第16話 アロゥの告白

「まさか、しかし……いや……。

一周回ってここに辿り着き、その時、傍らにあるのならば、もはや偶然では無いとも……。

有り得ないと思っていたのですが……時にはそういうことも……」


「?どうかしたの?

何かわかったの?」


「そうですか……なるほど……。

私もまだまだ未熟、ということなのでしょうね……。

それならば……」


「……?」


一人で何事か納得している様子のアロゥをキャミルが不思議そうに見詰めていたが、しばらくぼそぼそとつぶやきながらアロゥは顎に手を当て、空を見上げたり、周囲を見回したり、キャミルの顔を見詰めたりしていた。


が、やがて、


「探しものは、どうやら見付かったようですよ、キャミル」


優しく微笑んでキャミルへと向き直った。


「本当!?

どこどこ!?

っていうか結局何だったの、探しものって!?

あぁー、でも良かったー!!

これ以上北に行ったらもう北極しか無かったもんね!

さすがにちょっと厳しいかなぁって思ってたのよ!

いやぁー!

ほんと良かったわぁー!!」


終わりの見えないさらなる雪山登山や北極探検の可能性から開放され、一気にテンションが上がったキャミルが、やったー!うおぉー!早くゲットしようよー!と大喜びでせかすのを、しばらく微笑ましく見詰めていたアロゥだったが、それを優しく制すると再び口を開いた。


「はい……。

探しものは、ここにありました」


「えぇっ!?ここに!?どこどこ!?どれ!?どれよ!?」


「ふふ……。

キャミル……私の探しものは、どうやらあなただったようです」


「…………へ?」


その言葉の意味が全く見えず、思わず両腕を天に掲げ口を開けたまま静止するキャミル。


「この山を降りたあの辺りの谷の奥深くに、私の城があります。

一緒に来てくれませんか、キャミル・アル・フィリア。

私の……妻として」


「…………へ?」


一体突然この人は何を言って……。

私の城って……いや……無くは無い……。

ただの通りすがりのそこらの勇者じゃないことはわかってたんだ……。

ワンランク上、いえ、フルランク上の洗練された立ち居振る舞いの数々……。

「私の」城……つまりは王子様……いや、王様……?

じゃあ……あたしはその……つ……妻……だから……お……王妃……様……?

あたしが……おう……ひ……?


「うおぉおぉおー!!」


一瞬前後不覚となったキャミルは、自分でも気付かぬうちに天に向かって雄叫びを上げていた。


「キャ、キャミル!?」


「はい!!喜んで!!」


驚き声をかけるアロゥに、満面の笑みで振り返ったキャミルが爽快に受諾の意思を伝えた。


「そ……そうですか、良かったです……。

では、こちらへ……。

まずは山を降りましょう。

もう徒歩である必要もありませんから……さぁ」


「はい!!」


そっと差し伸べた手をキャミルが力強く握り締めると、アロゥは小さく笑んで頷き、二人は光の球体に包まれて目指す谷の方角へと一気に降下していった。


やがて地面へと優しく降り立ち、離れてしまった手をさも惜しそうに見詰めていたキャミルだったが、そんなのこれからいくらでも握れるんだもんね、と針葉樹林の樹氷の森を軽やかなステップでアロゥの後に従って行くが、しかしいつまで経っても景色は変わらず、城などまるで見えて来ない。


代わりに目の前に現れたのは、地面に忽然と大口を開けた底の見えぬ深い縦穴だった。


「アロゥ……?」


穴の縁で足を止めたアロゥの背に不思議そうにキャミルが声をかけると、アロゥはしばしの沈黙の後に振り返り、真剣な目でまっすぐにキャミルを見詰めた。


「……キャミル、長旅を共にしてくれて本当に感謝しています。

そしてずっと自分でも気付かずにいた、今となっては認めざるを得ないあなたに対する想い……。

キャミル……愛しています」


「!!」


こんなにはっきりと言われたことなど無い台詞に、真っ赤になって固まってしまい、再び錯乱状態に陥りかけるキャミルを慌てて制しながら、アロゥはさらに言葉を続けた。


「ですから……落ち着いてしっかりと聞いて下さい。

私の城は……この穴の底、さらに深き洞窟の奥底にあります。

そこは地上とは異なる種族もあまたひしめく、そう、あなたがたの世界で……『魔界』と呼ばれる空間なのです」


「……え……」


「キャミル……信じて欲しい……。

あなたを妻として迎えたいという私の気持ちは本当なのです。

私は、今後の人生をあなたと共に歩みたいと思っているのです」


「は……はい……。

私も……その……あなたを、あ、愛しています」


「ありがとう……。

ならばこの場ではっきりと申し上げる勇気を得られました……」


アロゥはキャミルから視線を外し、深い縦穴を見やってから、ふぅ、と大きく息をつき、意を決したように再びキャミルの目を見据えて言った。


「キャミル…………私は……魔王です」


「へ…………?」


洞穴から吹き上げる風が二人の間を駆け抜けた。



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