。
「ライナ……ごめんねぇ、あんたの事、最後まで本当の魔術師にしてあげられなくて……」
雨降るスラムの泥のうえで、わたしの師匠は死んでしまった。
その頃、あまり上手くいっていなかったわたしたちは、互いに素直になれず、衝突してばかりだった。
師匠はわたしのことが嫌いなんだ、そんな勝手な思い込みは、血を流して冷たくなった師匠の手に握られた、魔術学院の入学証によって絶望へとかわった。
師匠は危険をおかして、スラム街のギャング共から金を奪い、わたしの未来を確保しようとしてくれていたのだ。
ぐしゃりと濡れた入学証と、師匠の杖だけを手に、わたしは逃げるように雨のなかを駆け抜けた。
⌛︎⌛︎⌛︎
師匠がいなくなって3ヶ月がたった。
わたしの生活はめちゃくちゃになった。
悪いことばかりが起こるようになってしまったんだ。
「ちょっと、ふざけないでよ! それはわたしの入学証なのに!」
「うぇーい! 悔しかったら、お得意の魔法で取り返してみろよ!」
「お前なんかが魔術学院にいけるわけないっつーの! スラム出身の人間なんかが、中央街で受け入れられるわけがないぜ!」
家への近道をしようと、下水路の横道を駆けていたら、顔馴染みのイヤなやつらに捕まってしまった。
こんな奴ら、わたしの魔法があれば余裕なんだから。
「わかったわ、よほど後悔したいようね!」
杖をとりだし構える。
「よっと! 隙あり!」
「っ!」
背後から飛び出てきた手に杖を奪われてしまう。
まずい、杖がなくては、せっかく魔法を詠唱しても意味がない。
「お前、これがなかったら魔法使えないんだろ!」
「っ、返して! 返しなさいよ!」
「うるせ! お前、女のくせに生意気なんだよ!」
太い腕が振りあげられる。
わたしと同い年となれば、彼らも15歳、もう立派な大人だ。
わたしは振りあげられた腕に底知れぬ恐怖を感じ、何もすることが出来なかった。
魔力の順応で、同年代の男の子くらいなら腕力も負けないはずなのに、わたしの体は固まり、腰は抜けてしまっていた。
「や、やめなさいよ、なん、なんでこんなことするのよ!」
「へっへ、こいつビビってるぜ! いつも痛い目に遭わされて来たからな! 今日こそ復讐してやるんだ!」
なんてことなの。
そっか、これもわたしのせいなんだ。
だけど、それでも、仕方がないじゃない。
師匠はいつも厳しかったし、誰もわたしのことを認めてはくれなかったんだから。
自分の力で生きなくちゃいけない、この街で、わたしは認めさせたかったのに、わたしのことをもっと褒めてほしくてーー!
振り下ろされる手。
「誰か助けてー!」
わたしは頭をおさえ、ただ全力でそう叫んだ。
「お呼びでしょうか、レディ」
その男は、そう言って颯爽とわたしの前に現れた。
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