第3話

一樹と同じ香りを手に入れた絢は、

ひとりで家にいた。



何もすることがなく

寝て起きてご飯を食べてを繰り返している

自堕落な休日だ。



近くに好きな香りがあるんだという

充足感で絢は心が満たされていた。


早くこの香水を纏って外に出かけたい。




ずっと思っていた。




ヴーヴー




スマホのマナーモードが鳴っている。



スマホを確認すると、

いつも仲良くしている男友達のカズキからの連絡だった。


「今日の夜空いてるか?」



「飯でもいこーぜ」





夜ごはんの誘いだ。




このカズキも近頃恋愛関係で悩んでいるらしく、度々連絡が来る。



一樹のことを忘れるにはちょうど良い気晴らしだ。


絢は返信をした。



「いいよー。」




「何時にどこ集合?」






「19時に○○駅集合な?」






え…


今なんて…




「○○駅…?」





それは、昨夜一樹とお別れをした場所だった。

絢の職場の最寄り駅。


今は年末で、年始の仕事はじめになるまで、

しばらくこの駅は使わないって思っていた。




まさかこんな早く一樹といろんなことがあった駅に戻るなんて…

また一樹のことを鮮明に思い出しちゃうじゃん…


神様のいじわる…


絢はそう思った。




今、あの駅を使えば、また一樹のことを思い出してしまいそうで怖かった。



だけど、またあの駅に行けば、

あの時の気持ちを


もう一度あの場所で記憶を鮮明に蘇らせて、

自分自身の心の充足感に充てられるかもしれない…


そう思った。



考えがまとまりきっていないのに

絢の手は、カズキに返信をしていた。




「おっけー。

 ○○駅に19時ね!」




約束をしてしまった。





なんだか心と体の処理が追い付いていないようで、

絢は少し混乱している。



集合時間の1時間前にアラーム設定しておこう…。


…。ちょっと疲れたから横になろう…。



リビングでパソコン仕事をしていた絢は、

そのまま左に倒れてすっかり寝てしまった。




そして絢は深い眠りについた。





…。





「ハッ…! 今何時?!」



目が覚め、絢はすかっり寝てしまったと気が付いた。





「カズキとの約束の時間は?アラームは?」


色々と考えながら、絢はスマホを手にした。



すると

アラームの3分前。


「ああ、よかった…。」


慌ててアラームを止め、急いで出かける準備をした。



洗面台に向かうと、

一樹の香りがする香水が置いてある。



「ああ。私さっきこの香水、ここに置いたんだっけ。」




そう思いながら、霧吹きで


シュッ



と絢の左腕に掛けた。


そのまま吸い込まれるように絢は香水を掛けた左側の腕にそっと顔を近づけた。




ああ。一樹の香り…

まるで一樹がそばにいるよう。


絢は、今にも泣きだしてしまいそうな精神状態だ


心臓が優しくドキドキと鼓動を早めてしまいそうな気持ちだった。






絢は、身支度を整え、家を後にした。





電車に乗り、カズキと約束の駅に向かった。



駅に向かう途中、

フワッと一樹の香りがする。



そう。さっき絢の左腕に掛けた香水だ。



ああ。一樹…



不安定な気持ちのまま絢はかずきの元へと向かう。



カズキは、先に約束の駅にに着いており、スポーツ用品店にいた。


絢も追って、スポーツ用品店に入る。




「カズキ、お待たせ。久しぶりだね。」



「おお、絢。久しぶり。」



「元気だったか?」



「うん、元気だったよ。」




たわいもない会話をして、二人はレストランへと向かった。





…。




その後も普段通りの会話をしてカズキとの食事が終わった。







普通の食事が。




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