16話:誰が為に君はいる?

―――――




「ほっ、ほっ!」

「はひっ、はひぃっ」

「ほっ、ほっ、ほっ!」

「はひぃ、ひぃっ、ひぃぃ」

「ほっ、ほっ、ほっ、ほっ!」

「ひぃ、ひぃっ、ひぃぃっ、ひぎぃぃぃぃぃぃ!」


「ほっ、ほっ――どうした?」

「ひぃ、ひぃっ、に、にっ、げるだけなのに、こんなに全力疾走しっそうながら長距離はしるなんて聞いてないよォーッ!」

のがれがてら、この世界の集落しゅうらくを探している。それにやつ上手うまけたろ?」


 風雅ふうがう通り、名無ななししの魔族ゴシックからは逃げおおせた。

 風雅いわく、あの魔族は戦闘特化とっか、特に白兵戦はくへいせん主体しゅたいとした対人たいじん特化らしい。戦斗力せんとうりょくが高いわりに、探知たんち検知けんち能力は低い、と。


 その通りだと思う。

 腕におぼえがあるからこそ、あんなにも明けけにあらわれ、正面からいどんできた。自信がなければ、隠密おんみつ系スキルを使うなり、徒党ととうを組んでくるはず猪突猛進ちょとつもうしんタイプなんだろう。

 それだけに、戦闘以外のスキルは低いことが予想される。

 つまり、逃げたのは正解だった、という事。


 それにしても、意外いがいだったのは、風雅がまで考えるタイプだった、って事実のほう

 ナグルマンティでは、それこそ風雅の方が猪突猛進の力押ちからおしだった。性急せっかち過ぎる、そんな印象。

 なのに、

 ……なぜ?


 やがて、まちが見えてくる――



―――タララカン・カッツォーの街



 一言ひとこと活気かっきがある。

 蝕魔界ケイオスダムドちたこのシャクンタラカーカに、活気ある街が存在している事自体じたい、想像だにしなかった。なので、ちょっとだけおどろいている。


 活気と一口ひとくちっても、色々いろいろあると思う。

 う人々がせわしなく歩むのも、笑顔をやさず談笑だんしょうするのも、仕事にせいを出す者達も、一応いちおうに活気。

 この街における活気とは、ひとえ混沌カオス


 人相にんそうの悪い無骨ぶこつやから幼気いたいけない子供をなぐり、少額しょうがくしか入ってないだろう蟇口サイフうばう。

 奪い取った蟇口がまぐちの中身を確認しようと開いた途端とたん獣耳ケモみみえた獣人じゅうじんがそれをさらう。十分な距離を逃げ切った獣人が嬉々ききとしてサイフをかかげると、蝙蝠こうもりような翼を生やした凶悪きょうあくそうな形相ぎょうそう亜人あじん滑空かっくうして来て、それをつかみ持ちる。

 上空じょうくう飛翔ひしょうし、浮遊ホバリングしていると、何処どこからともなく短矢クォーラルが飛んできて亜人を射貫いぬく。

 地面に翻筋斗打もんどりうってたたき付けられた亜人から蟇口をひろったいしゆみかかえた狩人風かりゅうどふうの男は、本来の持ち主である子供にそれをわたす。その子供の親とおぼしき男性は、謝礼しゃれいのつもりか、狩人の男に金貨を数枚にぎらせる。

 親子と別れた狩人は、少しはなれた路地ろじに入り、悪人面あくにんづらの輩に金貨を一枚手渡てわたす。

 金貨を貰った男は北叟笑ほくそえむ。そう、そいつは始めに少年を殴ってサイフを奪った当人とうにん


 この街は、倫理観モラル欠片かけらもない、実に活気ある街ケイオス・シティなのだ!


「いい街だな、ラヴ」

「!? な、なに云ってんのよ、風雅!」

「……――なにか気にさわったか?」

「さっきの見てなかったの? この街は不浄ふじょうだわ!」


 どういうつもりなの、風雅は?

