第17話 すれ違い02

 ざわざわとした賑やかな雰囲気の中、ぐるりと辺りを見回し教室の奥を覗き込む。


「あれ、いない」


 確かめるように何度も視線を動かしてみても、目的の人物は見当たらなかった。

 まだ昼休みになったばかりなのでいるかと思ったのだが、定位置である窓際、一番後ろの席にも教室の中にも彼はいない。


「もう出たのか?」


 せっかく意を決して来たのに肩透かしを食らった気分だ。しかしいないものは仕方がないと諦めて、ため息をつきつつ踵を返した。けれど途端にあるはずのない立ちはだかる大きな壁にぶつかってしまう。


「西やん、どしたの? こんな時間に」


「び、びっくりした。三島か、悪い」


 廊下の真ん中でぶつかったそれを見上げれば、三島が不思議そうに僕を見下ろしていた。

 相変わらず三島は背が高い。藤堂も自分と十センチ以上の身長差があるが、三島はそれより多分もう少し高い。若干首の後ろが痛くなる。


「もしかして優哉に用事?」


「え? ああ、まあ」


 ズバリと言い当て小さく首を傾げる三島に、思わず僕は苦笑いを浮かべてしまう。すると三島はふいに困ったように眉を寄せた。


「早退でもしたのか?」


 その表情に朝の様子が思い出されたが、三島はゆっくりと顔を左右に振った。


「実は優哉、実行委員になっちゃって」


 ため息交じりにそう呟く三島に一瞬首を捻る。しかしその意味をようやく思い出して、僕はやっとああ、と合点がいった。


「創立祭の? でも、バイトあるのに大丈夫なのか」


「ん、今回は放課後と昼休みを使うみたい。だから優哉は昼休みだけ参加するって」


「昼休み?」


 意外な答えに眉を寄せれば、同じように三島も首を捻り訝しげな顔をする。


「今回は峰岸が関わってるから、よくわからない」


 珍しく機嫌悪そうに口を曲げる三島の姿に、僕は思わず目を見開いてしまった。


「峰岸って三年の、生徒会長の峰岸だろ?」


 物覚えが悪い僕でもさすがに峰岸のことはすぐに思い出した。彼はとても印象強いタイプで、それは昨今の生徒会長の中でも群を抜く。女子からも受けのいい整った顔立ちは甘く、威風堂々としたその姿と存在感は正直高校生らしくない。

 同じく落ち着いた雰囲気を持っているが、藤堂とはまた少し違ったタイプだ。


「峰岸は藤堂と仲がいいのか?」


「うーん、最近はあんまり。二年の半ばくらいまではよく一緒にいたけどね。俺、あいつは苦手」


「ふぅん」


 三島が他人に対して好き嫌いをはっきり口にするのは本当に珍しい。よほど相性がよくないのか。まあ、どう見ても草食系と肉食系なのだから、相反しているのも道理か。


「そんなことより、西やんご飯は食べた? まだなら一緒に食べない?」


「え? ああ、まだだけど」


 まだ少し話を聞きたかったけれど、バッサリと打ち切られつい口ごもる。

 あとで片平にでも聞いてみようか。




 三島に腕を取られて食堂へ入れば、少し出遅れたからか中は生徒たちでごった返していた。その人混みを目にして無意識に眉間にしわが寄る。


「こっち、こっち」


 険しい顔をして立ち尽くしている僕を手招き、三島は人混みを縫って進んで行く。そしてなぜか食堂を突っ切り厨房横にある勝手口へ向かって行った。


「どこに」


「しー、いいからこっち」


 口を開きかけた僕へ向かい口元に人差し指を当てると、三島はおもむろに僕の手を掴んで歩き出す。そして三島が勝手口の扉を開けば、ほどよく冷たい気持ちのいい風が吹き込んだ。


「ここは?」


 拓けた視界に思わず首を傾げる。目の前でそよそよと風に吹かれて揺れる緑の葉っぱが目に留まり、ここから先は屋外であることがわかる。しかし足元はタイル張りになっていて、それは木の合間を抜けてさらに奥へと続いていた。


「秘密の場所」


 呆けた顔の僕を覗き込んで三島は悪戯っ子のような顔で笑った。


「雨降りの日は使えないけど、今日みたいな晴れの日は気持ちがいいよ」


 スタスタと歩く三島について細い道を歩けば、急に目の前がまた拓けた。辺りを見回すと、テーブルと椅子がいくつか点在している。


「まだ知らない人が多いんだけど、穴場でしょ」


 そこで食事をしている生徒の姿を何人か見受け、あ然とした。比較的長くここに勤めているほうだが、この場所は初めて知った。


「こんなところあったのか」


 三島によくよく話を聞いてみると、ここは去年できたらしい。食堂などめったに利用しないので、職員会議で上がった話も頭に入らなかったのかもしれない。


「なに食べる?」


「え?」


 恐らく厨房の裏側に当たるのだろう。小窓に置かれた今日のメニューをひらひらとさせて三島は首を傾げる。


「なんでもいい」


「女の子にそんなこと言ったら嫌われるよ」


 僕の答えに小さく笑って、じゃあA定食二つ、と三島は窓の向こうに声をかけた。

 確かに思わずそう答えて嫌そうな顔をされたことが何度もある。女心は難しい。自分もなんでもいいと言うくせに、なんでもよくはないんだよな。


「優哉は優しい?」


「は?」


 手近の椅子に腰かけた途端、三島はにこりと笑みを浮かべて僕の顔をじっと見る。


「え?」


 なぜここで三島の口から藤堂の名前が出てくるのかがわからない。けれど戸惑いと共に急に頬が熱くなる。確かに一瞬、藤堂は自分のこういう面倒くさがりで大雑把な部分を、あまり気にせず許容してくれるな、と思ったりした。

 思ったりはした、けど。


「ごめん、知ってる。実はこの前あっちゃんから聞いちゃった。優哉が、西やんに好きって言ったこと」


 あたふたと周りを見回して挙動不審になった僕に、眉尻を下げて三島は小さな笑みを浮かべた。


「えっ? そ、そうなのか」


 この間の、名刺をもらった日だろうか。確かに僕と片平の会話は三島にとって謎だったろうし、疑問に思うよな。


「うん。でも、高校入った頃からちょっと優哉は変わったし、そういうことかって納得しちゃった」


「変わった?」


 藤堂がどう変わったのか予想もつかず首を捻る。すると三島は少し遠くを見ながら首を傾げた。


「前より笑うし、喋るし、物事に興味を持つようになったよ」


「ん?」


 三島の言葉からは、どうにも僕の中にある藤堂のイメージと違い過ぎて、その姿が想像がつかない。


「藤堂はよく笑うし、よく喋るぞ。物事の関心まではわからないけど、愛想もいいしなにかと優しい」


 自分で言っていて少し気恥ずかしさはあるが、やはり僕の中での藤堂は、すごく優しくて気遣いもできて、よく笑いよく話をしてくれる。


「え? 西やんの前だとそうなんだ」


 僕の言葉に一瞬だけ目を丸くしてから、三島はへらりと笑い頬を緩める。


「よかった」


 そう呟いた三島の顔は本当に嬉しそうだった。そして、かくいう自分もなんだかむず痒くて、顔が熱くなった。

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