第50話 彼女とおこたと提案と
今年は例年よりも冷え込んでいるらしい。
そのせいもあって、最近は暖房だけでは心もとなくなって来た。
涼介にそのことを話すと、「こたつはコスパよくてあったけえぞ!」との事だったので、早速、我が家にも導入してみた。
その結果、
「いやーー、あったまるわぁ」
導入初日の今日。
早々にこたつの虜になってしまった彼女に、僕は歯に衣を着せぬ感想を口にした。
「おっさんみたいなこと言うね」
「JKがみんな天使だと思ったら大間違いだぞー?」
「いや、思ってないけど」
「いいなーこたつ。ずっと入っていたいよー」
こたつの中で足をもぞもぞさせながら、彼女がうっとりした声で言う。
これ、むしろ彼女の滞在時間が増えてコスパ悪くなるんじゃないかという危惧すら感じるハマり具合である。
もしそうなったら、本末転倒としか言いようがない。
「いいから早く食べなよ。煮詰まっちゃうよ」
卓上コンロの上で、グツグツと音を立てるキムチ鍋を気にかけながら忠告してやる。
彼女の皿は綺麗なまま。
キムチ鍋を作り、持ってきて、手をつける間も無くコタツの魔力にやられてしまったのだ。
「ううーん、もう少しだけ待ってー」
寝起きであと五分だけ、と言ってるくらい説得力がない。
僕はため息をついて、コンロの火力設定を「中」から「弱」に切り替えた。
しばらく、黙々とキムチ鍋をつつく。
キムチ鍋は、人生で数えるほどしか食べたことが無い。
そんな僕でも、この鍋はやばいとわかる。
彼女の料理は基本的に「やばいくらい美味しい」の感想しか出ないのだが、今日も今日とて舌が唸るほど美味しかった。
スープは店で売ってる鍋の素をジャーっと流し入れたやつではなく、味噌や酒などをベースに0から作った自家製のもの。
野菜もしっかり下処理がされていて、素材本来の食感を残しつつもスープのピリ辛さと合わさってとても旨い。
豚肉はごま油やニンニクと一緒に予め炒めたものを投入しているらしく、ただ煮るだけでは到底引き出せない味を演出してくれていた。
普通の家庭ならパパッとお手ごろに済ましがちな鍋を、こんなにも本格的なものに変えてしまう彼女の腕前に改めて感心する。
彼女が復活するまで、僕はゆっくりとしたペースで舌鼓を打っていた。
「よし! 充電完了!」
まるで動かなくなったおもちゃが唐突に息を吹き返したみたいに、彼女が勢いよく半身を起こした。
そしてこれまでの分を取り返すような勢いで鍋をつつき始める。
「んぅー、やっぱり冬は鍋に限るねー」
「まあ、定番だよね」
「望月くんは何鍋が好き?」
「強いて言うならしゃぶしゃぶかな」
「鍋じゃないじゃん。スープに味しなくない?」
「しゃぶしゃぶの概念覆さないでよ。君はそれこそ、キムチ鍋とか好きそうだよね」
「うん、大好き! 望月くんはどう? 辛くない? 大丈夫?」
彼女がこのタイミングで妙な気遣いを発揮し始めた。
僕はとても素直な性分なので、忌憚なき意見を述べる。
「大丈夫だよ、美味しい」
「んんーーっ、それはよかった!」
彼女の手を動かす速度が加速した。
ゆらゆらと、身体を左右に揺らしている。
毎回、同じような感想しか言ってない気がするか、なぜそこまで嬉しみを爆発できるのか。
「というか望月くん、辛いのいけるんだね」
「基本的に苦手だけど、このキムチ鍋は美味い」
「嬉しいこと言ってくれるー」
彼女がにんまりと笑う。
「そうだ!」
良いこと思いついた、もとい、僕にとっては不都合な展開しか予感できない表情をして、彼女が手を打った。
「今度、モー子タンメン食べに行こうよ」
「なにそのチンギスハンチックな名前」
「ウエモトしらない? 東京じゃ有名な激辛ラーメン店」
「ああ……確か、コンビニのカップ麺あったような」
「それそれ!」
詰まるところ、刺激バラダイスなお店か。
「多分死ぬから遠慮しておく」
「大丈夫、あれこそTHE 旨辛だから!」
「なにが大丈夫なのか説明をしてほしい。というか、行ったことあるの?」
「あるよー、1人でだけど。流石に、ゆーみん達とはいけないし」
「あの親友さんこそ、辛いのダメそうだよね」
「うん、多分死ぬと思う」
「そんなところへ僕を連れて行こうと言うのか」
「大丈夫だよ! 望月くん、男の子だし」
「どんな理論だ」
行こーよ行こーよと駄々をこねる彼女。
このモードに入った彼女はなかなかに手強い。
「あーもう。その、ウエモトだっけ? 辛くないメニューもあるの?」
聞くと、彼女は「もちろん!」と勢いよく頷いた。
「辛さを0から10まで選べるよ!」
言われて、考えて、僕なりの妥協案を提示する。
「1でいいなら付き合うよ」
「ほんとに? じゃあ決定!」
彼女がぐっと拳を握る。
なんか取り返しのつかない意思決定をした気がした。
彼女の上機嫌な笑顔の裏に「店に連れて行ってしまえばこっちのもの」的な意図が潜んでいるように見えたが、気のせいだと信じたい。
夕食を食べ終えたあとはいつも通り、使った食器と鍋を洗うという任務を忠実にこなした。
洗い終えてリビングに戻ると、彼女は待ってましたと言わんばかりに口を開いた。
「望月くん、今週の土曜日空いてるよね?」
「君は僕に予定が入ってる可能性は考えないの?」
「予定あるの?」
「その日はブラジルかな」
「嘘だよね?」
「嘘だと言ったら?」
「土曜の10時に、この部屋集合ね!」
「ちょっとちょっと、流石に急すぎない?」
「前言ったじゃん。今度行くところはもう決めてるって」
「ああ」
そういえば言っていた。
高尾山から帰ってきたその日の夜に。
確か、インドア系とか言っていたような。
「今度はどこに行くつもり」
ほぼ疑念しか含んでない声色で尋ねる。
嫌な予感しかしないが、答えはそこそこ気になっていたので聞くだけ聞くとしよう。
彼女は息を吸って、まるで手品の種明かしをするみたいなノリで声を張った。
「冬といえば、温泉でしょ!」
……ああ、なるほど。
「だから、寒くなってからがシーズンって言ってたんだ」
「おっ、よく覚えてるねえ」
「この近くの温泉って言ったら……箱根?」
「そうそう! 織田急で一本だし、ちょうどいいかなって」
「ふむ」
悪く無い。
いや、むしろ良い案だと思った。
少なくとも、前回の高尾山に比べると幸福度は100倍違うだろう。
今でこそシャワーで済ましがちな僕だが、実家にいた時は毎日欠かさず湯船に浸かっていた。
温泉も、好きな部類に入る。
……ふと、異性と二人きりで温泉旅行ってどうなんだろうという疑問が湧いた。
しかし彼女自身、あまりに躊躇い無さげなので、そんな特別な事でもないのだろうと思った、この時は。
「行くよ」
僕にしては本当に珍しく、はっきりと同行の意思を口にした。
彼女の提案にこんなにも前向きになれたのは、初めてかもしれない。
「そうこなくっちゃ!」
僕の反応を見越して、中に溜めていたエネルギーを発散させたかのような笑顔を浮かべ、彼女は大きく頷いた。
というわけで、12月最初の週末は、「温泉旅行」という予定で幕を開けた。
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