 悪辣あくらつを絵にいたような邪悪さが蔓延まんえんしているこの街を見て、いい街、だなんて!

 こいつ、どれだけてんのよ!


何処どこを見ていたんだ、ラヴ? アレが見えんのか?」

「えっ?」


 風雅が指差ゆびさした方向に、瓦斯ガス覆面マスクような仮面をつけた極端きょくたん矮躯わいく人間広告塔サンドウィッチマンがいる。

 その広告看板に『はん魔王抵抗ていこう運動革命闘士とうし急募きゅうぼ』の文字が見てとれる。

 なんて、明白あからさまな募集なんだろう。

 魔王が支配しているこの世界シャクンタラカーカで、これ程堂々と叛乱分子はんらんぶんしつのるなんて。

 余程よほど間抜まぬけか、あるいは――


きみ! 其処そこの君! 反魔王抵抗運動革命闘士というのは、魔王の違背アンチという事か?」

「――え、えー、……はい」


 ちょっ!

 なに、話し掛けてんのよ、こいつは!!

 人目ひとめがあるってのに、魔王をこころよく思っていないってのをアピールする必要ないでしょ!

 一応いちおう、あたし達、あの魔族からの逃亡者とうぼうしゃなのよ。


「風雅ッ! そんな素性すじょう得体えたいも知れない人に話しけるのなんてしなよ」

「――なん……だと?」


 ――え?

 どうしたの、急にけわしい表情かべて。

 かんさわったのかな?


「えーと、なんかあたし、変なこと云ったかな?」

「取り消せ」

「えっ?」

かれを指して云った台詞セリフを取り消せ」――人間広告塔サンドウィッチマンを指差して。

「えっ、えーと……」


 目をカッと開いた風雅の表情には、忿懣ふんまんが満ちている。

 琴線きんせんに触れたのだろうか?


「ラヴ、君はこの世界に、来たんだ?」

「え? そ、それは…………すくいに来たんだけど――」

「誰をだ? 誰を救うために来たんだ?」

「!? そっ、それは~……」


 ――イヲタ、を……

 風雅には、すでにイヲタがあたしの親友だと伝えている。

 つまり、イヲタを救い出す、っていうあたしの目的を、風雅は勘付かんづいている。

 今更いまさらつくろっても仕方ない。

 偽善ぎぜん――

 分かっている。ナグルマンティの時とは違い、シャクンタラカーカにはイヲタを救いに来ている。イヲタ救出が優先。世界を救う事は二の次。

 それでも! 偽善だなんてひゃく承知しょうち! それでも、あたしは女神!

 ――だから。

 答える。胸をって!


「世界の人々! この世界の人々を救う為!」

「そうだ。。ナグルマンティで君は俺に云ったろ? 勇者は世界の人々の為に魔王を倒すもの、だと。

 だとしたら、この世界の住人である彼をつかまえ、小汚こぎたないだの、薄汚うすぎたないだの、けがらわしいだのと乞食こじきばわりするのはせ」

「――いや、そこまでは云ってないんですけどぉ~……」


 何気なにげに風雅のほう人間広告塔サンドウィッチマン小馬鹿ディスってる気がしないでもないけど、ことほかこの世界の住人の事も見ているんだ。

 必定てっきり俺様おれさまが過ぎるから、他人に興味がないのかと思ってたから、ちょっと驚き。

 意外と、人間臭にんげんくささも持ち合わせてるんだ。なぜか少し、ほっとした。


「俺は俺の為に、魔王をたおし、世界を救う。それは女神キミの為と同義どうぎ

 ならば、君が人々の為に世界を救うと云うのであれば、俺も人々の為に世界を救う。そして――」

「……そして?」

「――君の友達の為にも」

「……――」


 ちょ――

 やっぱ、こいつぅ~、チョーかっけぇ~♡

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